遠藤レーコが行く!八ヶ岳あたふた移住ライフ

女はり灸師、2011年五十路を目前に八ヶ岳の西南麓、信州富士見町にワンニャンと単身移住しました。東京武蔵野の実家と行ったり来たり。田舎暮らし・DIY・多地域居住・からだ・野草ハーブ・自給自足、これから作ろうと思っているタイニーハウスなど、にぎやかな暮らしをイラストや写真とともにお届けします。

カテゴリ:八ヶ岳富士見の暮らし > タイニーハウス

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わたしは子どもの頃からモノづくりが好きだった。何か工夫したり創作することは、自分を語る上で書かせないキーワードでもある。

小さいころは、父親が何でも作る人だったので、その傍らで木のかけらなどを積み木がわりにあそんでいた。

中学生頃になると、そろそろオシャレにも興味が出てきたので、Gパンに刺繍やパッチワークをしたり。ミシンにもトライしたけど、ズボンの裾上げで、間違って同じ側を2度上げてしまってからは、洋裁・裁縫系はどうも苦手だ。

でも、アジアの布などが大好きで、学生のときにはろうけつ染めをやっていた。

絵を描くことも昔から好きだった。油絵は20年以上続いている。

基本、何もないところから形になることや、何かに手を加えることで別のものとして生まれ変わるとか、そういうことが楽しくて仕方ない。


インディアンフルートは愛を届ける


去年、神奈川県の藤野でインディアンフルートを作るワークショップに参加した。楽器作りは初めてだったからか、あまりにも楽しくて「楽しい〜楽しい〜♬」を連発していた。

そして、なぜそんなに楽しいのかを、作り方を教えてくれたガイネさんと話した。
祖先たちは昔々そのむかしから、すべての道具を作ってきた。それは、食べ物を得るためだったり、雨風をしのぐ家を作ることだったり。

つまり自分たちが安心して暮らすためのものだ。

動物は、安心できる、ということが「快」や「楽しい」につながるし、それは今を生きるわれわれのDNAにも刻み込まれている。

モノツクリは祖先から受け継いだ原始の血がよろこぶ行為だ。特に素材が木や紙や布などの自然のものだったらなおさらだよね。

しかも、作ったのは楽器だ。「楽しい器」だ。

インディアンフルートは、通信手段もなかった時代に、遠くにいる愛しい人に、風に音をのせて想いを届けるためのものだった。

くうぅぅ〜〜〜〜〜〜っっ


家は「癒え」、すべてを癒やすところ


さらにわたしはこうも思う。
自分とは、その血を脈々とつないでくれたすべての先代たちの集合体である。

このブログを書くことも含め、何か道具やモノを作る行為で自分を楽しませることは、祖先からの血も楽しませている。つまり、

モノツクリは、祖先の供養』でもあり、時空をへて、祖先とともに生きることなのだ。

中でも、小屋を作るというのは、その究極の行いだと思っている。いにしえより、ずっと祖先たちが行ってきた、身内を守るための小さな家。

何の計らいかは知らないが、わが富士見町には縄文遺跡や縄文の土器が展示されている井戸尻考古館もある。

八ヶ岳周辺は、縄文の時代から、祖先たちがイキイキと暮らしていた地だ。土器をつくり、服をつくり、暮らしをつくって生きてきた。

その地にわたしも小さな家をつくる。

いえは癒えるにも通じる。
家をつくることで、ひとが癒え、土地が癒え、祖先が癒される。

それは、すべての祖先に感謝を捧げる行為でもあるのだ。



【こちらもどうぞ】
▶︎タイニーハウスを作りたいわけ③親の家を片づけて
 



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どうやら、茨城県つくば方面でも、タイニーハウスビルドの胎動が起きているようです!?先日この本を図書館で借りてきたという記事、
タイニーハウス、始めの一歩♪

を書いて、FBにアップしたところ……

さっそく友人からコメントが。

「つくば図書館にもから、僕も借りてみま〜す。」
ご本人は、いま、鎌倉からつくばに単身赴任中。なので、この週末、奥さんであるわたしの友人が行ったら。

もう、借りてた!!!

この前にも、友人♂からコメントがあったし、どうやら気になるようですね。そりゃ、おっきなオモチャですから、男子としてはやってみたいと思います。

こんな感じで、気楽にタイニーハウスを、お互いに手伝いながら作れたら最高ですよね。日本でも、ムーブメントが起きるように、全部情報公開してきますね!

でも、夢中で写真撮るのとか忘れそう。。。



今もくろんでいるのが、こんな感じ

 
Keva Tiny Houseめっちゃ可愛い!!
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この、コブハウスも気になる。3万円でできたそうです。
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pic:THINK FUTURE


よくのぞいているサイトはこちら
TINY HOUSE SWOON
TINY HOUSE TALK
TINY HOUSE GIANT JOURNEY




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歩くようなスピードで、こんなクルマが日本中を走っていたら可愛らしい。住むのはタイニーハウスで、町までは電気自動車で買い物に行く、なんて最高だ。もちろんソーラーシステムで充電して、助手席には愛犬とか。

今日、Twitterで見たモビリティカー、かっわいい♪

iss
http://japanese.engadget.com/

なにしろ、デザインとコンセプトが最高!スクーターやキックボードなどを作るスイスのメーカーマイクロ・モビリティ・システムズ社が開発した「マイクロリーノ」。お値段は120〜150万くらいになるらしい。

この点はあまり可愛くないけど、ほんとにこういうコンセプトは日本にも見習って欲しい。タケオカ自動車工芸のも良いのだけど、もう少しデザイン頑張って!




インドの車は笑っちゃうほどシンプル

インドのTATA財閥のNanoも気になる。こっちは20〜30万円で何とかなりそう。デザインはマイクロリーノには負けるけど、お値段は可愛い。コンセプトはこんな感じ。
ワイパーは1個。バックミラーも1個。エアコンなんて当然ない。雨が降ったら窓は湿気で曇るから、窓を開ける。UVカット? なものは知らん。カーナビ? 何じゃそりゃぁ~…の世界が、インドのタタモーターがつくった「ナノ」という自動車である。

でも安全性に著しく問題あるらしいので日本での発売は望めないみたい。残念。が、自己責任ということであれば今後こういう選択もでてくるのではないでしょうか。▶︎日経電子版
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https://ja.wikipedia.org


今の車はどうもデザインが好きになれない。自動走行とか必要以上の装備はいらないから、もっとシンプルで遊び心のあるキュートな工業製品、日本の製造業のみなさま、待ってます!


Fiat 500
fiat-500-d-02-big
http://www.chianticlassiccar.com/


Subaru360
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http://wald-licht.com/





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タイニーハウスタイニーハウス、と騒いでいるからか、たくさんの方がこのブログを尋ねて下さっている。

始めて3週間、しかもド素人なのに昨日は1000PV近くまで行って(多いか少ないのかわからないけど)、改めてタイニーハウスへの関心の高さ、それにTwitterの力を思い知った。ありがたいことです。

逆にいえば、たとえ一人でも、誰かが読んでくれるということは、その人の時間を拝借していることでもある。

それは、書き手、読み手ともに何かを共有するということだから、ならば自分が心地良いと思うものをシェアしていこう、と改めて思った。

そのために、ことばと身の回りを一致させよう。

家やモノだけでなく、日々の暮らし、そして文章すら、もっとタイニーにシンプルにしよう、と。

ブログを書くって、自分を俯瞰することにもなるのですね〜。

でも、まだまだ捨てられないものは山とあるし、だからミニマリストでもないし、全然ストイックじゃないし。ま、そんなのでも良いのかな。


Deeのインタビューを読んで

ところで何度も読んでいる、GreenzのDeeの記事。このおかげでPVが伸びたとも言える。笑

毎回ちがうところで感動するのだが、今は次の箇所がとても胸に響く。タイニーハウスムーブメントの未来についてDeeが語ったこと
 
菜央 タイニーハウスムーブメントの未来はどのようになると思いますか。

ディー どんな時代にもお金を儲けようと思う人はいて、それによって運動が魂を失ってしまう可能性は常にあります。でも、タイニーハウスを自分で建てようというようなクールな人たちが自分たちでしっかりとマーケットをつくっていったなら、そういうことは起きないと思います。

知名度は徐々に上がっていくだろうし、少しずつ支援も受けられるようになるでしょう。市とか県が風景の一部としてタイニーハウスを誘致するようになるんじゃないかと思います。

タイニーハウスでなくても良いのだけど、やっぱり可愛いからね、タイニーハウスは。そんな可愛らしいタイニーハウスが集まって、村ができたら楽しい。

わが富士見町は、おとなり北杜市に比べたらやや地味〜〜な感じ。

西隣の原村は65才以上の医療費が無料ということもあって、長野県では人口が微増している貴重な自治体でもある。でも富士見町は、毎年100人ずつ人口減だそう。

残念。


やや地味〜、だからこそ

それを逆手にとってオーガニック・タイニーハウスエコビレッジにしたら良い。

何しろ、景色は最高、空気も水も野菜もおいしい!人は親切おもしろい。

都心からも2時間。中央本線富士見駅は特急が止まるし、中央道富士見高速バス停はあるし、同じく中央道諏訪南インターチェンジまである。

こんなにアクセスが良いわりに、変に開発されてなくて自然がうれしい形で残っているのは、ほんとあまり無いです。

隠れたすばらしい場所もたっくさんある。なんたって井戸尻縄文遺跡もある!(これ、わたし的に相当ポイント高いです)そしてそれほど観光化されていない。

遠藤レーコ作なんちゃって縄文土器
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なので、すでにあるそういう宝にもう一度光を当てて、箱ものの観光施設ではないコミュニティつくりをしよう。

たとえば古民家を改修した農的シェアハウスやみんなでセルフビルドのタイニーハウス村で外からの人を呼び込む。

これは、行政主体のクラインガルテン方式ではなく、NPOやLLCなどの民間主導で行政とタイアップして取り組む。仕事を民と官がシェアし、住み手もコミュニティビルドに主体的に関わる姿勢が求められる。


持続・分散型エネルギー供給システム

酪農も盛んだから、その糞尿や台所のゴミや人間のし尿を集中バイオマスでガス化して、そこからエネルギー供給される。だから、住民はガス代はただ。

電気は、日照時間の長さを生かして、各家の屋根に独立型ソーラーシステムと太陽光温水器の設置を義務づけ補助金を出す(メガソーラーではありません)。そうなれば、月々の電気代もただ。

町の役場など公共施設および既存の工場などの屋上はすべてメガソーラー化して、いざというときに備える。これで森林を伐採してあらたにメガソーラーを設置する必要はなくなる。

また、町内の温泉の活用や、八ヶ岳の高低差のある地の利を生かして、マイクロ水力発電も行おう。分散型エネルギー供給システムだ。 

これらインフラは、最初の設備投資だけで、あとは化石燃料を使わないからエコロジカルで持続的だ。

子供たちも、自分の住む町がこんなに先進的だったら、一度は都会にでていったとしても、また戻ってきたくなるだろう。友だちや家族を連れて。


ネットはフル活用する

ネットは各家に設置し独自のSNSを作る。幸い、富士見町の町長さんは元NECの専務さんで、その知識も人脈もハンパないそうなので、これはぜひ行政でやっていただこう。笑

お年寄りの見守りや、これから○○行くけど他に誰か必要なものある〜?を瞬時に共有し、無駄を省くとともにコミュニケーションを活性化する。

「これ余ってるけんど、誰かいるズラ?」とかの富士見町ジモティーもネットで展開。特に農繁期の農機具とか、田植機○日なら使えるずらよ、などのジモティ情報がツィートされると面白い。

交通は、買い物など町中に行くだけなどの用途の場合は電気自動車を各区でシェアする。定期運行もあり。


地域通貨おらほー

おらほーは円とも交換できるが、交換レートはおらほーの方が高い。なのでみんなおらほーの方で対価をもらう。だが、使用期限が1ヶ月と決まっている。貯めることのできないお金だ。

次の使い手に渡った段階で、期限は上塗りされる。図書館カードシステムみたいな感じ?これも町長さんにシステムを構築していただこう。笑

観光は、馬車やウォーキングでのんびりと景色と空気とを味わう。温泉に、地元野菜をふんだんに使った家庭料理、時間の止ったようなゆっくりした日常。こんなおもてなしこそ、今は何より喜ばれる。

あとはカルマキッチンみたいな、ギフトエコロジーのカフェを定期的に開催する。材料は、市場に出せないB品の野菜を地元農家から購入。無農薬であれば、5割増の価格で仕入れる。
 
保育園と高齢者施設は同じ敷地内につくって、お年寄りと子どもが同じ庭で土いじりをしたり。この施設は、町民みんなで土をこねて壁塗りをしたりして一緒につくる。

カフェはそこの中にあると良いかな。お年寄りでお料理好きな人が働く。時給は300おらほー。そのお金で孫と一緒にプリンを食べたりする。

孫もしごとをしよう。施設のお掃除をしたりおばあちゃんの肩もみをしたら、100おらほーとかもらえる。100おらほーで手作りのアイスクリームが食べられる。笑

このビレッジ自体を、観光と自治体の先進的取り組みとして目玉にするのだ。日本全国、いや世界から見学が相次ぐことは間違いない。

***

ふぅぅ〜〜妄想は続くよ、どこまでも〜♪

わたしはこんな村だったらぜったい住みたいけど。
みなさんなら、どんな町に住みたいですか??



【参考】
BeGoodCafe ▶︎世界のエコビレッジ

母が2年半前に亡くなり、主のいなくなった親の家をせっせと片づけ始めた。

母親は、いわゆる「片づけられない女」だったので、出るわ出るわ。車何台分かわからないほど処分した。それは、介護しているときよりも、よほどエネルギーを消耗する作業だった。憔悴といってもよいくらいだ。

実家は東京市部にあるが、無意味に広くて寒く、使いづらい。収納にいたっては押し入れ8間分くらいはゆうにある。その中にぎっちり。

しかも、めっちゃくちゃに詰め込まれていて、とびらを開けるたびに、圧倒的なモノの量に打ちひしがれた。いや、モノへの飽くなき執着に打ちひしがれたのだ。

なんというか、「昭和の時代」という大きな障壁がズシンとわたしに襲いかかってくるような。

例えば、40年前の結婚式の引き出物、毛皮、大量の服、靴、着物、何年も前に賞味期限が切れている油が何本もあったり、ネットワークビジネス系の界面活性剤が高濃度で使用された洗剤の山だとか。orz


もっともっとの幻想

母親は昭和ヒトケタの生まれで、モノがない時代の人だから、捨てられないのは分かる。ひもから紙袋からなんでも捨てずにいた。

でも、戦争を経て、高度経済成長やバブル景気に突入し、モノが手に入るようになった時に、異常なまでの執着心をもってモノを買い求めていたのだ。何かに取り憑かれたように。

だけれどそれは、母親、という個人の問題だけでは決してない。資質はかなり関係するだろうが、戦後日本という共同体がたどった道、とも思えるのだ。

敗戦により暗く沈んだ世相は、逆向きのベクトルで大きく振れる。アメリカの圧倒的な豊かさという幻想が、これでもかとテレビから垂れ流された。そして、大量消費へと走りはじめた。戦争に負けた、というとてつもない負の遺産にフタをするように。

昭和という時代が生んだ狂想曲。
もっと大きく、もっと豊かに、もっともっと・・・


執着を断つということ

だが、あれだけ執着していたにもかかわらず、母親があの世に持って行ったモノは当たり前だがひとつも無い。残されたのは、この世に置いて行った大量のゴミ。 

もちろん、親の家の片付けを業者に任せるという選択もあった。お金で解決することはある意味スマートだ。ただ、何故か自分がやらなくては、という思いが頭をもたげた。

存命中も、大きく片づけたことはあった。そのときに、捨てても拾ってくる母親とのいたちごっこで、何度も挫折を繰り返していた。

亡くなって、これで本当の片付けができる、しなくてはという強迫めいた義務感にかられ、これでもかというくらい、来る日も来る日もゴミ出しに追われた。

だけどいつからか、捨てるたびに思うようになった。ああ、親の執着を断っているのだな、と。それは昭和という「時代の執着」を断つことでもあると気がついた。モノへの依存からの脱却、呪縛からの解放。

押入れがひとつ空っぽになるたびに、家の空気が流れ、自分が軽くなるのを感じた。

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冷蔵庫がなくなってみたら

ベッドやたんすなどはシルバー人材センターに引き取ってもらった。もう大きな家具はほとんどない。とうの昔にテレビは無いし、食器類も捨てたり人にもらっていただいたり。家自体がかなり空っぽになってきたが、それでもレンジや冷蔵庫はあった。

そんな折り、甥が会社の寮を出て一人暮らしを始めた。実家の冷蔵庫を使うか聞いたら、使うという。キレイに掃除をして、宅配業者に配送をお願いした。 

そしたら、もともと広い部屋がさらに広がった。思った以上に、場所をとっていたのだ。なぜかめちゃくちゃ気が楽になった。今、実家にいるときはクーラーボックスが冷蔵庫だ。 

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大きなモノはそれだけで空間も意識も占拠する。それは大きな家も同じ。移動も掃除も大変だ。何しろ昭和の家は、それでなくても寒いのに、モノが無くなり余計に寒くなった。

わたしはもう、大き過ぎる家に体温を奪われたり大量のモノに自分の意識をとられることはまっぴらごめんだ。

それより、野草を摘んだり、友だちと味噌をつくったり、笑い合ったりすることに多くの意識を向けたい。

家は、使いやすくてこじんまりしていれば良い。身の回りは、わんこや友だち、いつまでも相思相愛の関係でいられるほんの少しのモノに囲まれていれば十分満ち足りる。



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またもや古い話しで恐縮だが、26年前に東南アジアを旅する前は、オーストラリアをワーキングホリデービザでかけめぐっていた。

車を買い、キャンプでオーストラリアをほぼ一周。ここでも、田舎田舎へと走らせていた。愛車は4.0ℓのモンスターFord、エンジンルームをのぞくと、地面が見えるような簡単な作りだった。

それに、あっちで車買うのってめちゃくちゃ簡単、だったのです、当時は。新聞にもSaleの広告がよく載っていた。

同じ場所にはだいたい何日か泊まり、次のところに移動するという生活。

となり町は下手すれば600㌔とか離れていることもあって、ただひたすら平原を走る。夜はとても危険。

なぜなら、カンガルーが車のライトに向かって激走してくることもあって、ぶつかるとこちらの方が命取りなのだ。なので、車にはほとんど(カンガ)ルーバーというのがついている。
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Australlia's Outbackよりお借りしました


バイトも釣りもサバイブも

バイトは、リンゴや梨もぎ。大型のコンテナーいっぱいにして、2000円とか。自給は300円くらいだったかも知れない。でも、貧乏旅行者には、それはそれでありがたかった。

果実はシーズンものなので、移動しながらバイトするプロもいた。バイト以外のときは、魚釣りをしたり、無人島にカヤックで行ったり、エアーズロックに登ったり。

あるブッシュでキャンプしたとき、着いたのが夜になってしまった。疲れもあり、適当にテントをたてて寝たのだが、朝になってそこが毒蛇の通り道だったと分かった時にはさすがに冷や汗だった。テントのありがたみを痛感した朝だった。(写真を探したけど、なぜかほとんど残っていません。汗;;)
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旅で出会った日本人。自転車でオーストラリアを回っている愉快なオトコだった。 右端にチラッと写っているのが自分たちのテント。
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キャンプサイトで暮らす人びと

で、だいたいどの町にも必ずあったのが、ビアホールと郵便局とキャンピングサイト。それによろずやのような何でも売るグローサリーストア。これらが「お気に入り」となると、長居決定!

西の町も良かったし、北のワイルドな町も好きだったなあ。

キャンピングサイトには、だいたいトイレと有料のシャワーがあって、でも乾燥しきった大地は水が貴重だから、シャワーも3分とか。たまに途中で止るし。シャンプーしてて出なくなったときは焦った。
 
で、気持ちの良いキャンピングサイトには、必ずと言って良いほどそこに定住している人々がいた。

10年住んでるわ〜、なんて人もいて、彼らは自分たちのトレーラーの前にお花を植えたり、ウッドデッキを作ってそこでビールを飲んだり。
 
飽きたら簡単に移動する。「グダイマイトGoodday,mate!!!(オージーの挨拶)次は北に行こうと思っているんだぜ、マイト」なんて感じ。

乾燥しているので、ジーパンも30分で乾く。万が一雨が降っても洗濯物を取り込まず、「no worrys, mate!!また晴れたらすぐに乾くさ」
 
水も、水道なんて田舎にはないから、外にタンクを置いてそこに雨水をためてガーゼかなんかでゴミを取り除いただけで使う。なので、ボウフラや葉っぱが蛇口から出てくることもしばしば。

水が貴重だからか、彼らは食器を泡だらけのボウルの中で洗ったら、そのままゆすがずに乾かしておくだけ。めっちゃ合成洗剤なのだが。汗;;

なんだか、と〜〜〜〜ってもお気楽なのです。もちろん、先住民アボリジニへの人種差別とか問題はたくさんあるけど、オージーのお気楽さは本当にいいなあ、楽だなあ、と思った。

 

キャンプするように暮らす

この写真のオヤジさんにはとってもお世話になった。りんごもぎのバイトをしている時、後ろに写っているトレーラーにタダで居候させてもらっていた。母屋のキッチンはガスバーナーではなく、薪のバーナーだった。料理と暖房が両方できる、といばっていた。

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記憶が定かではないが、2ヶ月ほどいたように思う。自分たちの料理はキャンプ用の2つ口のバーナーで作り、たまにオヤジさんとも一緒に食べた。晴れた日は広い庭でゴロゴロ。

オージーのことを言えないくらいお気楽な日々だった。

それに、テントってあの薄い布一枚で立派な家になるということも、身にしみて分かった。さすがに雨の日は車の後ろで寝たが(Ford、余裕の広さです)、とにかく晴れた日にはだいたい外にいる。

だから、昨日の記事で書いたDeeが言っていたのだけど、「晴れたら外にいるわ♪」というのも本当によく分かる。

そうなのだ、どちらかというと私は定住型というより、移動型なのだ。モンゴルの人たちのように夏と冬で住むところが違うとか、本当に憧れる(彼らには彼らなりの訳があるのですがね)。

好きな時に、好きなところに家ごと移動できる。気に入ったらそこにしばらくいて、飽きたら次の町を目指していこう。そんな、キャンプするようなお気楽な暮らし方。

日本でだってやればできるんじゃない?



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先日、おとなりの北杜市長坂町で開催された、竹内友一さん主宰SimplifeタイニーハウスワークショップのOpen House(▶︎よし、タイニーハウスを自分でつくる!

そのときにお話ししたこの人が、アメリカの第一人者、Dee Williamsさん。
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Greenzの彼女のインタビュー記事を読んで、またTEDxでの動画も拝見して、とても共感していました。だから、本人に会えたことがめちゃくちゃうれしかった!

思ったより小柄で、でもビール片手にピョンピョンと子鹿のように会場を飛び回っていました。

わたしが自分でも作るよ〜、といったらでっかい目をもっとでっかくしてとても喜んでくれて。

Deeの住むポートランドも雪が年に何回か積もり、寒いところだそうで、「ウチもウチも、寒いよ〜〜」と言ったら、とにかく断熱はしっかりしなさい、とアドバイスをくれました。

あと、ソーラーパネルやトイレも、できる範囲からでいい、そのあとで変化させることは可能だから、とにかく始めの一歩が大切だよ、と。そして、ぜひ写真を送ってね!とも。
 
完成したら招待するねと言ったら、「日本に来る楽しみがまた増えた」と言ってくれました。

Deeの家には子どもたちが48人も入ったって!サザエさんちみたい。うちのタイニーハウスにも子どもたちがぎゅーぎゅー入ってギネスに挑戦!なんて楽しいな〜♪

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オープンハウスのスライドトークやTEDxの動画でもDeeが言っているけど、
「最期の瞬間に何を抱きしめていたいか」

それを考えることは今の暮らしを大切にすることにもつながります。


【続き】
▶︎わたしは、最期の瞬間には何も腕に抱きしめないでいく



DeeのGreenzでのインタビュー記事、タイニーハウスに興味がなくてもとても響くので、ぜひ読んで欲しい。TEDxの抄訳もあるので読みやすいです。

▶︎Greenz シンプルな暮らしだから、毎日がワンダーになる。タイニーハウスムーブメントの第一人者ディー・ウィリアムスさんに聞く「これからの暮らしかた」

竹内さんのインタビュー

アメリカ・ポートランドにある、タイニーハウスコミュニティ
Simply Home Community 




The Big Houseと呼ばれている母屋があって、庭にかわいらしいタイニーハウスが4つあります。作るときは、お互い助け合ったそうです。住人は今のところ5人(かな?)

母屋のキッチンには5バーナーのガス台、大きな冷蔵庫、ダイニングテーブルなどがあり、リビングルームでは映画を観たり、もちろんシャワールームもトイレも完備です。

タイニーハウスの住民は、The Big Houseを自由に使うことができ、そこでは定期的に食事をしたり、ミーティングをしたり。

また、草刈りやガーデニングなどの共同作業も、定期的にしているようです。組織としては、合同会社(LLC  Wikiより)を設立して、お互いミーティングを重ねることで管理にあたっているそう。

住民が自治管理を主体的に行うコミュニティなのですね。

こんな感じで、老いも若きも、オトコもオンナも、暮らしをシェア&サポートしながら毎日を過ごせれば楽しそうです。

わたしが目標としているコミュニティです!




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タイニーハウスをつくる!と宣言したら、各方面から反響が相次いだ。多くは「やってみたい!」「うらやましい!」など肯定的、共感的なものだったが、中には「大丈夫?トシを考えなさい」とか「無理だよ、危ないよ、大変だよ」という否定的なものも結構あって、 ありがとう。かえって、

燃えるっ!!🔥



東南アジアの田舎でみたもの

ところで、わたしがなぜタイニーハウスをつくりたいのかというと。

その源泉は26〜7年前に東南アジアをバックパックしていた頃に遡る。その当時、何かから逃げるようにとにかくアジアの田舎へ田舎へと旅をしていた。究極は、タイ山岳民族の村々へのトレッキング。

お椀にごはんを入れて、ぽこっと逆さまにしたような山がずっと続く景色。そこを歩いて行くのだが、実は途中の記憶はほとんどなくて、ただひとつ鮮明に覚えているのは・・・

私たち旅行者はそれなりのスニーカーやトレッキングシューズを履いていたのに、地元のガイドやポーターたちはビーサン。

彼らが食糧など重い荷物を背負っているにも関わらず、山道をサルのようにスタコラ飛んで行くのにほんとうにびっくりしたのだった。


誇り高き山岳民族たち

そんなこんなで、ガイドの後を追い、ひたすらブッシュの悪路を進んで行った先に、突然視界がパッと開けるところがある。

まさかこんな山奥に人がいるわけがないでしょ、という場所に、カラフルな衣装をまとった山岳民族たちの村があったのだ。

今ではずいぶん観光化もされているだろうけど、当時は尋ねる外国人はほんの一握り。中には、外国人が初めて来たという村もあって、なんだかとても歓迎された記憶がある。


あれ?歓迎なんてしてませんねw、逆に怖がってる!? 
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竹でできた簡素な家が並ぶ

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長い歴史を、山の中で生活してきた人々。貨幣経済とも無縁で、完全に自給自足の暮らしだった。多くの村で共通してるのは、真ん中に広場があって長老がいる母屋のようなものがある。

回りを竹でできた小さな家が囲み、広場では子どもたちやニワトリなどがのびのびと過ごしている。一緒に写っているのはクロブタだが、四半世紀を経て、今、わたしも似たようなのを飼っているのが面白い。
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朝は、雄鶏のトキの知らせと、母たちが米を突く音で始まる。だいたい外に水瓶とかまどのある台所があって、オンナはそこで料理をする。

昼間、おばあちゃんたちがお米を脱穀したりして、時間が止ったようにゆっくり過ぎて行く。四半世紀を経て、今、わたしも同じようなことをやっているのが面白い。


遠藤レーコ、めちゃ若いっ💦
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中身はほとんど変わらない💦

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簡単に直せる家

村ではたまに、家が壊れてしまうことがある。 そんなときには村人が総出で直す。基本、その辺にあるものでできているので、木を切ってあっという間に柱を立て、壁は竹を編みなおし、葉っぱを葺いて屋根にしたら、もうピカピカのリノベーションハウスだ。

村によって違うけれど、高床式のところでは床下にブタなどの家畜がいて、部屋のゴミはさっと掃けばすきまから下に落ちてブタさんたちのエサになる。

家具もほとんどない。食器も、葉っぱだったり缶を柄杓代わりに使ったり。暑いところだと、川や湖で水浴びをするが、そうでない地域ではお風呂にも入らず。でもなんだか汚いと思わないのです。

みんな、奥ゆかしいのだけど、はにかむ笑顔が可愛らしくて、子どもたちの瞳はキラキラと輝いていた。噛みタバコで真っ赤になった歯を剥き出して笑う婆ちゃんは、めちゃくちゃ怖くてかっこ良かった。


生きるチカラ

わたしは経済成長が悪いとも思わないし、衛生面や様々な側面から考えたら、日本という国はほんとうにすばらしいと思っている。

ただ、「生きるチカラ」というか、野生の生命力のようなものは、東南アジアから帰ってきて以降、現在まで日本の都会ではあまり感じられたことがない。

だから、自分自身がもう一度そこの原点にもどってみようと思った。なので手始めに、食べるものや身の回りのものをつくっている。味噌作りや米作りもその一つだ。

食はどうにか自給のまねごとは始められた。衣についても、全部ではないにしろ、マフラーをつくったり、毛糸を紡いだり、染め物をしたりとどうにかスタートに立てている。

では、住は??


でっかい模型と思えばできる

わたしは、日本で、この家をつくるという最高にクリエイティブで根源的な活動が、専門家に奪われてしまっているのが残念でならない。しかも、工業的に大量生産された部材を組み立てるだけのものが、果たして住み手の感性を育むのか、はなはだ疑問だ。

あの、東南アジアの人たちがつくる家は、簡単すぎるけど、道具の使い方や竹の編み方を教えてくれる。みんなで協力する楽しさももたらしてくれる。

そう、わたしは本当は広場を囲んだ、あの竹の家をつくりたいのだ。

だけど、残念ながら富士見町は冬は氷点下10℃にまでなるから瞬間凍結だ。それに、都市計画区域内という不思議な法律が適用されている「おマチ」でございますので、それは難しい。

なので、せめてタイニーハウスを作って、家をつくることを自らの手に取り戻したいと考えた。ってか、逆に難しいような気もするが。

柱があって床があって、壁と屋根がある、三匹のコブタのような家。うん、何かできそう。笑

まずは、家のイメージと模型つくり、そしてみんなが集まって笑顔で作業している妄想から始めよう・・・


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きっぱりと晴れ上がった春分の日、となり町、北杜市長坂町で開催のタイニーハウスOPEN HOUSEにでかけました。竹内友一さんが主宰するタイニーハウスワークショップ。今年は第二期生たちが半年かけてモバイルタイニーハウス作りに挑んだそうです。この日は、その打ち上げお披露目会。といっても、まだ建築途中でしたが。。笑

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二期生がつくっているというモバイルタイニーハウス。内装途中でした。サイズは自分で計測したのですが、外壁で幅2.3m×奥行き3.8m×高さ(高)2.75m(低)2.00m。地上からの床面の高さは60㎝でした。

トレーラーのシャーシにタイニーハウスを載せているので、基本、建築確認は不要(規制はあります)。移動したければ、車で引いて気楽にお引っ越し。ただ、この大きさだと、移動させる場合には牽引免許がいるとのこと。

今回、総建築費用だとか、断熱、電気などの情報は残念ながら聞くことはできませんでした。それでも、初めて道具を使う素人が半年でこれまでのモノをつくれるんだよ、とインスパイアされるには十分魅力的な要素がいっぱい!
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工場を借りて、そこを作業場にしています。竹内さんはツリーハウスビルダーでもあるので、材料や窓枠など、たくさんありました。作業台の脚にするウマというのが、カモシカっぽくてかわいかった。
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Deeがいた!

一番うれしかったのは、アメリカでタイニーハウスの第一人者といわれる
Dee Williamsさんが会場にいたこと!気取らず飾らず、チャーミングでほんっとにカッコいい!ボロボロぶかぶかのオーバーオールで飛び回っていました。スライドトークでも、彼女のタイニーハウスのことを教えてくれたり、タイニーハウスに住む仲間たちのことなどを、冗談まじえて話してくれました。

竹内友一さんとDee Williamsさん
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見づらいけど、Deeのタイニーハウスとデザイン画
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Deeは、以前は大きなステキなアメリカンハウスに住んでいました。でも、心臓の病気をしたことがきっかけで、人生を見直すことになったとか。そして選んだのが、暮らしのダウンサイズ。家も、ほぼセルフで作ったそうです。それを知人の庭に置かせてもらっています。

建築にかかった費用はおよそ120万くらい。廃材をベースに、シャーシ、太陽光パネル、などが一番高かったそうです。

壁を立ち上げる時などは、友人に手伝ってもらって、お礼はパーティーで。笑

お仕事は週に3日、工場などで環境に配慮した廃棄方法を遵守しているか、などを指導するので、envaironmental police環境警察と言ってるの、とガハハっ!

彼女の家にはトイレ、ミニキッチンはありますが、シャワーはない。これは、週に3回通うジムで済ませたり、友人の家にビールを持って行ったときにちゃっかり借りるとか。そうそう、ビール大好きなんですって!この日も、ビールを片手に走り回ってました。

また、上下水は通っていなくて、水は隣のマザーハウスからもらって、下水はポリタンクにためて庭に撒く。トイレはコンポスト。といっても、便座の下にただバケツを置いて、たまったら野菜クズなどと一緒に堆肥にするそうです。

う〜〜〜〜ん、良いなあ。

彼女のことばで印象に残ったのが、
「自分が死ぬ時、腕に何を抱いていたいか」

お金やブランドの服や高級な車なんて持っていけない。
それよりも、隣の友人とハグしていたい。

だから、それまでの日々も、大切なことにより多くの時間を費やしたい。

音楽を聴いたり、
友人と語ったり、、
自然と戯れたり、、、



というわけで、つくりますよ

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モバイルハウスにはしないと思いますが(シャシーが高い、移動させる可能性が低い、目的がある)、基礎からタイニーハウスを作ります。

できあがったら、友だちのクロちゃんと巨猫バジルが住む予定。今建っているボロ小屋の解体、土地の整地、基礎、建築確認などなど。はて、できるのか、自分たちで??

あわせて、ハーブガーデンにも着手するので、永遠に完成はないと思いますが、ど素人、しかもオンナがタイニーハウスをセルフビルドできるのか、失敗挫折も含めて、お楽しみに〜♪

Deeに伝えたら、すごい、写真を送って!と言われました。完成したら招待するねって言ったらとっても喜んでくれて。なので、完成お披露目会は、Deeも参加する予定デス。笑

もちろん、猫の手大歓迎〜!差し入れも大歓迎〜〜!!




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