遠藤レーコが行く!八ヶ岳あたふた移住ライフ

女はり灸師、2011年五十路を目前に八ヶ岳の西南麓、信州富士見町にワンニャンと単身移住しました。東京武蔵野の実家と行ったり来たり。田舎暮らし・DIY・多地域居住・からだ・野草ハーブ・自給自足、これから作ろうと思っているタイニーハウスなど、にぎやかな暮らしをイラストや写真とともにお届けします。

カテゴリ:遠藤レーコ解体新書 > エッセイ

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母の末妹である叔母が、3月の終わりに桜とともにあの世に旅立った。そのせいか、ここ数日いろいろと昔のことを思い出していた。
 桜とともに旅立った、桜のような叔母

母や叔母が育った生家は米屋を営んでおり、二人は8人姉弟の長女と末っ子の間柄だった。祖父はわたしが生まれる前に亡くなったそうなので、叔母にしてみればずいぶん子どものときに父親が他界したということなのだろう。

それもあったのか、母はこの叔母のことを人一倍気にかけていた。

祖母が他界したときに母が受け取るはずだった結構な額の遺産を、当時まだ家を持たなかった叔母に譲ったりとか、叔母がカナダに留学したときに何がしかの資金提供をしたりなど、かなりの援助をしていたらしい。

その頃、わが家は父親の仕事が変わり、4人の子どもの教育費も相当かかって家計は火の車だったはずなのだ。

現にわたしも内職を手伝っていたし、私学の小学校は学費滞納で転校直前の状態だった。お小遣いをもらった記憶もあまりない。中学は給食のない学校だったが、お弁当を作ってもらうこともなかったのでいつもパンを購入していた。

自分が守るべき家はそんな状態だったのに、母は叔母にはいつもいい顔をしていた。叔母はその後、都内に一戸建ての家を購入し華やかな暮らしをしていた。

10代だったわたしは、母にも叔母にも腑に落ちないものを感じて、それ以来叔母と会うことは少なくなっていった。


片づけのできない女を母に持つこと


母方の祖父は、生前かなりの事業家だったらしく、母が若い頃は小豆の先物取り引きなどで、景気よくやっていたとのことだ。母親もその手伝いをして、大きなお金が動くことを目の当たりにしていたらしい。

詳しい話しはあまり聞かなかったが、育った環境も影響しているのか、母はどちらかというと家庭に入るより、外にでかけることの好きな人だった。

一時は司法書士事務所で仕事をしていたのだが、家のことより数字を追いかけている方がよほど楽しかったのだろう。家事はほとんど放棄状態だった。

片づけのできない女でもあったので家はいつもモノであふれかえり、食事も用意されることなく、中学生のわたしは家に帰るのが本当にイヤだった。

家計も家庭もちゃんとできず、でも近所のコミュニティセンターに行ってはタバコをふかしえらそうにしていた。寿司屋に行けばアワビを頼み、他のお客にふるまうような人だった。

小さなことをさも大変そうに言い、「無理だよ、できっこないよ」が口癖で、子どもたちはどれだけ芽を摘まれてきたことだろう。

そんな母を理解できるわけもなく、わたしは母がずっと嫌いだった。顔を合わせれば、いつも文句を言っていた。自分で稼げるようになると、わたしは家から離れたくて、オーストラリアに逃げるように出国した。


父の、そして、母の介護


帰国後も両親はしばらく元気だったが、数年もするとそれなりに病気がでてきた。父はわたしが37才のときに脳出血で倒れ、以来、車いすから寝たきりの状態になった。

そんな父も、倒れてから10年後、静かに息を引き取った。ずっと介護をしていたわたしは、もうこれで家での役割は終わったと思った。

だから、実家をでて長野県に仕事と家を見つけ、一人移住した。もう、実家には戻らないつもりで。

しかし、あれだけ偉そうにしていた母も、父の介護中からリウマチを患い病院通いが続いていた。実家には未婚の姉もいたので、当然母の面倒を見るだろうと思っていた。

だが、この二人は最悪に相性が悪かった。

身体の自由が利かなくなった母に、姉は幼い頃の復しゅうでもするようにキツく当たるようになっていった。帰省するたびに母から姉の愚痴を聞かされ、泣かれた日にはさすがにわたしも面倒になった。

結局、平日は実家で、週末だけ八ヶ岳にもどるという二重生活を始めた。

ディサービスや病院への送り迎え、着替え、トイレ、入浴介助。枯れ木のような母は、軽く折れそうだった。不思議なもので、男親の下の世話は案外抵抗がないのだが、女親はなかなか難しいものがあった。


理解はできないけど存在はする


父親のときも含めて10年以上にわたる介護生活に、さすがにわたしもイラ立つことが多くなってきた。姉とのこともあり、「何でこんなに親に縛られなければならないのだろう」という思いがどんどん大きくなって、「早く死ねばいいのに」と心の中で何度もつぶやいていた。

普段から言葉も厳しく、声を荒げてしまうことも多くなっていった。ある時、わたしが必死に貯めていた100万単位のお金を(もちろん母名義だが)、無断で内装工事のために使ってしまうことがあった。

さすがに切れまくったわたしは、大声で叫んでいた。
「てめえ、ふざけるんじゃないよ、クソばばあ死んじまえ!」と。

かなりの時間、暴れまくった。モノを投げ、罵倒し、壁を蹴り…

疲れ果てて部屋に戻った時、何かがストンと落ちた。たまっていたものを吐き出したことで、何というか母親の生きてきた道を、受け入れられたような気がしたのだ。

そのあとしばらくしてからわかったことがあった。「理解しよう」としていたことが間違っていたと。

理解はできないけど、存在はする。そういう人種が世の中には山のようにいるのだ。というより、もしかして他人なんて多かれ少なかれ、そんなものなのかもしれない。

それ以来、わたしは母親を、母親としてではなく一人の昭和を生きた人間、と思えるようになっていった。


死んじゃえ、と思ってもいい


今、介護まっただ中の人は、ことばにできないことや、イライラすることもたくさんあるだろう。心の中で「死んじゃえばいい」と思って自分を責めることも。実際わたしもそうだった。

あの時、言葉をぐっと飲み込むこともできたかもしれない。だけど、爆発したおかげで、間違いなくわたしは救われたのだ。

だから、せめて自分をほめて欲しい。「良くやっているね」と。恐らく誰も言ってくれないから。

そして、心の中で「死んじゃえ!」と何度でも叫ぼう。さらにエアでなら、坂道の上から車いすの手を離しても大丈夫。ただし、エアですよ。笑

それにできたら、何らかの方法でちょこちょことガス抜きをして欲しい。

わたしは現在は両親の介護も卒業し、自由にやらせてもらっている。が、桜の散るこんな季節は特に、ヒリッとするような痛みとともに、父や母を連れて花見をしたことをしみじみと思い出す。


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実家にもどっているので、近所の友だちとベーグルを買ってお花見に行った。けっこう肌寒く、外での花見はほとんど瞬間、あとは友だちの家でずっとお喋り。

彼女たちの住むマンション近くのベーグル屋さんは、正統な作り方をしている日本でも数少ない、ホンモノにこだわったお店だそうだ。

根っから真面目でホントに美味しい。

4人のハハと9人のこども。わたしを入れたら総勢14人がワイワイと集まって、それでなくてもにぎやかなのに、ある意味カオスだった。

わたしは独身だし、子どももいないのでハハ友ができるなんて今までに無い経験だ。

だから、ご縁があって、これまで知らなかった世界の話しが聞けるのはめちゃくちゃラッキーだ。

子どもたちは可愛いし、こちらが真面目な話しをしようとした瞬間に、粘土遊びをしていた娘が自慢げに「ほら、うんこだよ〜」とか。あるある。笑

下は3才から一番大きい子で小学校6年生まで。それぞれの遊び方が興味深い。

男子、小4〜小6はずっとゲーム。女子は、それぞれの部屋で好き勝手やっていた。将来がかいま見える。女子は、オトナになってもハハたちと同じで人の話しなんて半分も聞いちゃいないだろうな。
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ハハたちも、30代1名、40代3名、それに50代わたし、とバラエティに富んでいた。

彼女らの話しを聞いて、わたしは、それぞれの人生というドラマが根っから好きなのだなあ、と思った。イラストを入れて、何冊も本が書ける。「家政婦は見た」、が受ける理由がよ〜くわかる。

育った地域も環境も違う人たちが、特定の人を介して集まる不思議。キーパーソンは、2年前、あるセミナーをきっかけに仲良くなったRちゃんだ。

偶然、同じ駅の向こうとこっちに住んでいて、誕生数秘が二人とも11、頭文字がR。

うちはアメリカンコッカーが2匹、彼女の実家にもアメリカンコッカーがいるので、親近感を感じた。

双子とその下にもう一人、3人のハハだ。何だか気の置けない人柄に、しょっちゅう遊びに行かせてもらっている。回りの人たちもきっとそうだ。彼女の家はママ友のたまり場だ。

八ヶ岳にも来てくれたことがあり、「今年はどれくらい滞在しようかな〜」と言っていた。お掃除とごはんやってくれればいくらでもどうぞ♪

わたしもどちらかというと回りに人が集まりやすいので、R×Rでいろんなつながりができたら面白い。


子どもの教育から宇宙の真理まで

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ご多分にもれず、話題はあっちこっちに飛びまくる。

わたしの同年代と違って、みんなまだ子育て中なので、教育、家、ママ友、今までの仕事のことや、果ては、精神性から宇宙の真理にまで話しは及んだ。

「時間が存在していると思うのは、錯覚だ」
「身の回りの現象は、すべては思い込み、自分が作り上げている」とか…

それにしても、みんな同じ空間で同じ話しを共有していたハズなのに、最後に何が一番印象に残ったかということになったら、全員が違うことを上げたのもとても興味深かった。

いかに、まったく違うものをみているか、がよく分かる。結婚生活においてはなおのことだろう。

人間関係の問題はコミュニケーションの問題に尽きると思うが、こういう経験をして「人は同じものを同じようには見ていない」と分かればうまくかわせる。


二つの誕生日を生きてきたひと

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この日わたしの一番の関心は、Mさんの誕生日が戸籍上と実際とで違うということだった。学校のことなどを心配した親が、親切心から学年をまたぐように戸籍の誕生日を2週間ずらして申請したそうだ。

それを知ってから彼女は、星占いでみたときにまったく異なる二つの資質の間で悩んできたという。

『戸籍上』は、真面目で慎重。反して『実際』のそれは、思ったことをすぐ行動にうつせる、エネルギッシュなもの。

これまで、『実際』の資質で生きたいのにそれがなかなかできず、ずっと『戸籍上』で生きてきた、ということだった。

知らなければ問題なかったであろうことを。。それも『戸籍上』の資質が影響しているのだろうか。

でも、どちらも本当に受け入れてしまえば楽になる。人間なんて、場面で顔を変える生きものだ。

TPOに合わせて、うまく使い分ければ良い。どちらもいいとこ取りすれば良いのだ。そして都合が悪くなれば、反対の誕生日のせいにしちゃえば問題ないのだ。そんなこと、実は、誰も気付きません。

もしそれが難しいとしたら、それは誕生日のせいではなく、恐らく親や社会が「誕生日」というベールをかぶり彼女に求めてきた、いわゆる社会規範や通念のもたらした弊害だ。


ママという宝を掘り起こす


彼女は外資系企業や航空会社などで働いてきたそうだ。小気味よい切れ口の会話から、どれだけしっかりと仕事に向き合ってきたかも伺える。

今まで培ってきたその実績と信頼性、および真面目で実直な外向きの顔をもって、その上で内側に秘めた行動力を開花させれば、真に女性のリーダーとなることは容易に想像できる。

実際、彼女は教育の機会均等などに強い問題意識を持っていると言っていた。そのための支援活動などをしたい、とも。

今、話題の乙武氏がたまたま高校の後輩だそうで、そのことに話題が及んだときに彼女が言っていたのが印象的だった。

「不倫とかその道徳的なことは別にして、今回のバッシングは別の意味でマイノリティと言われている人びと〜障害のある方やセクシャルマイノリティ〜にも光を与えられるのではないか」と。

わたしも、まったく同意見だ。

世間が勝手に貼ってきた「障がい者」や「聖職者」というレッテル。それが覆されたことに、集団で拒絶反応を示して、匿名性の武器で攻撃をしかけるという構造。

そのレッテルの部分を喝破しているのだ。彼女が背負ってきたものにも通じるのかも知れない。

事象の表面だけでなく、さらに奥を見ようとする視点。2つの誕生日に翻弄されてきた経験が、そういった奥行きをもたらしたのだろうな、と思った。

そして、わたしはそこに別の光をみた。まだ気づいていない、自分の才能という光。

宝の山が、日本の「ママ」たちの中に埋もれている。それを掘り起こせば、まちがいなく新しい地平が開ける。そんな光が、見つけておくれと、チラチラ隙間からもれているのだ。





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昨日は言わずと知れたエイプリルフール。Facebookやブログなど、あちこちで人を驚かそうという企画がありました。気持ちはわかりますが……残念なのが多かった。

エイプリルフールだから笑って許して、みたいな。


許しませんっ!
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わたしは興味がないので仕掛けませんでしたが、

それらのほとんどが自分からの目線で、外からの視点が足りない。内輪で受けている分にはよいのだけど、ことばや行為は発信した時点で公共性を持ちます。

たわいのない気持ちなのは理解できますが、少なくともそこにハマってくれる人がいる限りその人の時間を拝借するのです。もっとサービス精神を持ちたいですね。

読後に「やられたっ!」とか「う〜ん、可愛いい♪」とか思わせるような。

しかも、年に一度のこんな日は、一斉にみんながやりそうなんだから、かなり高度なテクを要求されます。

今は、簡単に発信ができるからこそ、考えないと。


さらに上、さらに先を見通す


もちろん、読者の要求にばかり応えていたら書き手は消耗するでしょう。

なので、その辺のバランスは上手に保ちつつ、やるならさらに上、さらに先を見通しておく必要があります。

でも、逆にいえば、果敢に挑戦する人びとには、純粋な拍手を送ると同時に、ある種の嫉妬を感じるのも正直なところです。

自分は失敗を怖れてやらないのに、高みからイチャモンつけてる、みたいな。汗;;


 
ブログを真剣に書き始めると気になることがたくさん出てきて、あれこれと試行錯誤中です。

今月はブログ記事の量産トライアル月間。それは、単に記事を書くだけでなく、人間の心理を研究することにもつながるのです。

どんな書き手がどのように工夫しているか、どんな発信がどう自分に響くか、とか。

書くことと同時に、先を行く人たちの良いところを取り入れることも非常に大事なこと。それを、噛んで飲んで、最後のひと絞りまで消化しきる。暮らし方にも通じます。

なので、120%の叱咤激励と120%自戒の意味を込めた、本日の記事でございました。




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花曇りで少し肌寒かった今日、気丈で美しい叔母が亡くなったと連絡を受けた。
享年68。

10年以上前から心臓を患っていたそうだが、3年前の母の葬儀のときには、それをおくびにも出さずに別れの挨拶にきてくれた。

若いころ、外国生活にあこがれて単身カナダに留学し、帰国後も華やかな暮らしをしていた。少し背伸びをしているようにも見えたけど、存在自体に華のあるひとだった。

母が元気だったときにはよく家にも来ていたし、従妹を預かったこともあるので、馴染みもあった。けれど両親ともにだんだんと弱ってきてからは、特段連絡することもなく疎遠になっていた。

でも、電話を取って叔父が名乗った瞬間に良くない知らせだとわかった。というより、受話器を取る前から何か察知していたように思う。

最近は、家の電話にはセールスくらいしかかかってこない。しかも夜9時。普段は出ないのだが、なぜか「出なくては」と思った。いつもより長くコールしていたから。

知らせを聞いて、叔母とはずいぶん会っていなかったとはいえ、何とも言えず感情が揺れた。

特に今日は、昼間花見でずっと友人たちとおしゃべりをしていたせいもあるかも知れない。楽しくリアルな時間と、旅ゆく先の世界。そのはざまをかいま見ることは、妙に現実を遠くさせる。

写真をセピアに加工して時間を止めるような感じだ。桜が散るのを見ながら、そんなような話しをたっぷりしていたこともあるのだろう。

わたしは桜をこの上なく美しいと思う反面、おなじくらい狂気も見いだす。なので、実は怖いのだ。

競うように咲き誇るのと、約束されたように散って行く、その両極が生と死の同時性をまざまざと見せつけるからだと思う。

そんな桜とともに旅立った叔母は、自らの生き様を最期まで演出したのかもしれない。どこまでも美しく、どこまでも狂気を秘めた、その生涯を。






 

めでたく4月1日を迎えましたね。
ということは、すでに本年1/4が過ぎたわけです。

早っっ!

この記事わたしの人生は120%遊びだ、ではこんなこと書いています。
それにね、年を取ってくれば、「同じ時間」の実質の長さは変わる。どんどん短くなるんですよ。一年なんてあっという間に過ぎていく。あっという間が一年だったら、ハクションしている間に棺桶ですよ!?

だったら、いつまでも同じところにとどまっていないで、わたしは次に進む。

ですね〜。この方、いいこと書いてる!ハゲシク共感します。笑


有無をも言わさず

世間でも、桜とともに
転勤や新しい学校、新しい職場など、いろいろ変化が起きるときですね。

学校だったら、留年してない限り進級です。ということは、普通の暮らしをしているわたしたちも、毎日が「生活学校」って思ったら、同じですね。ええ、強制進級です。留年はありませんから。

みなさま、おめでとうございます。

ではここで、きなり校長からお言葉を頂戴しましょう。
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校長、身をもって「春眠暁を覚えず」を教えてくれてるそうです。
 
 
でも確かに人生を学校のようなものだと考えると、なんだかありがたい気分になります。死ぬまで進級できるのだなあ、と。あ、再試や落第はあるか。

ま、それは置いといて、死ぬときがやっと卒業……(いや、ほんとは入学!??笑)


いずれにしろ、やりたいことは今やっておかないと、と思います。明日できることは明日という考えもありますが、やりたいこと!だったら明日までとっとけない。

なので、「明日できること」の比率を減らして、「今すぐやりたいこと!」を「やり始てしまう」のも、より充実した学園生活を送るために大切なことだと思います。

世間の変化は早いです。もう、スマップのことなんて何世紀も前のような感覚ですよね。それだけ、人の興味がうつるスピードは高速化しているということです。

そうは言っても、今年、これから育てる大豆や米が成長するにはそれなりの時間が絶対にかかります。なので自分の変化速度と世間の変化速度を自覚しつつ、微調整しながら進んでいきたいものです。


今月の予定

ということで、毎月一日は今月の妄想予定をアップすることにしました。
できるかできないかは置いといて、宣言してしまうことで自らを追い込む作戦。笑

一緒にあたふたライフを楽しんで下さいね!

【タイニーハウスセルフビルド】
既存の小屋の撤去および整地←中旬より

【ハーブガーデン】
整地できるまでは、プランターなどで栽培を始める

【のらぼう大豆畑、米作り】
畑の整備・育苗、もみまき

【情報発信】
・今月は「質より量」月間。ブログ100本、うち絵日記も1日1本(で、できるのか?)。
・iphone6plusにしたので画像・動画もどんどん取り入れます!
・発信メディア分散化します(カッコいい〜)今までと変わらないんですが。

twitter→日常にふと思ったこと、メモ(こちらがメインです)
instagram→写真
Facebook→ブログ情報シェアなど

 

応援メッセも楽しみにしてます!FBメッセージか、twitterのダイレクトメッセージでお願いします。ブログシェアやいいね!も 、わたしにとって書くときの巨大ニンジンです。笑



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先日の記事▶︎血縁から結縁へ〜結婚を超えた家族の作り方 で、わたしは「結縁」についてこのように書いた。
血縁とは、始めから与えられたもの。
結縁とは、なにかのはからい、ご縁によって結ばれてゆくもの。

すると、はじめにツイートを引用させていただいたれんげ舎の長田さんが、”「単に関係ができる」という意味を越えて、「仏様との縁を結ぶ」という意味があるそうです。”と教えてくれた。


結縁とは?仏法とは??

そこで、さっそくネットで調べてみたら、次のような深いことばであることがわかった。

結縁【けちえん・けつえん】〜デジタル大辞泉より〜

1 仏語。
 
㋐仏・菩薩 (ぼさつ) が世の人を救うために手をさしのべて縁を結ぶこと。けつえん。

世の人が仏法と縁を結ぶこと。仏法に触れることによって未来の成仏・得道の可能性を得ること。けつえん。

2 関係ができること。特に親類になること。けつえん。

なるほど、衆生であるわたしたち世の人が、仏法と縁を結ぶのを結縁というのだそうだ。

では、仏法って、仏さまって一体何?

仏さまは、どこかの宗派の信者であったり菩提寺がある家庭なら、何かとお世話になっているだろう。うちにもお仏壇があって、ご本尊が祀られているからまったくなじみが無いわけではない。

でも残念ながら、今の社会では日常的にふれることは少ないのでは?

お墓参りやお葬式などでお寺さんにでかけるとか、有名な寺院を観光で尋ねるなどの機会がなければ、日常的に「仏教」「仏法」「仏さま」を身近には感じないと思う。

なので、「未来の成仏・得道の可能性を得るために結縁する」、と言われてもピンと来ない。得度するなど、仏門に入る人だけしか『結縁』できないのか、と疑問にも思う。


神棚をお返ししたら


わたしの実家は日蓮宗だけれど、自分は、まったくの無宗教でいずれの宗派にも属さない。2年かけて行った「親の家のかたづけ」では、心苦しかったが神棚もお札も返納した。

だからといって、無信心とも違う。

逆に、神棚をお返ししたことで、毎朝の礼拝も月々のお参りもしなくなったけど、そういった集合無意識的なものに依存しなくなった分、自分というあり方が問われる。

そして、何かわからないけど確かに存在する、その「何か」をとても身近に感じるようになった。

先日亡くなった、森のイスキアの佐藤初女さんが以前どこかで言っていた。彼女はクリスチャンだが、祭壇を設けて特別に祈りを捧げることはなくて、「毎日の行い、おむすびをむすぶことが祈りだ」というようなことを。

わたしが初女さんのようなことをできるわけもなく、ただあたふたしているだけなのだけれど、でもふとした瞬間に、「ああ、ありがたいなあ」という感覚がぶわ〜〜っと内側からわいてきて、涙があふれることがある。

言い方は何でも良い。

それがわたしにとっての神さまであり、仏さまを感じるときだ。


仏さまを見つけよう

宗教界からは、不謹慎と言われるかも知れない。

でもわたしは特別な行為や、特別な場所で神さまや仏さまの存在を見いだすのではなく、雑巾がけをしたり、わんこの散歩したり、誰かと笑い合ったりすることで身近に感じていたいのだ。

その意味では、隣でゴ〜ゴ〜いびきをかいて、時たまスカシっ屁をするうちのワンコ達にも、その辺にころがっている石ころにも仏さまを見つけたい。

実家の近所のがんこ爺さんは少し難しいけれど、でもやっぱり菩薩であり不動明王なんだよね、と、できれば、なるべく……

思うようにしよう。汗;;

そう、わたしには、未来の得道も成仏もいらない。今、こうして存在している、それがすべてだ。

仏さまは、誰の中にも、あなたの中にはたくさん、そしてわたしの中にもおそらくちょびっとは存在している。

もちろん、得度して仏門に入り求道することも素晴らしい。

でもそんなストイックなことのできない世俗のわたしは、せめて、だるまさんがころんだで遊ぶように、すべてに仏さまがあることをずっと探しつづける。いつまでもオニ役なのね。笑

それがわたしにとっての「結縁」だなあ、としみじみ思わせてくれたこの数日間だった。


【関連】
▶︎血縁から結縁へ〜結婚を超えた家族の作り方 
▶︎タイニーハウスを作りたいわけ③親の家を片づけて



今回、血縁から「結縁」について考えるそもそものきっかけを与えてくれた、れんげ舎の『場づくりクラス』が今年も6月から始まるそうです。

わたしも昨年、半年間参加して『場』について改めて見つめなおす機会をいただきました。また、『場』そのものが力をもっているのだな、ということを実感しました。

何か組織や関わる活動の運営のヒントがたくさん得られるかと思います。ステキな仲間もできますよ!

興味のある方は、こちらからどうぞ!▶︎FBページ場づくりクラス





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場づくりを提唱するれんげ舎長田さんのツィートの中で、應典院・秋田ご住職の言葉がとてもしっくりきた。



わたしが幼い頃、家は新聞屋さんをやっていた。なので、新聞配達をする若い衆やらお手伝いのお姉さんがたくさんいて、かわいがってもらった記憶がある。それに、4人兄姉でおばあちゃんもいたから、常に誰か人のいる家だった。

祖父は、別の家でお妾さんと暮らしていた。小さい頃はその女性をお手伝いさんと思っていたのだが、少し大きくなると、なんだかなあ。オトナはよく分からない、と見ないフリをしていたように思う。

それでもよく、家にはおばあちゃんの妹たちが深川の方から遊びに来ては大声で喋っていたし、姉の友人の染谷くんもなぜか毎週日曜日にお昼ごはんを一緒に食べていた。

いま考えても不思議な家、不思議な空間だった。まるで、おとぎ話しのような。いや、漫画か。笑

要するに、どこまでが血縁の家族なのかわからないまま育った感じなのだ。だから、わたしは「血縁」という境界が非常にあいまいというか、はっきり言って無いのだと思う。

どこに行っても、最初からそこんちの子どものようにちゃっかり座っていられるのも、おそらくそのせいだ。


家族を超えた家族〜オハナ〜

ツィートにも書いたけど、ハワイでは血縁を超えた家族をオハナというそうだ。ベトナムに行ったときにも、現地の子と仲良くなると、本当に「お姉さん」として迎えてくれた。

20代でバックパックの旅をして、心底思ったのは人間とは「縁」で生かされているということ。

血縁とは、始めから与えられたもの。
結縁とは、なにかのはからい、ご縁によって結ばれてゆくもの。

子どもの数が少なくなってゆく今後、家族の在り方も変わってくる。婚姻関係を選択しない夫婦や、同性愛カップル、養子縁組もたくさん出てくるだろう。面白いじゃないですか。

家族の在り方が多様化してくるということだから、それを自覚的に先取りしておきたい。

多様化は、文化を生み、新しい価値観を提供してくれる。


タイニーハウスファミリー

たとえば、タイニーハウスがいくつか集まって、コミュニティを作る。一人でいたいときは一人でいればよい。誰かと一緒にいたければ、隣の家までビールを持って数歩歩いて行けばよい。

それぞれプライベートは守られつつも、ゆるやかにつながっている。もちろん、大変なときにはサポートし合うし、お互いに子どもやペットの面倒を見たりもする。

こうなると、よその子も自分の子になる。だって、可愛いですもの。

そしたら、たとえばある夫婦に子どもができないからといって、捨て石になる必要もまったくない。隣の子は自分の子なんだから。その人たちはその人たちにできることをすれば良いだけだ。

ネパールの子どもの里親にだってなれる。そこで交流が生まれたらまた楽しい。ネパールにも家族ができちゃうなんて、ワクワクする。そうして、世界にたくさんの家族ができたら、戦争とかいってられなくなる。

もちろん、両親やきょうだいなど血縁の家族がいることはありがたい。それに、まったくの他人だった二人が結婚して夫婦となって子どもを育て、一つの家族になっていく姿なんてそれだけで感動的だ。

友人のファミリーは、おばあちゃんもワンコも、息子夫婦や娘もその友だちもいつも仲が良い。FBからこぼれる笑顔についこちらも微笑んでしまう。

その上で、従来の家族制度をもう一度見つめなおし、植え付けられた幻想を解き放とう。そうすれば、偶然によって結ばれた「えにし」をどこまでも大切にできる。

要は、ご縁のある人たちを本気で血縁同様の家族と思えるかどうかで、結縁家族、オハナが知らぬ間に大きく育っていくということだ。

【続き】
▶︎ 仏さまと縁を結ぶのが「結縁」。では仏さまとは? 

※この記事は、以前書いたものを加筆校正しました。

最近はあまりやっていなかったのですが、以前はよく自分でドリームワークをしていました。これは、もともとオーストラリアの先住民アボリジニが行っていた夢見の手法のアレンジです。
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ヤラヤラ・ギブス・チュンガライ  「ティンガリ・サイクル」ランドオブドリームズより

何か気になる色やコトなどに意識を集中し、そこから自分の内側=ドリームの領域に入り、イメージをプロセスさせるというやり方です。

すると、表面化していなかった感情や気づいていない身体の症状に触れることができます。

あるときのドリームワーク。ふと表れたイメージでは、田んぼに入る自分がいました。でも、田植えをするわけでもなく、そのドロドロの中にいます。

足は取られ、なかなか思うように動けません。座ることも前に動くこともままならない。


気づいていない領域は何かのかたちで表れる

ちょうど、親の介護がいよいよ本格化すると同時に、開業していた治療院の仕事が多忙になってきたこと、実家のローンや雑事などすべて重なり、ぐちゃぐちゃになっていた時でした。

今では俯瞰して見ることもできるのですが、当時は「自分が頑張らなくちゃ!」と、一人勝手に背負い込んでいたのです。

なので、そのドロドロはにっちもさっちも行かない自分の状況を表していたのだと思います。

その頃よく見ていた夢も、どこか汚らしい場所だけど、自分は裸足でその場を歩かなくてはならない。それが嫌で嫌でたまらない。でも靴は見つからないし、身動きが取れない。

わたしの人生の中で、「眠れない日々」というのがあったのもこの頃です。 書いていると当時のことを思い出して、どよ〜んとした気分になります。(今となっては、「よくやってたな自分!」なのですが。笑)
 
 

プロセスを信じて

さて、田んぼのドロドロの中の私。もうどうにもならないと思ったので、プロセスを進行させることにしました。ドロドロは正体不明の不安を表していたのかもしれません。

「このままでは自分も家族もすべてが潰れるっ!!」

なので、イメージの世界で、思い切ってそこにどっぷり浸ってみることにしたのです。

最初は息が止まるほど不快だった。苦しくて苦しくて。

でも少しすると、冷たくて重いと思っていたのが、実は案外イヤなものでなく、ほんのり温かくて全身を包んでくれるようにも感じました。

プロセスは進み、さらにもぐって地球の中心部まで行こうと思ったら、ドロドロの部分はそんなに深いわけでもなく、その下は粘土質の土、掘らないと先に行けません。さらに奥に行くと固い岩盤に突き当たりました。


その時に気づいたのは・・・

ドロドロは、決してイヤなものではなく、次なる実りのための準備期間であること。ただ、身動きができないほどのドロドロから、温かみのあるやさしいドロドロにするには、自分が少し身軽になる必要がある。

そして、固い岩盤は、それ以上行けない!ということかと思ったら、実は自分の内面世界には誰も土足で立ち入ることはできない、自分は守られている。だから安心してその状況、そして決断を受け入れて良いよ、というメッセージでした。


そこに身を任せてみたら

その頃、確かにいろいろと荷が重過ぎて、「何かを手放さないと」とは思っていました。でも、父親も実家も放せない、ならば治療院?でも信頼してくれる患者さんはいらっしゃるし、せっかく10年続けたものを、辞めて良いものか。

介護にかこつけて逃げることになるのでは?と思い詰めていました。

でも、そのドリームワークは、OKといってくれていました。そして、患者さんには大変申し訳なかったのですが、わたしは治療院を閉じることを決断したのです。

それから準備を始め、皆さまに友人の治療院をご紹介して、いよいよ父の看取りにしっかりと向き合おう、と覚悟を決め閉院したら・・・。

 

あばよ千葉よ

数週間のうちに父もあの世へと旅立っていったのです。

食べ物を受け付けなくなった父は近くの病院に入院しました。その数日後のある朝、容態が変化した、と連絡を受けあわててかけつけると。

それまで閉じたままだった目をあけて、左から右にギロ~ッとわたしをみて、また目を閉じました。それが最期のあいさつとなりました。

その時、聞こえたような気がしました。いつも家のベッドで夜、父のオムツ替えを終えて部屋を出るときに交わしていた「あばよ、千葉よ、おさらばよ!!」ということば、そして「お先に失礼、あんがとよ!」と。

本当に、らしい旅立ち・・・食べるのが大好きで、でもさすがに食べられなくなってからはあっという間でした。

夜、自宅に戻った父を囲み、子どもや孫で大宴会。みんな、涙と笑いでそれこそ、ぐちゃぐちゃ。少しおかしくなっていました。でも、大好きだったビールやお酒を久しぶりに味わって、相当酔っぱらって旅だったことでしょう。
 

違和感はリマインダー(注意喚起)になる

それ以来わたしは、「何か変だな、ちょっとズレてる」などと感じることは、軌道修正した方が良いよ、というドリームからのメッセージ、リマインダーだと捉えています。

このブログにもたびたび登場しているアメリカのタイニーハウス第一人者Dee Williamsさんは、自分の心臓の病がリマインダーになり生活を見直しました。暮らしをダウンサイジングし、8㎡のタイニーハウスに住んでいるのです。▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい?

わたしも、もう少し頑張り過ぎていたら病気やけがをしていたかもしれません。それは分からない。ただ、事態はもっと深刻になっていたと思います。

苦しい状況のときに、モヤモヤしたものに意識を合わせることはとても勇気が必要です。でも、自分のプロセスを信頼して、そこに焦点をあて表面化させることで、必ず何かに気づくことでしょう。

すぐに状況が変わることは無いかも知れない。でも、プロセスを受け入れることができたら、その経験は必ず宝ものとなって、人生に彩りを添えてくれます。

そして、一度経験すれば、ほんの小さな事柄や違和感がリマインダーであることがわかります。人生のバグを早め早めに修正でき、自分らしく生きることができるようになるのです。

わたしもおかげさまで、今ではリアル田んぼで仲間と一緒に、ドロドロぐちゃぐちゃジタバタになりながらも、本当に楽しい日々を過ごしています。
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参考図書


ドリームボディ・ワーク
アーノルド ミンデル
春秋社
1994-07




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先日のこの記事が、ありがたいことに大変よく読まれています。
▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい? 

そこで改めて伺いますが、

「あなたは最期の瞬簡に何を抱きしめていたい?」


切ないほど身近な、でも遠いもの

あなたは大切な人たちに囲まれて安心して逝きたいだろうか?それとも大好きなモノを胸に抱いて一緒に旅立ちたい?

どちらもステキだ。だけど、どんなに大好きなモノであってもあちらには持っていけないし、残念ながら、あなたが誰かをどんなに深く愛していても一緒に橋を渡ることはできない。

そんなこと当たり前だ、と言う声も聞こえてくる。死が平等に訪れることはみんな頭では知っているのだ。

でも、本当にそうだろうか。その時が自分にもいつかくるということがリアルに感じられていますか?明日も今日と同じような日がくると思ってはいませんか?

かくいうわたしも「その時」の訪れは今日や明日ではなく、まだずっと先だと思っている。ただ、いつか確実にやってくる、それはもしかして明日かも知れない、ということだけは理性でなくもっと根源的なところでわかっている。

両親や友人、最愛のわんこやにゃんこたちを送ってきて、なんというか、わたしにとって死は、切ないほど身近で抱きしめたくなるけど、抱きしめることもできない遠い存在でもあるのだ。


どんな人生も必ず途中で終わる

50も半ばになると、本当に時間の経つのが速くて驚く。1年なんてあっという間だ。だとしたら、5年10年なんてのもあっという間だ。そのときに初めて気づいて呆然となっても遅い。

また、これも不思議でならないのだが、どんなイノチも生まれた瞬間から死に向かっている。なんて理不尽な、と思いませんか?死が約束されているのに誕生してくるんですよ?

さらに死は、どんな人のタイムラインも途中で終わらせてしまう。約束されているのに、それがいつ来るかわからないというだけで、人生は必ず未完で終止符を打つのだ。

ということは、人生とは理不尽でよくわからなくて、しかも永遠に完成しないまま終わるものだということだ。わけわからん。

ただ、それを承知しているかどうかで、今が変わる。何かを成し遂げてぽっくり逝きたいと思うのも良し。だけど、そうは行かなくてジタバタしたってそれもまた良し。いずれにしろ分からないのだから。分からないものは、怖いに決まっている。

それに基本、どんな最期を迎えようと、孤独死だろうが、家族に見守られて旅立つのであろうが、不慮の事故だろうが、誰かが「生を受け生きた」ということにおいて、わたしはすべて尊いと思っている。


その上で、どう生きるか

アメリカのタイニーハウス第一人者のDeeは、暮らしをダウンシフトして、タイニーハウスに住むようになったきっかけは自身の心臓の病だったと言っている。そしてそのことを”リマインダー”、何かの注意喚起だと捉えた、と。
わたしは肥大性心筋症を患っていますが、病気の診断を受けた時、それを“リマインダー”だと捉えました。

そのことで私は自分と周囲との関係をもっといい関係にしていく必要があると気づいて、そのためにどうすればいいのか考え、それは今もずっと続いています。
わたしとっては、親の介護や見送り、実家の片付けなどを通じて経験してきたこと、八ヶ岳の自然にふれること、Deeの考えやタイニーハウスに出会えたこと、これから作りたいと思うことなど、すべてがリマインダーである。

最期の瞬間は、いつくるかわからない。それに誰にもリマインダーがあるとも思わない。逆に、どんなものでもリマインダーにもなりうる。

そんな私にできることといえば、暮らしをシンプルにして一日ずつをていねいに生きること。それともし、誰か友だちがHelpを出したら迷わず飛んでいく。

あとは、とにかく目の前の人を笑顔にすること。ひとつでも笑顔に出会えたら、その日は超ハッピーだ。

ありがたいことに、わたしには大先生がいる。この方は、舌ベロを出してぼへ〜っとしているだけで、道ゆく人を笑顔にする。その点ではわたしはまだまだ未熟だ。
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きなり先生のように、一日ずつを生きていたら、未完だろうがなんだろうが、一生も笑顔で終えられることだろう。

その時、わたしは何も抱きしめてはいないだろうけど、きっとこう言う。

「あ〜面白かった。みんな、ホントにありがとね、
楽しかったよ!んじゃ、お先〜!!」ってね。


【関連】
▶︎ドロドロの中にいた自分〜違和感こそがリマインダーだ
▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい?



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7年前に亡くなった父親は、生きているときはバカボンのパパと同じ植木屋さんでした。だからか、バカボンのパパをたいそう尊敬しておりました。

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わたしも幼い頃は、よく伐採した枝の片付けや、掃除などの手伝いをしてお小遣い稼ぎをしていました。たまには剪定などもやらされて、いっぱしの職人さんでもありました。

あるとき、わたしが仕上げにお得意さんの庭木の下にもぐって丁寧に落ち葉を掃いていたら、父親が言いました。

 「そんなところそこまでやんなくて良いよ。最初っからキレイじゃなかったンだから。見えるところと、敷石の回りを丁寧にやりゃあいいんだよ」と。。。

 幼かったわたしは少し大人になった気がしました。今思うと、父親は、早く終わらせてビールをグイッとやりたかったのだろうと思います。

仕事始めも早かったですが、仕事自体もとても速かったです。普通の職人さんは9時くらいから始めて午前〜お昼〜午後に休憩という感じですが、父親は8時開始、可能な時は7時くらいからスタートしていました。

休憩もさっさと切り上げ、とにかくジャンジャカ片付けて行く。松をチョンチョンとやって、遠くから眺めてまた、なんてことはほとんど無かった気がします。

その意味では、全体が見えていたのでしょう。素人にはわからない「今はこうだけど、来年はこの枝がこう伸びて」、ということが・・

だいたいまだ明るいうち、4時頃には仕事も終わって風呂に入り、ビールを2本、お酒も飲んで、8時にはごーごー寝る、という日々だったと思います。

わたしもお手伝いした時は、一緒になってグビグビ。よく、近所の養老の瀧で二人豪快にひっかけてたっけ・・・

 

一話完結って、このことなのだな

わたしは、父親を見ていて、あるとき心から思いました。植木屋さんって良い仕事だな、と。

だって、おてんとさんとともに自然相手の仕事して、ボッサボサだった庭も夕方には見違えるほど、きれいさっぱり。

庭も植木も気持ち良さそうです。そして、ひと風呂あびたらキューっとビールが飲めます。もちろん、肉体労働ですから、すぐにグルグルになってバタンキュー、深酒もできず、翌朝はシャッキリお目覚め。。

雨や寒い時、毒虫や蜂にやられたり、木の始末など大変なこともたくさんありますが、それでもお客さまからは喜ばれ、ありがたいことに、来年にはまた庭木たちはボッサボサ

家を壊したりしない限り、お仕事は必ずあるってことです。それに、ダイエットにもなります。父親は、ちょっとおデブでしたが。

なんだかとっても人間らしいな、と思いました。とにかく、翌日に持ち越さない「一話完結」というのがすごい、と感動したことを覚えています。

バカボンのパパも、そんな日々を過ごしているからあんなナイスな発想ができるのかなあ~~。。

なかなかバカボンのパパや父親たちのようには行かないですが、せめて夜寝る時には「今日」を完結させてから眠りにつこう、と思うバカボンならぬレイボンでした。

 

 

 

 

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友人のクロちゃんが、還暦目前にして
巨猫バジルと八ヶ岳に引っ越すことになった

そしたら本人からさきほどラインがあり、
20年ごとに大きな引っ越しをしている
ことに気づいたそうだ

20才 荻窪→三鷹 
40才 アパート→マンション
60才 調布→八ヶ岳


人生はおもしろいものだ

というわけで、次のように返信したら
ひとみばーさんになって返ってきた


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80過ぎてもまだまだ生きるらしい
クロちゃんがんばれ!









 

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なんで、はあちゅうさん?

先日来、イケダハヤトさんをウォッチングしていることは何度も書いていますが、イケハヤ氏も注目のはあちゅうさんのnote有料マガジンも購入してみました。
▶︎コンテンツ論〜自分をメディア化する方法〜

<不定期連載。これから発信を始める人や今まさに発信をしている人向け。6000円で読み放題>

まだ記事数は11本程度ですが、どんどんアップされることでしょう。2016年12月までの期間限定で、その後はまた違うメディアでまとめるらしいので、今から購入したとしても月600円。

リアルタイムの進行を楽しめて、さらに過去記事も読めるとなったら、お安いものですね。

イケハヤ氏のウォッチングを始めてから知った、はあちゅうさん。ツィッターやブログの発信方法、キャラの立て方、見せ方など、本当に工夫されているな〜、という印象です。

ただ、表面に見せているだけでない、核心をついた本音を聞いてみたいなと思ったのです。

イケハヤ氏とも、どこか通じるものを感じたし。わたし自身、もう一度原点に返ってブログをやり直そうということもあったので、女性でプロブロガーとして活躍している人からも学びたい、と思ったのも理由です。

【関連記事】
▶︎イケダハヤトのブログ塾に入りました
▶︎
イケハヤブログ塾の弊害w

さすがに牽引者として

ご自身でも相当勉強されているのが伝わってきます。経営者やビッグネームと直接会う機会もかなり多いでしょうし、それをきちんと自分の中に落とし込んでいるのもよく分かります。

他のメディアで見せている少し甘い印象をばっさり切るような辛口のところも爽快です。

特にわたしがとっても気に入った箇所。有料なので引用しちゃいけないのかも知れないけど、知れないけど・・・ウケちゃったんだもの、お花畑。笑  
 

居心地は良いけど、
それぞれに個性がある人を集めて、

「夢は100回紙に書けば叶うんです~」っていう
お花畑な自己啓発方向ではなく、

地に足がしっかりとついている
「自分の力で夢を叶える過程を一緒に楽しむ」メンバー
ゆるいつながりを作りたかったんです。

「はあちゅう有料マガジンvol.11オンラインサロンオーナーがやらかしがちな失敗」より
 

どんどん取り入れようと思った

書き方の印象としては、まだどこか探っているような感じも受けました。内容は、当たり前のこと、これまでも言われ続けていることも多いのですが、ずっと11年ブログを書き続け、今の地位を築き上げた人の言葉は重みがあります。

なので、どちらかいうとノウハウ系ではなく、ご自身の経験から導かれたことがほとんどです。だからこそ価値がある。

当たり前といわれることを、知った「つもり」でなく本当にやること、やり続けることがどれだけ大切か、と。

それに、個人および共同サロンについての記事は、実際にいくつも継続されてきているので、組織やユニットを運営する場合非常に参考になります。なんのための”場”なのか、を忘れないこと、など。

イケハヤ氏のブログ塾から比べると飛躍の余地はあると思いましたが、まだ助走段階だし、それに有料サロンとマガジンの違いを考えれば当然のことで、これからどう展開していくのか楽しみです。

また、引き合いにだしてばかりで申し訳ないですが、イケハヤ氏の場合、限界集落から世界につながるという、ワクワクするような期待感がありますが、はあちゅうさんは今後どの方向に行くのか、それも期待をもってウォッチングさせていただきたいな、と思いました。

結論。では、買いか?

わたしにとっては、6000円は買いです。笑
 
はあちゅうさんがどのような意図を持って自分をメディア化しているかわかるし、それを愚直に学んで自分のスタイルに取り入れて行けば良いのです。

また、彼女も記事の中で、変化を恐れず柔軟に対応していくことも大事ということも書いていました。ネットの世界でも、小さなバグの修正はあたりまえ、そして時に大きなモデルチェンジもあるのです。

なので、マガジンは、はあちゅうさんのこれからの変化も一緒に楽しめる絶好の場でもあると思いました。お、こう来たか、とかね。

ただし、ブログを書くに当たって技術的なことを知りたければイケハヤさんのブログ塾(4月からイケハヤメディアラボ)をお勧めします。ブログやメディアをツールとして、自分をどう世界に表現していくか、という目線での購読であればとても参考になります。

と、ズラズラ書いてて今気づいたけど、わたし、はあちゅうさん知ってから多分1週間も経ってないわ。なんかずっと知っているような感じだし。。
 
しかも、偉そうに言ってないで、一つずつやらなくちゃ。これから11年もかかったら、笑止高齢化なんて言ってられない。正真正銘の高齢者だしっっ。汗;汗;

というわけで、さっそく、このアプリ使ってみます。
 



Blogを心機一転したら、楽しくって仕方ない!
色々いじったり、記事を書いていたりすると
あっという間に時間がたっている。
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それに何でもコンテンツになると分かれば、
日々のこんなことあんなんなことが、
とってもイキイキしてくることにも気づいた。

ネタも、コンテンツっていえばちょっとそれっぽいし。笑


<深夜からのつぶやきをまとめてみた>






こんなことも簡単にできちゃう。。
笑止高齢化のためのBlog塾とか、やろうかしら?

あ、イケハヤさんのに入ってもらえばいっか。
▶︎イケダハヤトのブログ塾

正直、これ、中身濃いです。
発想が面白い!読み物としてだけでも得るもの多い。
(わたしは元は取りますが)
 
期間限定で入るのも良いのでは?
来月からメディア研究所とかになるらしいけど。。

笑止高齢化は別の形でやろう。










 





今日は朝から寒くて、気持ちも落ち着かないスタートだった。5年前を考えたら、それも当然だ。傷ついた人の悲しみは、時間が経てば少しは薄らぐのかも知れないけれど、残された傷跡は決して消えない。それは何の所縁もない遠い存在にだって伝播する。

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タイのハーブボール

それにここ数日、根をつめてパソコンと格闘していたせいか、肩こりと頭重で、目覚めからスッキリしなかった。目の奥も疲れていたし。

それでも午後は、前から予定していたタイハーブボールのレッスンに早稲田まででかけた。こういうとき物理的に移動するのは、わたしの場合とても有効だ。行き先が、早稲田だったのも良かった。緑が多くて、下町風情の残る、とても落ち着いた町だ。

レッスンの場所は、今日の講師の石垣桃子先生のサロン、グリーンアイランド。アジアの雰囲気ただようステキな室礼にハーブの香りでほっとゆるむ。

実は、春からわたしもハーブボールのセッションを提供しようと思っている。しかも、八ヶ岳自生のハーブを使って、安心で日本人に合ったオリジナルのものを研究中だ。なので、今、いろいろなところでレッスンや施術を受けている。

今日は、まさにグッドタイミングだった。

わたしは「癒し」とか「癒される」という言葉は自分ではほとんど使わないけど、今日に限っては使わせていただきました。

「はぁぁ〜癒された♪」

今この記事を書いている最中もいい香りが漂う。
植物が人間に与えてくれる力は、どこまでもやさしく深い。


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ハーブ模様のカプチーノ

癒されついでにカフェでお茶をした。ここでも、たまたまハーブのような模様のカプチーノを出してくれて、なんだかな。わたしはいくつか重なることはメッセージと捉える。

タイ、ハーブボール、カプチーノ
ぼんやりとその模様を視界にいれつつ、テキストをふわ〜っと読み返していた。

そしたら不思議なことに、八ヶ岳の景色と、むかし長旅をしたタイの山岳地帯がピッタリと重なった。そしてにぎやかな、音楽のような声が聞こえてきた。何語か分からない。少数民族の言葉なのか。

ああ、何だか知っている。遠いとおい昔、確かにそこにいた。

それがどこかは分からないが、おしゃべりしながら、歌いながら笑いながら、草を摘んでいた記憶が間違いなくカラダに刻まれている。 そうか、これならできる。たくさん草を育てて、それを摘んで、乾燥させておこう。

ただこの地で生きることしかできず、実は歯がゆい思いでいたけれど、ハーブボールともぐさをもっていつか必ず北に行く。

少し時はかかるかも知れないが、ハーブがわたしを癒してくれたように、また北の大地と人々をきっと癒してくれることだろう。



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そもそもオワコンとは・・・?

ネット系の用語で「終わったコンテンツ」だそうだ。
最初はオワンコかとマジで読み間違えた。
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どんなのがあるかなと、今思い浮かぶのはmixi?メールもそうなのかもしれない。Facebookもそろそろ〜〜〜かも!?まあ、「流行遅れ」「時代遅れ」の今どきの言い方なのでしょうね。

で、コンテンツと言えば直訳は「中身」。それが、ネットの世界では何でもコンテンツになるらしい。情報商材と呼ばれるもので、ナンパの仕方とかモテ男になるために、とかあったりして、へぇぇぇ。

また、ヤフオクでは「こんなものが売れるの?」というのが驚くほど高値で取引されていたりするのを見ると、世界はまだまだ自分の知らないコトだらけ、とびっくりさせられる。

人間とはつくづく興味深い生きものだ。

逆にいえば、この辺りを敏感に察知して、さまざまな手法を使い新しいコンテンツを生み出していくのがこの世界で生き延びていく秘訣のようだ。IT寵児の皆さんは嗅覚が鋭いのですね。

ただ、最前線を突っ走る人たちは、次々に新しいコンテンツを生み出し続ける必要があるとのことだ。

みんな、すぐに飽きちゃうからね。しかもそのスピードがどんどん加速しているので常にアンテナを張り続ける必要がある。

なんか、大変ですねぇ。本人たちはまるで意に介していないようだけど。

 

見ていて面白い。が、

Webビジネスは、一つあたると驚くほどのお金が入ってくるそうです。だけど本気で稼げる人はやはりそこにかける時間もお金もハンパない。

わたしがウォッチングしているWeb成功者に共通しているのが、漫画をものすごく読むことだ。漫画から人間の心理、しかも深い心理を学ぶ。漫画とWebで育つ世代。バーチャルとリアルの境目がない人には、思ったことを現実化するのは何ら難しいことではないのだろう。

さらに日常のささいなことまでも確実にコンテンツ化し、収益になるような仕組みを作る。彼らはどこまでもどん欲だ。

今までの概念をひらりと超えて、さっさと新しい世界を構築していくのだ。本当にスゴい。心から尊敬するし、そういうところは素直に学びたい。

ただ、そのスピードにはついていけません。今日書いたもう一つの記事、わたしの人生は120%変化でもあるにも書いたけど、プロの卓球試合を倍速で見ているような感覚に陥るのだ。

一緒にやったら、ねん挫するでしょ。汗

だから、自分に必要なこと、特に価値観の変換やレスポンスの速さ、加えて新語など、彼らからどん欲に学べばいい。オワコン、ディスる、バズる、、、あ、これももうオワコン!?笑




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変化する人?しない人?

先のブログ記事で、わたしの人生は120%遊びだと書いた、その舌の根もかわかぬうちに。

この宇宙の中で、変化しないものは、ない。事象によってそれぞれ固有の変化スピードがあるので、それが遅いと変化していないように見えるだけだ。

以前、本で読んだのだが、ほっといても一万年もすれば今の日本列島とオーストラリアがくっついちゃうんだって。びっくり!それを知ったとき、ああ、飛行機は一万年を7時間に短縮させたのだな、と思った。

それが、今では7時間もかからずともオーストラリアに瞬時にして(バーチャルだけど)到達できる。それがネットだ。一体どこまで加速するのだろう。

技術の革新は、時間を速く、空間を狭くするということですね。

わたしはここ数日、イケダハヤト氏やはあちゅう氏を熱烈ストーキングしているが、彼らの見せ方が本当に面白くてたまらない。プロの卓球試合を何倍速かで見ている気分になる(昨日卓球やったので、このたとえです。笑)。 参考記事⇒イケハヤ、ブロガーやめるってよ。

そうして考えると、世の中に変化しない人というのも存在しなくて、ただ一万年かけるか、7時間か、卓球倍速かの違いなのだ。
 
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自分のスピードを知ること

卓球倍速住人の変化速度にはついていけないとしても、そういう世界が同時存在していることはぜひとも体感しておきたい。なぜなら、タイムラグはあるが必ず現実社会にも起きるし、そうなったときにこれまでに構築された世界観がガラガラと崩されるから。

その日を迎えるに当たって一番大切なのが、自分にはどのスピードが適正であるかを知っておくということだ。一万年の人もよい。7時間の人もよい。問題なのは、自分の適正スピードを知らないで回りに流されている状況だ。

もしくは、変化は免れないのに、その先を知ることを恐れ、無意識で抵抗しているか。

いずれにしろ、変化していることを受け入れ、適正スピードを自覚すれば、自分の時間軸でどう人生を構築していくかがデザインできる。そうすれば、他者のスピードに惑わされる必要もなくなり、余裕で倍速ワールドも眺めていられる。

速いスピードについて行くのではなく、変化している状況を柔軟に受け入れるということ。

かめが最後はウサギに勝ったお話しもあるしね。

それに今、途上国といわれている国の人たちほど、ネット環境を手に入れた時にどん欲にいろいろな知識を吸収していくそうだ。国や肌の色による優劣はない。 アフリカの奥地で最高峰の知に触れられるなんて、考えただけでワクワクする。

そんな倍速ワールドの住人たちがどうやって変革を起こしていくか、本当に楽しみだ。
こちらはこちらで笑止高齢化を進めておきますので。笑
ちなみにわたしは、オーストラリアまでは飛行機でニューカレドニア経由で行くのがいいなあ(あ、30年前にやったことでした)。



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あなたの人生を単語で

表現するとしたら、それは何ですか?とどこかの本に書いてあったので、やったことがある。わたしの場合は次のようなものがあがった(実際はもっとあったのですが)。

・アート
・ドラマ
・笑い
・変化しつづけること
・探求
・学び
・遊び
etc..

やはりしっくり来るのは「遊び」だ。

人生なんて、本当になにが起きるかわからない。叩きのめされて絶望的なこともあるだろうし、逆に幸福の極みのときもあるだろう。でも、どちらも永遠にその状態であることはない。

お天気のように日々変わるのだ。
人生はお天気のようなものだ。

たとえば、楽しい野外でのイベント当日。残念ながら暴風大雨の荒れた天気。こればっかりはどうしようもない。自分のせいでもない。中止かはたまた行き先を変えるか。

どちらにしても、その決断を信頼すれば、それは後にかけがえのない体験となって自分の財産になる。次回リベンジの楽しみもできるし。ただ、おてんとさまに文句を言って、いつまでも残念がっていたならば、それこそ残念だ。 

自分の中の着地点をみつける

好ましくないことが起きた時に、どうそれを自分の中で「よしよし」に昇華させられるか。わたしの場合は、普段から日々に100%を求めない。マイナスのときもあれば、120%のときだってある。それをならして、自分の着地点に落ち着かせればよいのだ。

どん底と思えるときは、そこにどっぷり浸かるしかない。ただし、転んだとしてもただ起き上がるのではなく、目の前の食べられる草を見つけてからにしよう。笑

それにね、年を取ってくれば、「同じ時間」の実質の長さは変わる。どんどん短くなるんですよ。一年なんてあっという間に過ぎていく。あっという間が一年だったら、くしゃみしている間に棺桶ですよ!?

だったら、いつまでも同じところにとどまっていないで、わたしは次に進む。

いろんな体験をしたい。日々を遊びつくす。
それが、わたしにとっての人生なのだ。



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