遠藤レーコが行く!八ヶ岳あたふた移住ライフ

女はり灸師、2011年五十路を目前に八ヶ岳の西南麓、信州富士見町にワンニャンと単身移住しました。東京武蔵野の実家と行ったり来たり。田舎暮らし・DIY・多地域居住・からだ・野草ハーブ・自給自足、これから作ろうと思っているタイニーハウスなど、にぎやかな暮らしをイラストや写真とともにお届けします。

カテゴリ: 八ヶ岳富士見の暮らし

ライブドアでブログを始めてちょうど1ヶ月。毎日欠かさずに書き続けたことは今までなかったので、まずは自分に拍手です!これもひとえに、お読みいただいている皆さまのおかげ。本当にありがとうございます。

それにしても、ブログ効果おそるべし!1ヶ月書いてみて、いろいろな発見や喜びがあることが分かりました。たとえば日常の「あんなことこんなこと」、なんでもネタになるのです。お笑い芸人の気持ちがわかりますね〜。


こうしてツイッターを利用することで、思いついたことをすぐに文字化して記録できるし、本当に日常の小さなことにも気づくようになったことは自分でも驚きです。

わたしはもともと向田邦子さんが大好きでよく読んでいました。さりげない暮らしの風景、普通だったら気にもとめないようなことに光を当てて、それを飾りのない文章で表現することにいつも驚きを感じます。

それが、ブログを書き続けることで、「日常の小さなことを発見する」喜びだけは分かるようになったのです。

もちろん未だに、そして恐らくこれからもずっと、どうやったらあの美しい文が書けるのかはナゾですが、作家の日々にちょっとだけ近づけたような気がするのには一人ご満悦♪ 

写真を撮る方はこの感覚、よくお分かりなのではと思います。カメラで切り取る風景って、また格別のものがありますよね。全体の中の「個」に焦点を当てて、主役に仕立てる。人間関係にも通じますね、こういうことって。

かくいうわたしも、Iphone6plusにしたら画像がスンバらしく良いので、めっちゃ撮ってます(このあと、コーヒーを撮ろうとして夢中になってこぼした。お店の方、ごめんなさい汗;;)。

独自の路線をいこう

また、自分で書くようになって、色んな方のブログも読ませていただくようになりました。

やはり、わたしが好きなのは、自分がどう感じて、どう思うか、ということを一生懸命ことばにしようとする人びとです。 ブログに限らず、FacebookやTwitter、Instagramなどでも同じです。

これはもう、本当にその人が出る。どんな意図でやっているかが丸見えです。なので自分も、もっともっと意識してことばや写真、空白、絵、など選択していかないと、と思います。

それに、これは余談になりますが、アフィリエイトという、ネットでのビジネスもよく理解できました。これは、自分で売りたいものの感想記事を書いて、その商品のバナーを記事内に埋め込み、クリックして購入してもらうと一定のマージンが入る、という仕組みです。

上手な人は本当に上手です。月に数百万円稼いでいるということも耳にします。そういう人たちは、検索サイトでヒットするようなキーワードをタイトルや本文に散りばめるなど、テクニカルなものを駆使して、読んでもらうための工夫を欠かしません。

それはそれでとても参考になるので、純粋に尊敬しています。

ただ、常に人より先んじなければならない、というような強迫観念みたいなものも感じます。なので、痛々しい印象を受けてしまいます。

それに、わたしはそういうやり方はできないし、やっぱり独自の路線をいくしかありません。

ラクガキは最強の遊び道具

そこで出会ったのが、ラクガキ。ま、かっこ良く言うとイラスト、ですが。これが すごい効果を自分自身にもたらしてくれています。 いや、昔かららくがきなんて三度のごはんより身近だったのですが、こうして表現するなんて考えてもいませんでした。

おかげさまで、「ブログ×ラクガキ=人生を遊ぶ最強のツール」という式ができあがりました。こんな楽しいおもちゃが手に入って最高です。なので、これからも(更新頻度は毎日ではないかもしれませんが)、ず〜〜〜〜っと描き続けます。

もし、まだ始めていない方で、ご自分でもやってみたいということであればご相談下さい。ぜひ、ご一緒にヨタヨタしながら世界に発信していきましょう。楽しいですよ〜っ!!


【こちらもお気軽にお立ち寄り下さい】

八ヶ岳のあたふたライフを、らくがきで描く「八ヶ岳らくがっきぃ」が始まります。少しずつ登場人物などを紹介しますね! (今どきまだ手描きですよ〜!涙)

本日は、
【庭番忍者・黒田ベニ丸】
遠藤レーコの元上司。2年前に38年勤めた財団法人を早期退職。この春、東京から八ヶ岳に移住予定です。

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京都大原の古民家でハーブを栽培したり、ステキなスローライフを送っているベニシア・ローレルさんの向こうを張って、八ヶ岳のベニシアになると意気込んでいます。ただし、植物の知識まるでなし。 

たべものが大好き。旅などで、どこかに行ったときには景色などは覚えておらず「何を食べたか」だけしか覚えていない。

歩いていてもほとんど何も注意していないが、高速で移動中たべものの看板だけは読むことができる素晴らしい能力の持ち主。  

武器は手裏鎌だが、使いこなせていない。忍び歩きも苦手でドスドスしてしまう。

好きなもの:食べもの、スヌーピー、長靴下のピッピ、赤塚不二夫


【供の者・バジ助】
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巨猫。忍者ベニ丸が飼う猫は、なぜか巨大化する傾向がある。先代クロードも8㌔、バジ助も7㌔はゆうに越えている。特技はたるんだハラで床掃除をすること。

高いところから飛び降りるときには「ドッスン」と音がする。カラダはでかいが、声は「にゃっにゃっ♬」とめちゃかわいい。臆病なわりには好奇心旺盛。

また、自分のカラダのサイズを認識しておらず、狭いところに入り込むのが大好き。
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どちらもはっきり言って素質ゼロですが、忍者になりたいという当人たちの強い要望によりますので、そこはご愛嬌ということで。

どうぞよろしくお願いしま〜す。



■遠藤レーコ:プロフィール
■あたふたライブお届け中! 


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わたしは子どもの頃からモノづくりが好きだった。何か工夫したり創作することは、自分を語る上で書かせないキーワードでもある。

小さいころは、父親が何でも作る人だったので、その傍らで木のかけらなどを積み木がわりにあそんでいた。

中学生頃になると、そろそろオシャレにも興味が出てきたので、Gパンに刺繍やパッチワークをしたり。ミシンにもトライしたけど、ズボンの裾上げで、間違って同じ側を2度上げてしまってからは、洋裁・裁縫系はどうも苦手だ。

でも、アジアの布などが大好きで、学生のときにはろうけつ染めをやっていた。

絵を描くことも昔から好きだった。油絵は20年以上続いている。

基本、何もないところから形になることや、何かに手を加えることで別のものとして生まれ変わるとか、そういうことが楽しくて仕方ない。


インディアンフルートは愛を届ける


去年、神奈川県の藤野でインディアンフルートを作るワークショップに参加した。楽器作りは初めてだったからか、あまりにも楽しくて「楽しい〜楽しい〜♬」を連発していた。

そして、なぜそんなに楽しいのかを、作り方を教えてくれたガイネさんと話した。
祖先たちは昔々そのむかしから、すべての道具を作ってきた。それは、食べ物を得るためだったり、雨風をしのぐ家を作ることだったり。

つまり自分たちが安心して暮らすためのものだ。

動物は、安心できる、ということが「快」や「楽しい」につながるし、それは今を生きるわれわれのDNAにも刻み込まれている。

モノツクリは祖先から受け継いだ原始の血がよろこぶ行為だ。特に素材が木や紙や布などの自然のものだったらなおさらだよね。

しかも、作ったのは楽器だ。「楽しい器」だ。

インディアンフルートは、通信手段もなかった時代に、遠くにいる愛しい人に、風に音をのせて想いを届けるためのものだった。

くうぅぅ〜〜〜〜〜〜っっ


家は「癒え」、すべてを癒やすところ


さらにわたしはこうも思う。
自分とは、その血を脈々とつないでくれたすべての先代たちの集合体である。

このブログを書くことも含め、何か道具やモノを作る行為で自分を楽しませることは、祖先からの血も楽しませている。つまり、

モノツクリは、祖先の供養』でもあり、時空をへて、祖先とともに生きることなのだ。

中でも、小屋を作るというのは、その究極の行いだと思っている。いにしえより、ずっと祖先たちが行ってきた、身内を守るための小さな家。

何の計らいかは知らないが、わが富士見町には縄文遺跡や縄文の土器が展示されている井戸尻考古館もある。

八ヶ岳周辺は、縄文の時代から、祖先たちがイキイキと暮らしていた地だ。土器をつくり、服をつくり、暮らしをつくって生きてきた。

その地にわたしも小さな家をつくる。

いえは癒えるにも通じる。
家をつくることで、ひとが癒え、土地が癒え、祖先が癒される。

それは、すべての祖先に感謝を捧げる行為でもあるのだ。



【こちらもどうぞ】
▶︎タイニーハウスを作りたいわけ③親の家を片づけて
 



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7年に一度の諏訪大社、御柱のお祭りがいよいよ始まりました。といっても、わたしは現在東京なので、現地の友人・かずっち記者が中継してくれています。



今日は、山から曳いてきた巨木を急坂から落とす「木落し」の日です。

昨年、坂の上から下をのぞきましたが、ほぼ垂直、崖のように感じます。ここを大木に乗って落ちて行くなんて、諏訪ピープルCrazy!!!だと思いました。

でも、ホントにやってるんですね〜。笑


7年に一度の天下の大祭


御柱祭は、諏訪にある諏訪大社上社、下社でも一番重要な祭事です。

以下、正式サイト『御柱祭より引用させていただきます。
 樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、 里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、 諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。

 御柱祭という神事を司る諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社であり、国内にある最 も古い神社の一つ。諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持っています。まず上社と下社に分かれ、諏訪市に上社本宮、茅野市に上社前宮があり、下諏訪町に下社春宮と下社秋宮があります。ご祭神である諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、東国第一の軍神として坂上田村麻呂や源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。

 室町時代の『諏訪大明神画詞』という文献によれば、平安初期に桓武天皇(781~ 806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と御柱祭についての記録が残されてい ます。起源については諸説様々ありますが、縄文時代の巨木信仰という説もあります。

 御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木。柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)の柱を地区ごとに担当します。御柱祭にかける氏子の情熱は、昔も今も変わりありません。日本人の熱いエネルギーの高ぶり、神聖な熱狂にあふれた稀少な祭りといえるでしょう。



 

モミの巨木である御柱を山から下ろして、上社・下社の4社、新らしくなった宝物殿まわりに建てるとのこと。

かずっち記者情報によると、本宮一の柱が一番太くて長いらしい。つまり、一番えらいということですね。
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ちなみに友人の所属は、本宮三之柱。旦那さんは煙を出すお役目だそうです。笑 

諏訪の男たちが熱く燃える時ですね〜。



今回の山出し〜木落しは見られませんでしたが、たまたま高校の友人の実家が上社の氏子だそうなので、5月の里引き(神社までの道を、人力で曳く)のときには間近で見られそうです。

実況報告いたしますね!

それにしても、こんな素晴らしい祭事が残るお膝元に住むことができて幸せです。地元富士見町ももちろんですが、諏訪地方に残るお祭りや言い伝えなど、もっともっと知りたい!

諏訪大社上社(本宮、前宮)、下社(春宮、秋宮)も素晴らしいところです。地元の諏訪大社小宮さんも、ひっそりとたたずんでいて、落ち着きます。
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それに、もののけ姫にでてくる「乙事主」は、富士見町にある乙事という地名からとられている、とも言われています。宮崎監督の別荘が町内にありますからね(わたしも以前、乙事に住んでいました)。

観光では知り得ない、隠れたすばらしいところもどんどん紹介したい!!
少しずつアップしていきますので、どうぞお楽しみに。



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どうやら、茨城県つくば方面でも、タイニーハウスビルドの胎動が起きているようです!?先日この本を図書館で借りてきたという記事、
タイニーハウス、始めの一歩♪

を書いて、FBにアップしたところ……

さっそく友人からコメントが。

「つくば図書館にもから、僕も借りてみま〜す。」
ご本人は、いま、鎌倉からつくばに単身赴任中。なので、この週末、奥さんであるわたしの友人が行ったら。

もう、借りてた!!!

この前にも、友人♂からコメントがあったし、どうやら気になるようですね。そりゃ、おっきなオモチャですから、男子としてはやってみたいと思います。

こんな感じで、気楽にタイニーハウスを、お互いに手伝いながら作れたら最高ですよね。日本でも、ムーブメントが起きるように、全部情報公開してきますね!

でも、夢中で写真撮るのとか忘れそう。。。



今もくろんでいるのが、こんな感じ

 
Keva Tiny Houseめっちゃ可愛い!!
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この、コブハウスも気になる。3万円でできたそうです。
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pic:THINK FUTURE


よくのぞいているサイトはこちら
TINY HOUSE SWOON
TINY HOUSE TALK
TINY HOUSE GIANT JOURNEY




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実家にもどっているので、近所の友だちとベーグルを買ってお花見に行った。けっこう肌寒く、外での花見はほとんど瞬間、あとは友だちの家でずっとお喋り。

彼女たちの住むマンション近くのベーグル屋さんは、正統な作り方をしている日本でも数少ない、ホンモノにこだわったお店だそうだ。

根っから真面目でホントに美味しい。

4人のハハと9人のこども。わたしを入れたら総勢14人がワイワイと集まって、それでなくてもにぎやかなのに、ある意味カオスだった。

わたしは独身だし、子どももいないのでハハ友ができるなんて今までに無い経験だ。

だから、ご縁があって、これまで知らなかった世界の話しが聞けるのはめちゃくちゃラッキーだ。

子どもたちは可愛いし、こちらが真面目な話しをしようとした瞬間に、粘土遊びをしていた娘が自慢げに「ほら、うんこだよ〜」とか。あるある。笑

下は3才から一番大きい子で小学校6年生まで。それぞれの遊び方が興味深い。

男子、小4〜小6はずっとゲーム。女子は、それぞれの部屋で好き勝手やっていた。将来がかいま見える。女子は、オトナになってもハハたちと同じで人の話しなんて半分も聞いちゃいないだろうな。
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ハハたちも、30代1名、40代3名、それに50代わたし、とバラエティに富んでいた。

彼女らの話しを聞いて、わたしは、それぞれの人生というドラマが根っから好きなのだなあ、と思った。イラストを入れて、何冊も本が書ける。「家政婦は見た」、が受ける理由がよ〜くわかる。

育った地域も環境も違う人たちが、特定の人を介して集まる不思議。キーパーソンは、2年前、あるセミナーをきっかけに仲良くなったRちゃんだ。

偶然、同じ駅の向こうとこっちに住んでいて、誕生数秘が二人とも11、頭文字がR。

うちはアメリカンコッカーが2匹、彼女の実家にもアメリカンコッカーがいるので、親近感を感じた。

双子とその下にもう一人、3人のハハだ。何だか気の置けない人柄に、しょっちゅう遊びに行かせてもらっている。回りの人たちもきっとそうだ。彼女の家はママ友のたまり場だ。

八ヶ岳にも来てくれたことがあり、「今年はどれくらい滞在しようかな〜」と言っていた。お掃除とごはんやってくれればいくらでもどうぞ♪

わたしもどちらかというと回りに人が集まりやすいので、R×Rでいろんなつながりができたら面白い。


子どもの教育から宇宙の真理まで

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ご多分にもれず、話題はあっちこっちに飛びまくる。

わたしの同年代と違って、みんなまだ子育て中なので、教育、家、ママ友、今までの仕事のことや、果ては、精神性から宇宙の真理にまで話しは及んだ。

「時間が存在していると思うのは、錯覚だ」
「身の回りの現象は、すべては思い込み、自分が作り上げている」とか…

それにしても、みんな同じ空間で同じ話しを共有していたハズなのに、最後に何が一番印象に残ったかということになったら、全員が違うことを上げたのもとても興味深かった。

いかに、まったく違うものをみているか、がよく分かる。結婚生活においてはなおのことだろう。

人間関係の問題はコミュニケーションの問題に尽きると思うが、こういう経験をして「人は同じものを同じようには見ていない」と分かればうまくかわせる。


二つの誕生日を生きてきたひと

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この日わたしの一番の関心は、Mさんの誕生日が戸籍上と実際とで違うということだった。学校のことなどを心配した親が、親切心から学年をまたぐように戸籍の誕生日を2週間ずらして申請したそうだ。

それを知ってから彼女は、星占いでみたときにまったく異なる二つの資質の間で悩んできたという。

『戸籍上』は、真面目で慎重。反して『実際』のそれは、思ったことをすぐ行動にうつせる、エネルギッシュなもの。

これまで、『実際』の資質で生きたいのにそれがなかなかできず、ずっと『戸籍上』で生きてきた、ということだった。

知らなければ問題なかったであろうことを。。それも『戸籍上』の資質が影響しているのだろうか。

でも、どちらも本当に受け入れてしまえば楽になる。人間なんて、場面で顔を変える生きものだ。

TPOに合わせて、うまく使い分ければ良い。どちらもいいとこ取りすれば良いのだ。そして都合が悪くなれば、反対の誕生日のせいにしちゃえば問題ないのだ。そんなこと、実は、誰も気付きません。

もしそれが難しいとしたら、それは誕生日のせいではなく、恐らく親や社会が「誕生日」というベールをかぶり彼女に求めてきた、いわゆる社会規範や通念のもたらした弊害だ。


ママという宝を掘り起こす


彼女は外資系企業や航空会社などで働いてきたそうだ。小気味よい切れ口の会話から、どれだけしっかりと仕事に向き合ってきたかも伺える。

今まで培ってきたその実績と信頼性、および真面目で実直な外向きの顔をもって、その上で内側に秘めた行動力を開花させれば、真に女性のリーダーとなることは容易に想像できる。

実際、彼女は教育の機会均等などに強い問題意識を持っていると言っていた。そのための支援活動などをしたい、とも。

今、話題の乙武氏がたまたま高校の後輩だそうで、そのことに話題が及んだときに彼女が言っていたのが印象的だった。

「不倫とかその道徳的なことは別にして、今回のバッシングは別の意味でマイノリティと言われている人びと〜障害のある方やセクシャルマイノリティ〜にも光を与えられるのではないか」と。

わたしも、まったく同意見だ。

世間が勝手に貼ってきた「障がい者」や「聖職者」というレッテル。それが覆されたことに、集団で拒絶反応を示して、匿名性の武器で攻撃をしかけるという構造。

そのレッテルの部分を喝破しているのだ。彼女が背負ってきたものにも通じるのかも知れない。

事象の表面だけでなく、さらに奥を見ようとする視点。2つの誕生日に翻弄されてきた経験が、そういった奥行きをもたらしたのだろうな、と思った。

そして、わたしはそこに別の光をみた。まだ気づいていない、自分の才能という光。

宝の山が、日本の「ママ」たちの中に埋もれている。それを掘り起こせば、まちがいなく新しい地平が開ける。そんな光が、見つけておくれと、チラチラ隙間からもれているのだ。





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居眠りばかりじゃありません
若いモンには負けらんない

体育の時間はハッスルするだに



男子ぽん吉、劣勢です
やや迷惑がってる!?

また遊んでね〜♪

きなり先生、
今朝「校長のことば」の時に
居眠りしてたのが文春に掲載されて
しまったので、体育で挽回!!
とのことでした

文春記事▶︎
新年度になったので、強制的に「全員進級ッ!」


にしても、ピンクのフリースが
あまりにも似合わないきなり先生

以上、校庭から中継でした(ウソ)



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その1

夏は草との戦いです。

刈れば刈るほど、彼ら、
元気になります。

わーいわーいと言って
こちらを挑発します。

どんなに頑張っても、
はっきりいって負けます。

あきらめて原野ガーデンにして
楽しむか、早めに早めに
手を打つことです。

あ。

早めに手を打っていなかっただけ、
ということがバレてしまいしたね。


その2

冬は雪との戦いです。

吹雪の中、一生懸命雪かきして
ふぅ、っと後ろをふりむいたとき…

「え?どこを雪かきしたの??」

ってなった日には、
アタマがおかしくなりそうです。

町道は除雪車がやってくれます。

しかしっ、

家への路地入口にその除雪してくれた
雪が岩山のようにそびえ立ち、返って
出られなくなることもあります。

ヲイっっ!


ま、でもこんなの年に数回ですが。


その3

冬は寒さとの戦いです。

寒いを通り越して「痛い」です。
今までの最低気温、マイナス16℃

これに八ヶ岳おろしが吹いたら、
北極並みです。行ったことないけど。

ウチの前の畑がブリザードのように
雪煙を上げているのを見ると、

ここはシベリアか、と思います。

どこからか「雪の降る町を〜」という
メロディがかならず聞こえてきます。


その4

どこに行くにも車です。

最初のうちは、結構疲れます。 

そして、歩くことがとても少なく
なるので、山登りなんて逆にしません。

しんじゃう。

こちらの人の脚は「本」ではなく
「輪」で数えます。

たいがいの人は4輪ですが、たまに
2輪で頑張るすごい人を見かけます。

家の前の八ヶ岳へとえんえん続く
のぼり坂を、ヘルメットかぶって
自転車こいでる人です。

ほぼ100%、「都会」の住民です。

4輪の人は2輪の人を物珍しい
生き物のように横目でチラ見して
やり過ごします。

4輪の窓からそういう人たちをみて
ご苦労さん、といえるようになれば
ホンモノでしょう。笑


その5

車は猛スピードで
かッ飛ばさないといけません。

下りは余計に速度が増します。

高速と一般道との違いが
分からないくらいです。

もたもた走らせていると、シルバーの
じじばばに平気で抜かされます。

あまりにも遅いとトラクターにも
抜かされます。

休みの日にこちらの道で渋滞してたら
先頭はたいがい県外の車です。

こっちの人は結構イライラしてます。
(あ、わたしのことでした)

ただ、都会にいったときもうっかり
この感覚でいると、パトカーが

ピーポーとめっちゃ楽しそうに
「こんにちは〜♪」してくれます。


***


いかがですか?

それでも移住したいあなた、

立派です。 

ぜひ、草と雪と寒さに負けて、
脚力は弱まり、じじばばには
抜かされる。

そんな生活を、
心の底から楽しみましょう!




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歩くようなスピードで、こんなクルマが日本中を走っていたら可愛らしい。住むのはタイニーハウスで、町までは電気自動車で買い物に行く、なんて最高だ。もちろんソーラーシステムで充電して、助手席には愛犬とか。

今日、Twitterで見たモビリティカー、かっわいい♪

iss
http://japanese.engadget.com/

なにしろ、デザインとコンセプトが最高!スクーターやキックボードなどを作るスイスのメーカーマイクロ・モビリティ・システムズ社が開発した「マイクロリーノ」。お値段は120〜150万くらいになるらしい。

この点はあまり可愛くないけど、ほんとにこういうコンセプトは日本にも見習って欲しい。タケオカ自動車工芸のも良いのだけど、もう少しデザイン頑張って!




インドの車は笑っちゃうほどシンプル

インドのTATA財閥のNanoも気になる。こっちは20〜30万円で何とかなりそう。デザインはマイクロリーノには負けるけど、お値段は可愛い。コンセプトはこんな感じ。
ワイパーは1個。バックミラーも1個。エアコンなんて当然ない。雨が降ったら窓は湿気で曇るから、窓を開ける。UVカット? なものは知らん。カーナビ? 何じゃそりゃぁ~…の世界が、インドのタタモーターがつくった「ナノ」という自動車である。

でも安全性に著しく問題あるらしいので日本での発売は望めないみたい。残念。が、自己責任ということであれば今後こういう選択もでてくるのではないでしょうか。▶︎日経電子版
1024px-Tata_Nano_im_Verkehrszentrum_des_Deutschen_Museums
https://ja.wikipedia.org


今の車はどうもデザインが好きになれない。自動走行とか必要以上の装備はいらないから、もっとシンプルで遊び心のあるキュートな工業製品、日本の製造業のみなさま、待ってます!


Fiat 500
fiat-500-d-02-big
http://www.chianticlassiccar.com/


Subaru360
subaru360_01
http://wald-licht.com/





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タイニーハウスタイニーハウス、と騒いでいるからか、たくさんの方がこのブログを尋ねて下さっている。

始めて3週間、しかもド素人なのに昨日は1000PV近くまで行って(多いか少ないのかわからないけど)、改めてタイニーハウスへの関心の高さ、それにTwitterの力を思い知った。ありがたいことです。

逆にいえば、たとえ一人でも、誰かが読んでくれるということは、その人の時間を拝借していることでもある。

それは、書き手、読み手ともに何かを共有するということだから、ならば自分が心地良いと思うものをシェアしていこう、と改めて思った。

そのために、ことばと身の回りを一致させよう。

家やモノだけでなく、日々の暮らし、そして文章すら、もっとタイニーにシンプルにしよう、と。

ブログを書くって、自分を俯瞰することにもなるのですね〜。

でも、まだまだ捨てられないものは山とあるし、だからミニマリストでもないし、全然ストイックじゃないし。ま、そんなのでも良いのかな。


Deeのインタビューを読んで

ところで何度も読んでいる、GreenzのDeeの記事。このおかげでPVが伸びたとも言える。笑

毎回ちがうところで感動するのだが、今は次の箇所がとても胸に響く。タイニーハウスムーブメントの未来についてDeeが語ったこと
 
菜央 タイニーハウスムーブメントの未来はどのようになると思いますか。

ディー どんな時代にもお金を儲けようと思う人はいて、それによって運動が魂を失ってしまう可能性は常にあります。でも、タイニーハウスを自分で建てようというようなクールな人たちが自分たちでしっかりとマーケットをつくっていったなら、そういうことは起きないと思います。

知名度は徐々に上がっていくだろうし、少しずつ支援も受けられるようになるでしょう。市とか県が風景の一部としてタイニーハウスを誘致するようになるんじゃないかと思います。

タイニーハウスでなくても良いのだけど、やっぱり可愛いからね、タイニーハウスは。そんな可愛らしいタイニーハウスが集まって、村ができたら楽しい。

わが富士見町は、おとなり北杜市に比べたらやや地味〜〜な感じ。

西隣の原村は65才以上の医療費が無料ということもあって、長野県では人口が微増している貴重な自治体でもある。でも富士見町は、毎年100人ずつ人口減だそう。

残念。


やや地味〜、だからこそ

それを逆手にとってオーガニック・タイニーハウスエコビレッジにしたら良い。

何しろ、景色は最高、空気も水も野菜もおいしい!人は親切おもしろい。

都心からも2時間。中央本線富士見駅は特急が止まるし、中央道富士見高速バス停はあるし、同じく中央道諏訪南インターチェンジまである。

こんなにアクセスが良いわりに、変に開発されてなくて自然がうれしい形で残っているのは、ほんとあまり無いです。

隠れたすばらしい場所もたっくさんある。なんたって井戸尻縄文遺跡もある!(これ、わたし的に相当ポイント高いです)そしてそれほど観光化されていない。

遠藤レーコ作なんちゃって縄文土器
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なので、すでにあるそういう宝にもう一度光を当てて、箱ものの観光施設ではないコミュニティつくりをしよう。

たとえば古民家を改修した農的シェアハウスやみんなでセルフビルドのタイニーハウス村で外からの人を呼び込む。

これは、行政主体のクラインガルテン方式ではなく、NPOやLLCなどの民間主導で行政とタイアップして取り組む。仕事を民と官がシェアし、住み手もコミュニティビルドに主体的に関わる姿勢が求められる。


持続・分散型エネルギー供給システム

酪農も盛んだから、その糞尿や台所のゴミや人間のし尿を集中バイオマスでガス化して、そこからエネルギー供給される。だから、住民はガス代はただ。

電気は、日照時間の長さを生かして、各家の屋根に独立型ソーラーシステムと太陽光温水器の設置を義務づけ補助金を出す(メガソーラーではありません)。そうなれば、月々の電気代もただ。

町の役場など公共施設および既存の工場などの屋上はすべてメガソーラー化して、いざというときに備える。これで森林を伐採してあらたにメガソーラーを設置する必要はなくなる。

また、町内の温泉の活用や、八ヶ岳の高低差のある地の利を生かして、マイクロ水力発電も行おう。分散型エネルギー供給システムだ。 

これらインフラは、最初の設備投資だけで、あとは化石燃料を使わないからエコロジカルで持続的だ。

子供たちも、自分の住む町がこんなに先進的だったら、一度は都会にでていったとしても、また戻ってきたくなるだろう。友だちや家族を連れて。


ネットはフル活用する

ネットは各家に設置し独自のSNSを作る。幸い、富士見町の町長さんは元NECの専務さんで、その知識も人脈もハンパないそうなので、これはぜひ行政でやっていただこう。笑

お年寄りの見守りや、これから○○行くけど他に誰か必要なものある〜?を瞬時に共有し、無駄を省くとともにコミュニケーションを活性化する。

「これ余ってるけんど、誰かいるズラ?」とかの富士見町ジモティーもネットで展開。特に農繁期の農機具とか、田植機○日なら使えるずらよ、などのジモティ情報がツィートされると面白い。

交通は、買い物など町中に行くだけなどの用途の場合は電気自動車を各区でシェアする。定期運行もあり。


地域通貨おらほー

おらほーは円とも交換できるが、交換レートはおらほーの方が高い。なのでみんなおらほーの方で対価をもらう。だが、使用期限が1ヶ月と決まっている。貯めることのできないお金だ。

次の使い手に渡った段階で、期限は上塗りされる。図書館カードシステムみたいな感じ?これも町長さんにシステムを構築していただこう。笑

観光は、馬車やウォーキングでのんびりと景色と空気とを味わう。温泉に、地元野菜をふんだんに使った家庭料理、時間の止ったようなゆっくりした日常。こんなおもてなしこそ、今は何より喜ばれる。

あとはカルマキッチンみたいな、ギフトエコロジーのカフェを定期的に開催する。材料は、市場に出せないB品の野菜を地元農家から購入。無農薬であれば、5割増の価格で仕入れる。
 
保育園と高齢者施設は同じ敷地内につくって、お年寄りと子どもが同じ庭で土いじりをしたり。この施設は、町民みんなで土をこねて壁塗りをしたりして一緒につくる。

カフェはそこの中にあると良いかな。お年寄りでお料理好きな人が働く。時給は300おらほー。そのお金で孫と一緒にプリンを食べたりする。

孫もしごとをしよう。施設のお掃除をしたりおばあちゃんの肩もみをしたら、100おらほーとかもらえる。100おらほーで手作りのアイスクリームが食べられる。笑

このビレッジ自体を、観光と自治体の先進的取り組みとして目玉にするのだ。日本全国、いや世界から見学が相次ぐことは間違いない。

***

ふぅぅ〜〜妄想は続くよ、どこまでも〜♪

わたしはこんな村だったらぜったい住みたいけど。
みなさんなら、どんな町に住みたいですか??



【参考】
BeGoodCafe ▶︎世界のエコビレッジ

母が2年半前に亡くなり、主のいなくなった親の家をせっせと片づけ始めた。

母親は、いわゆる「片づけられない女」だったので、出るわ出るわ。車何台分かわからないほど処分した。それは、介護しているときよりも、よほどエネルギーを消耗する作業だった。憔悴といってもよいくらいだ。

実家は東京市部にあるが、無意味に広くて寒く、使いづらい。収納にいたっては押し入れ8間分くらいはゆうにある。その中にぎっちり。

しかも、めっちゃくちゃに詰め込まれていて、とびらを開けるたびに、圧倒的なモノの量に打ちひしがれた。いや、モノへの飽くなき執着に打ちひしがれたのだ。

なんというか、「昭和の時代」という大きな障壁がズシンとわたしに襲いかかってくるような。

例えば、40年前の結婚式の引き出物、毛皮、大量の服、靴、着物、何年も前に賞味期限が切れている油が何本もあったり、ネットワークビジネス系の界面活性剤が高濃度で使用された洗剤の山だとか。orz


もっともっとの幻想

母親は昭和ヒトケタの生まれで、モノがない時代の人だから、捨てられないのは分かる。ひもから紙袋からなんでも捨てずにいた。

でも、戦争を経て、高度経済成長やバブル景気に突入し、モノが手に入るようになった時に、異常なまでの執着心をもってモノを買い求めていたのだ。何かに取り憑かれたように。

だけれどそれは、母親、という個人の問題だけでは決してない。資質はかなり関係するだろうが、戦後日本という共同体がたどった道、とも思えるのだ。

敗戦により暗く沈んだ世相は、逆向きのベクトルで大きく振れる。アメリカの圧倒的な豊かさという幻想が、これでもかとテレビから垂れ流された。そして、大量消費へと走りはじめた。戦争に負けた、というとてつもない負の遺産にフタをするように。

昭和という時代が生んだ狂想曲。
もっと大きく、もっと豊かに、もっともっと・・・


執着を断つということ

だが、あれだけ執着していたにもかかわらず、母親があの世に持って行ったモノは当たり前だがひとつも無い。残されたのは、この世に置いて行った大量のゴミ。 

もちろん、親の家の片付けを業者に任せるという選択もあった。お金で解決することはある意味スマートだ。ただ、何故か自分がやらなくては、という思いが頭をもたげた。

存命中も、大きく片づけたことはあった。そのときに、捨てても拾ってくる母親とのいたちごっこで、何度も挫折を繰り返していた。

亡くなって、これで本当の片付けができる、しなくてはという強迫めいた義務感にかられ、これでもかというくらい、来る日も来る日もゴミ出しに追われた。

だけどいつからか、捨てるたびに思うようになった。ああ、親の執着を断っているのだな、と。それは昭和という「時代の執着」を断つことでもあると気がついた。モノへの依存からの脱却、呪縛からの解放。

押入れがひとつ空っぽになるたびに、家の空気が流れ、自分が軽くなるのを感じた。

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冷蔵庫がなくなってみたら

ベッドやたんすなどはシルバー人材センターに引き取ってもらった。もう大きな家具はほとんどない。とうの昔にテレビは無いし、食器類も捨てたり人にもらっていただいたり。家自体がかなり空っぽになってきたが、それでもレンジや冷蔵庫はあった。

そんな折り、甥が会社の寮を出て一人暮らしを始めた。実家の冷蔵庫を使うか聞いたら、使うという。キレイに掃除をして、宅配業者に配送をお願いした。 

そしたら、もともと広い部屋がさらに広がった。思った以上に、場所をとっていたのだ。なぜかめちゃくちゃ気が楽になった。今、実家にいるときはクーラーボックスが冷蔵庫だ。 

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大きなモノはそれだけで空間も意識も占拠する。それは大きな家も同じ。移動も掃除も大変だ。何しろ昭和の家は、それでなくても寒いのに、モノが無くなり余計に寒くなった。

わたしはもう、大き過ぎる家に体温を奪われたり大量のモノに自分の意識をとられることはまっぴらごめんだ。

それより、野草を摘んだり、友だちと味噌をつくったり、笑い合ったりすることに多くの意識を向けたい。

家は、使いやすくてこじんまりしていれば良い。身の回りは、わんこや友だち、いつまでも相思相愛の関係でいられるほんの少しのモノに囲まれていれば十分満ち足りる。



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またもや古い話しで恐縮だが、26年前に東南アジアを旅する前は、オーストラリアをワーキングホリデービザでかけめぐっていた。

車を買い、キャンプでオーストラリアをほぼ一周。ここでも、田舎田舎へと走らせていた。愛車は4.0ℓのモンスターFord、エンジンルームをのぞくと、地面が見えるような簡単な作りだった。

それに、あっちで車買うのってめちゃくちゃ簡単、だったのです、当時は。新聞にもSaleの広告がよく載っていた。

同じ場所にはだいたい何日か泊まり、次のところに移動するという生活。

となり町は下手すれば600㌔とか離れていることもあって、ただひたすら平原を走る。夜はとても危険。

なぜなら、カンガルーが車のライトに向かって激走してくることもあって、ぶつかるとこちらの方が命取りなのだ。なので、車にはほとんど(カンガ)ルーバーというのがついている。
0931
Australlia's Outbackよりお借りしました


バイトも釣りもサバイブも

バイトは、リンゴや梨もぎ。大型のコンテナーいっぱいにして、2000円とか。自給は300円くらいだったかも知れない。でも、貧乏旅行者には、それはそれでありがたかった。

果実はシーズンものなので、移動しながらバイトするプロもいた。バイト以外のときは、魚釣りをしたり、無人島にカヤックで行ったり、エアーズロックに登ったり。

あるブッシュでキャンプしたとき、着いたのが夜になってしまった。疲れもあり、適当にテントをたてて寝たのだが、朝になってそこが毒蛇の通り道だったと分かった時にはさすがに冷や汗だった。テントのありがたみを痛感した朝だった。(写真を探したけど、なぜかほとんど残っていません。汗;;)
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旅で出会った日本人。自転車でオーストラリアを回っている愉快なオトコだった。 右端にチラッと写っているのが自分たちのテント。
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キャンプサイトで暮らす人びと

で、だいたいどの町にも必ずあったのが、ビアホールと郵便局とキャンピングサイト。それによろずやのような何でも売るグローサリーストア。これらが「お気に入り」となると、長居決定!

西の町も良かったし、北のワイルドな町も好きだったなあ。

キャンピングサイトには、だいたいトイレと有料のシャワーがあって、でも乾燥しきった大地は水が貴重だから、シャワーも3分とか。たまに途中で止るし。シャンプーしてて出なくなったときは焦った。
 
で、気持ちの良いキャンピングサイトには、必ずと言って良いほどそこに定住している人々がいた。

10年住んでるわ〜、なんて人もいて、彼らは自分たちのトレーラーの前にお花を植えたり、ウッドデッキを作ってそこでビールを飲んだり。
 
飽きたら簡単に移動する。「グダイマイトGoodday,mate!!!(オージーの挨拶)次は北に行こうと思っているんだぜ、マイト」なんて感じ。

乾燥しているので、ジーパンも30分で乾く。万が一雨が降っても洗濯物を取り込まず、「no worrys, mate!!また晴れたらすぐに乾くさ」
 
水も、水道なんて田舎にはないから、外にタンクを置いてそこに雨水をためてガーゼかなんかでゴミを取り除いただけで使う。なので、ボウフラや葉っぱが蛇口から出てくることもしばしば。

水が貴重だからか、彼らは食器を泡だらけのボウルの中で洗ったら、そのままゆすがずに乾かしておくだけ。めっちゃ合成洗剤なのだが。汗;;

なんだか、と〜〜〜〜ってもお気楽なのです。もちろん、先住民アボリジニへの人種差別とか問題はたくさんあるけど、オージーのお気楽さは本当にいいなあ、楽だなあ、と思った。

 

キャンプするように暮らす

この写真のオヤジさんにはとってもお世話になった。りんごもぎのバイトをしている時、後ろに写っているトレーラーにタダで居候させてもらっていた。母屋のキッチンはガスバーナーではなく、薪のバーナーだった。料理と暖房が両方できる、といばっていた。

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記憶が定かではないが、2ヶ月ほどいたように思う。自分たちの料理はキャンプ用の2つ口のバーナーで作り、たまにオヤジさんとも一緒に食べた。晴れた日は広い庭でゴロゴロ。

オージーのことを言えないくらいお気楽な日々だった。

それに、テントってあの薄い布一枚で立派な家になるということも、身にしみて分かった。さすがに雨の日は車の後ろで寝たが(Ford、余裕の広さです)、とにかく晴れた日にはだいたい外にいる。

だから、昨日の記事で書いたDeeが言っていたのだけど、「晴れたら外にいるわ♪」というのも本当によく分かる。

そうなのだ、どちらかというと私は定住型というより、移動型なのだ。モンゴルの人たちのように夏と冬で住むところが違うとか、本当に憧れる(彼らには彼らなりの訳があるのですがね)。

好きな時に、好きなところに家ごと移動できる。気に入ったらそこにしばらくいて、飽きたら次の町を目指していこう。そんな、キャンプするようなお気楽な暮らし方。

日本でだってやればできるんじゃない?



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先日、おとなりの北杜市長坂町で開催された、竹内友一さん主宰SimplifeタイニーハウスワークショップのOpen House(▶︎よし、タイニーハウスを自分でつくる!

そのときにお話ししたこの人が、アメリカの第一人者、Dee Williamsさん。
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Greenzの彼女のインタビュー記事を読んで、またTEDxでの動画も拝見して、とても共感していました。だから、本人に会えたことがめちゃくちゃうれしかった!

思ったより小柄で、でもビール片手にピョンピョンと子鹿のように会場を飛び回っていました。

わたしが自分でも作るよ〜、といったらでっかい目をもっとでっかくしてとても喜んでくれて。

Deeの住むポートランドも雪が年に何回か積もり、寒いところだそうで、「ウチもウチも、寒いよ〜〜」と言ったら、とにかく断熱はしっかりしなさい、とアドバイスをくれました。

あと、ソーラーパネルやトイレも、できる範囲からでいい、そのあとで変化させることは可能だから、とにかく始めの一歩が大切だよ、と。そして、ぜひ写真を送ってね!とも。
 
完成したら招待するねと言ったら、「日本に来る楽しみがまた増えた」と言ってくれました。

Deeの家には子どもたちが48人も入ったって!サザエさんちみたい。うちのタイニーハウスにも子どもたちがぎゅーぎゅー入ってギネスに挑戦!なんて楽しいな〜♪

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オープンハウスのスライドトークやTEDxの動画でもDeeが言っているけど、
「最期の瞬間に何を抱きしめていたいか」

それを考えることは今の暮らしを大切にすることにもつながります。


【続き】
▶︎わたしは、最期の瞬間には何も腕に抱きしめないでいく



DeeのGreenzでのインタビュー記事、タイニーハウスに興味がなくてもとても響くので、ぜひ読んで欲しい。TEDxの抄訳もあるので読みやすいです。

▶︎Greenz シンプルな暮らしだから、毎日がワンダーになる。タイニーハウスムーブメントの第一人者ディー・ウィリアムスさんに聞く「これからの暮らしかた」

竹内さんのインタビュー

アメリカ・ポートランドにある、タイニーハウスコミュニティ
Simply Home Community 




The Big Houseと呼ばれている母屋があって、庭にかわいらしいタイニーハウスが4つあります。作るときは、お互い助け合ったそうです。住人は今のところ5人(かな?)

母屋のキッチンには5バーナーのガス台、大きな冷蔵庫、ダイニングテーブルなどがあり、リビングルームでは映画を観たり、もちろんシャワールームもトイレも完備です。

タイニーハウスの住民は、The Big Houseを自由に使うことができ、そこでは定期的に食事をしたり、ミーティングをしたり。

また、草刈りやガーデニングなどの共同作業も、定期的にしているようです。組織としては、合同会社(LLC  Wikiより)を設立して、お互いミーティングを重ねることで管理にあたっているそう。

住民が自治管理を主体的に行うコミュニティなのですね。

こんな感じで、老いも若きも、オトコもオンナも、暮らしをシェア&サポートしながら毎日を過ごせれば楽しそうです。

わたしが目標としているコミュニティです!




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タイニーハウスをつくる!と宣言したら、各方面から反響が相次いだ。多くは「やってみたい!」「うらやましい!」など肯定的、共感的なものだったが、中には「大丈夫?トシを考えなさい」とか「無理だよ、危ないよ、大変だよ」という否定的なものも結構あって、 ありがとう。かえって、

燃えるっ!!🔥



東南アジアの田舎でみたもの

ところで、わたしがなぜタイニーハウスをつくりたいのかというと。

その源泉は26〜7年前に東南アジアをバックパックしていた頃に遡る。その当時、何かから逃げるようにとにかくアジアの田舎へ田舎へと旅をしていた。究極は、タイ山岳民族の村々へのトレッキング。

お椀にごはんを入れて、ぽこっと逆さまにしたような山がずっと続く景色。そこを歩いて行くのだが、実は途中の記憶はほとんどなくて、ただひとつ鮮明に覚えているのは・・・

私たち旅行者はそれなりのスニーカーやトレッキングシューズを履いていたのに、地元のガイドやポーターたちはビーサン。

彼らが食糧など重い荷物を背負っているにも関わらず、山道をサルのようにスタコラ飛んで行くのにほんとうにびっくりしたのだった。


誇り高き山岳民族たち

そんなこんなで、ガイドの後を追い、ひたすらブッシュの悪路を進んで行った先に、突然視界がパッと開けるところがある。

まさかこんな山奥に人がいるわけがないでしょ、という場所に、カラフルな衣装をまとった山岳民族たちの村があったのだ。

今ではずいぶん観光化もされているだろうけど、当時は尋ねる外国人はほんの一握り。中には、外国人が初めて来たという村もあって、なんだかとても歓迎された記憶がある。


あれ?歓迎なんてしてませんねw、逆に怖がってる!? 
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竹でできた簡素な家が並ぶ

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長い歴史を、山の中で生活してきた人々。貨幣経済とも無縁で、完全に自給自足の暮らしだった。多くの村で共通してるのは、真ん中に広場があって長老がいる母屋のようなものがある。

回りを竹でできた小さな家が囲み、広場では子どもたちやニワトリなどがのびのびと過ごしている。一緒に写っているのはクロブタだが、四半世紀を経て、今、わたしも似たようなのを飼っているのが面白い。
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朝は、雄鶏のトキの知らせと、母たちが米を突く音で始まる。だいたい外に水瓶とかまどのある台所があって、オンナはそこで料理をする。

昼間、おばあちゃんたちがお米を脱穀したりして、時間が止ったようにゆっくり過ぎて行く。四半世紀を経て、今、わたしも同じようなことをやっているのが面白い。


遠藤レーコ、めちゃ若いっ💦
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中身はほとんど変わらない💦

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簡単に直せる家

村ではたまに、家が壊れてしまうことがある。 そんなときには村人が総出で直す。基本、その辺にあるものでできているので、木を切ってあっという間に柱を立て、壁は竹を編みなおし、葉っぱを葺いて屋根にしたら、もうピカピカのリノベーションハウスだ。

村によって違うけれど、高床式のところでは床下にブタなどの家畜がいて、部屋のゴミはさっと掃けばすきまから下に落ちてブタさんたちのエサになる。

家具もほとんどない。食器も、葉っぱだったり缶を柄杓代わりに使ったり。暑いところだと、川や湖で水浴びをするが、そうでない地域ではお風呂にも入らず。でもなんだか汚いと思わないのです。

みんな、奥ゆかしいのだけど、はにかむ笑顔が可愛らしくて、子どもたちの瞳はキラキラと輝いていた。噛みタバコで真っ赤になった歯を剥き出して笑う婆ちゃんは、めちゃくちゃ怖くてかっこ良かった。


生きるチカラ

わたしは経済成長が悪いとも思わないし、衛生面や様々な側面から考えたら、日本という国はほんとうにすばらしいと思っている。

ただ、「生きるチカラ」というか、野生の生命力のようなものは、東南アジアから帰ってきて以降、現在まで日本の都会ではあまり感じられたことがない。

だから、自分自身がもう一度そこの原点にもどってみようと思った。なので手始めに、食べるものや身の回りのものをつくっている。味噌作りや米作りもその一つだ。

食はどうにか自給のまねごとは始められた。衣についても、全部ではないにしろ、マフラーをつくったり、毛糸を紡いだり、染め物をしたりとどうにかスタートに立てている。

では、住は??


でっかい模型と思えばできる

わたしは、日本で、この家をつくるという最高にクリエイティブで根源的な活動が、専門家に奪われてしまっているのが残念でならない。しかも、工業的に大量生産された部材を組み立てるだけのものが、果たして住み手の感性を育むのか、はなはだ疑問だ。

あの、東南アジアの人たちがつくる家は、簡単すぎるけど、道具の使い方や竹の編み方を教えてくれる。みんなで協力する楽しさももたらしてくれる。

そう、わたしは本当は広場を囲んだ、あの竹の家をつくりたいのだ。

だけど、残念ながら富士見町は冬は氷点下10℃にまでなるから瞬間凍結だ。それに、都市計画区域内という不思議な法律が適用されている「おマチ」でございますので、それは難しい。

なので、せめてタイニーハウスを作って、家をつくることを自らの手に取り戻したいと考えた。ってか、逆に難しいような気もするが。

柱があって床があって、壁と屋根がある、三匹のコブタのような家。うん、何かできそう。笑

まずは、家のイメージと模型つくり、そしてみんなが集まって笑顔で作業している妄想から始めよう・・・


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きっぱりと晴れ上がった春分の日、となり町、北杜市長坂町で開催のタイニーハウスOPEN HOUSEにでかけました。竹内友一さんが主宰するタイニーハウスワークショップ。今年は第二期生たちが半年かけてモバイルタイニーハウス作りに挑んだそうです。この日は、その打ち上げお披露目会。といっても、まだ建築途中でしたが。。笑

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二期生がつくっているというモバイルタイニーハウス。内装途中でした。サイズは自分で計測したのですが、外壁で幅2.3m×奥行き3.8m×高さ(高)2.75m(低)2.00m。地上からの床面の高さは60㎝でした。

トレーラーのシャーシにタイニーハウスを載せているので、基本、建築確認は不要(規制はあります)。移動したければ、車で引いて気楽にお引っ越し。ただ、この大きさだと、移動させる場合には牽引免許がいるとのこと。

今回、総建築費用だとか、断熱、電気などの情報は残念ながら聞くことはできませんでした。それでも、初めて道具を使う素人が半年でこれまでのモノをつくれるんだよ、とインスパイアされるには十分魅力的な要素がいっぱい!
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工場を借りて、そこを作業場にしています。竹内さんはツリーハウスビルダーでもあるので、材料や窓枠など、たくさんありました。作業台の脚にするウマというのが、カモシカっぽくてかわいかった。
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Deeがいた!

一番うれしかったのは、アメリカでタイニーハウスの第一人者といわれる
Dee Williamsさんが会場にいたこと!気取らず飾らず、チャーミングでほんっとにカッコいい!ボロボロぶかぶかのオーバーオールで飛び回っていました。スライドトークでも、彼女のタイニーハウスのことを教えてくれたり、タイニーハウスに住む仲間たちのことなどを、冗談まじえて話してくれました。

竹内友一さんとDee Williamsさん
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見づらいけど、Deeのタイニーハウスとデザイン画
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Deeは、以前は大きなステキなアメリカンハウスに住んでいました。でも、心臓の病気をしたことがきっかけで、人生を見直すことになったとか。そして選んだのが、暮らしのダウンサイズ。家も、ほぼセルフで作ったそうです。それを知人の庭に置かせてもらっています。

建築にかかった費用はおよそ120万くらい。廃材をベースに、シャーシ、太陽光パネル、などが一番高かったそうです。

壁を立ち上げる時などは、友人に手伝ってもらって、お礼はパーティーで。笑

お仕事は週に3日、工場などで環境に配慮した廃棄方法を遵守しているか、などを指導するので、envaironmental police環境警察と言ってるの、とガハハっ!

彼女の家にはトイレ、ミニキッチンはありますが、シャワーはない。これは、週に3回通うジムで済ませたり、友人の家にビールを持って行ったときにちゃっかり借りるとか。そうそう、ビール大好きなんですって!この日も、ビールを片手に走り回ってました。

また、上下水は通っていなくて、水は隣のマザーハウスからもらって、下水はポリタンクにためて庭に撒く。トイレはコンポスト。といっても、便座の下にただバケツを置いて、たまったら野菜クズなどと一緒に堆肥にするそうです。

う〜〜〜〜ん、良いなあ。

彼女のことばで印象に残ったのが、
「自分が死ぬ時、腕に何を抱いていたいか」

お金やブランドの服や高級な車なんて持っていけない。
それよりも、隣の友人とハグしていたい。

だから、それまでの日々も、大切なことにより多くの時間を費やしたい。

音楽を聴いたり、
友人と語ったり、、
自然と戯れたり、、、



というわけで、つくりますよ

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モバイルハウスにはしないと思いますが(シャシーが高い、移動させる可能性が低い、目的がある)、基礎からタイニーハウスを作ります。

できあがったら、友だちのクロちゃんと巨猫バジルが住む予定。今建っているボロ小屋の解体、土地の整地、基礎、建築確認などなど。はて、できるのか、自分たちで??

あわせて、ハーブガーデンにも着手するので、永遠に完成はないと思いますが、ど素人、しかもオンナがタイニーハウスをセルフビルドできるのか、失敗挫折も含めて、お楽しみに〜♪

Deeに伝えたら、すごい、写真を送って!と言われました。完成したら招待するねって言ったらとっても喜んでくれて。なので、完成お披露目会は、Deeも参加する予定デス。笑

もちろん、猫の手大歓迎〜!差し入れも大歓迎〜〜!!




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四賀村のるりこう庵でのワークショップは、前日とは打って変わってスッキリとした青空になりました。お庭では、福寿草がお出迎え。かわいらしいですね〜。 
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日本でただ一人のチベット医、小川アムチ(チベット語でお医者さんの意味)の「森のくすり塾」2日目は、茶道でした。茶道といっても『薬草茶道』!

まずは、ハト麦茶。アムチ自ら栽培されたそうです。ありがたい。ハト麦は、外の殻をむいたら、中身が鳩に似ているからそう呼ばれるとのことでしたが、わたしはあんまりピンと来なかったので写真は撮らず・・・笑

麦をほうろくで煎ります。あたりに香ばしさが漂いはじめたらできあがり。いいにおい。

今度は煎った麦を、石臼というか石板と丸石(るりこう庵の庭にあったものだそうです)でゴリゴリ挽きます。豆があっちこっち飛んじゃって、みんなわーわー言いながらでしたが、楽しかったです。それを煮だすこと10分。とてもゆたかでコクのあるハト麦茶、初めての奥深い味わいでした。
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おつぎは、カキドオシにスギナ。そのへんに自生する薬草ですね。身近な植物だけど、知らなかったら単なる草。でも、こうして実際にお茶にして飲むと、親しみが一気に増します。

野草やハーブに興味を持ち出していろいろ学ぶうち、今ではワンコ散歩のときに植物を見ると「食べられるかな、クスリになるかな、どんな香りだろう、染料になるかな?」と興味が尽きません。本当に道ばたに生えている植物たちだけど、びっくりするほど奥深い。もっと早くにこの世界のスゴさに気づいていれば良かった!
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お釈迦様のお誕生日に飲むという甘茶もいただきました。アムチの手もみだそうです。まず葉っぱをそのまま食べたのですが、これが衝撃の甘さ!同じ量なら砂糖の100個分の甘さなんだとか。

甘茶は、あじさいの仲間で500m以上の高地で栽培可能とのことなので、裏の林に植えてみたいと思いました。料理なんかにも使えるんじゃないだろか?
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薬草は、採取したら乾燥させて煎ってからに出すのが良いそうです。煎ることで薬効成分がさらに引き出されるし、香ばしさも加わります。カキドオシはほのかな甘味、スギナ茶はちょっとミントのような味がしました。どれも美味しかったけど、わたしはハト麦茶が一番気に入りました。


薬草茶の道

アムチ曰く、どちらかと言えば、コーヒー文化が男性的、薬草・ハーブ茶が女性的なものだとすると、これを統合した『薬草茶道』を広めたいとのことです。

コーヒーは煮出すのではなく、ドリップ。味やアロマも強めで刺激的です。対し、薬草ハーブティは煮出すことで薬効を引き出し、香りもコーヒーに比べると刺激系ではありません。

ただ、今のハーブティなどは茶葉も購入して楽しむのが主流です。これを、狩猟採集型にすれば、男性も親しむ世界になるのでは、という考えです。自分で野山に入り、自分で根っこや葉っぱを採ってきて家族に飲ませる。おとちゃん、カッコいい!というわけですね。

でも、フィールドワークで根っこをガンガン掘るのは、今のところ女性が圧倒的に多いそうですよ。笑


不思議な表現空間にお邪魔しました

ワークショップのあとは、近くのヴィオ・パーク劇場というところで手打ちのおそばをいただきました。なんだかとっても不思議な空間。前からそこを通るたびに気になっていたのですが、今回たまたま入ることができて、とってもラッキーでした。
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大きな太い柱が、直接地面に埋められています。どうやって建築確認をとったのだろう?それにワラ入の土壁。確信犯的な仕事ですね。

写真ではちょっと写っていませんが、舞台と前庭があり、音楽や舞踏など様々な表現活動が行われているそうです。この日はそば打ちのセットが舞台にありました。
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とれたての山菜天ぷらに、辛味大根となめこ。手打ちのおそばは、コシがあって本当に美味しかったです。お手伝いをしてくださった方がお誕生日だったそうで、ケーキもご相伴にあずかりました。自然界の恵み、滋味あふれる薬草茶と手打ちのおそば、それに素朴なケーキの〆でとても有意義な二日間を送ることができました。
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前記事はこちら▶︎チベット医に学ぶ①葛根湯を自分でつくる




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小雨降る中、松本から山に入った静かな集落、四賀村にある古民家を改装したるりこう庵まででかけました。お目当ては、日本でただ一人のチベット医、森のくすり塾・小川康アムチ(チベット語でお医者さんの意味)のワークショップです。

るりこう庵では、チベットの五色の旗タルチョーがお出迎えしてくれました。風に吹かれ、はためくたびに読経したことになるとか。四賀村は、秘境の感じがあるので、どこか違う国に来たような印象。
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仏さまと祭壇

ワークショップは、小川康アムチの読経から始まりました。チベットでは、処方や何かするたびに読経で始まり読経で終わるそうです。厳しい自然の中で、信仰のもとに生きる人々の暮らしがかいま見られます。感謝することを忘れがちな日常を振り返る、とても良い機会となりました。
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ずらりと並ぶ薬草のビン

木の根、葉っぱ、果実、チベットの丸薬など、ハーブとはまた趣が違って、見ているだけで楽しくなります。味は苦かったり甘かったり辛かったり・・・

生薬に使われることの多いという甘草。根っこの部分を使います。皮を削って口にすると、甘さが広がる。ただ、ちょっとしびれる感じもありました。
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これは、棗(ナツメ)。疲労回復やエネルギー補給に良いそうです。
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葛根を手に嬉しそうに説明するアムチ。チベットにいたら、間違いなくチベット人と思われるでしょうね。
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葛の根っこ。これが葛根湯のもとですね。薬効成分が抜けて、ほとんどでんぷんとして残ったところを粉にしたのが、よく見る葛粉(右の白い粉)ですね。
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葛は、つる性で生命力が強く、他の木に巻き付いて枯らすこともよくあります。なので、今日本の森では、厄介者として駆除の対象だそうです。

こういう薬になる植物を使いこなせない現代日本社会への一つの提言として、自分で葛根湯を作って自分の健康管理ができるようになれば、そこから社会や環境へのまなざしも変わるのでは、という思いもあるようです。


いよいよ自分で葛根湯を作る 

葛根湯には
・葛の根
・生姜
・桂皮
・甘草
・麻黄
・ナツメ
・シャクヤクの根
が入っているということです。 目で見て、鼻でかいで、舌で味わって、一つひとつ確かめる作業は、植物が暮らしに欠かせないものである、ということをまざまざと実感させられます。

さて、いよいよ自分たちで作ることに。外に出て、葛根をサイコロ状にしていきます。切ったそばから真っ黒になっていくので、水にさらして、水をかえてまたさらして・・・3回くらい繰り返したら、乾燥させます。今日は、ストーブで乾かしますが、本当は天日でじっくりと。
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アムチ側から時計回りに
・生姜
・荒茶(麻黄の代わり)
・葛根
・ナツメ
・シャクヤクの根(貴重品です)
・桂皮
・甘草

これらをやかんに入れて煮だすこと20分。この間にもヤカンの意味=薬缶もともと薬を煮だすためのもの、とかの話題で盛り上がります。

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ちょっと生姜が強かったかな?甘草をもう少し入れた方が良いかも??など、各自の感想が飛び交います。でも、わたしはホカホカ温まって、とてもおいしくいただきました。
 
それにしても、植物は、薬になったり、食べておいしかったり、香りや花を楽しんだり。本当にその世界は奥深くて感動します。

ただ、こうして振り返ってみると、乾燥させていることもあるのでしょうが、どちらかというと地味な感じ。でも、地味は滋味につながります。生薬というくくりでなく、広く植物たちともっと仲良くなりたい、という思いがつのりました。


でもやっぱり地味だよね〜

ということで、このワークショップに参加する前に立ち寄った富士見町のご近所、ゆるカフェさんで撮ったサラダとデザートで〆。笑
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つづき▶︎チベット医に学ぶ②薬草茶道をたしなむ




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ここ数日、八ヶ岳ふもとのハーバルショップをあちこち尋ねています。この春から提供するハーブボールマッサージやタイニーハウス&ハーブガーデン作りの構想もかねて、色々と教えていただいたり、イメージをふくらませているのです。

はり灸師のわたしは、もともとよもぎから作られたもぐさには親しんでおりました。

でも、本当に今さらなのですが、最近ハッと気づいたのが「ああ、よもぎは日本を代表するハーブなんだな」と。

ハーブというと、カタカナの名前のついた西洋ハーブを思いがちです。でも、それこそたんぽぽやどくだみなどその辺の野草、薬草も、みんなハーブだよね〜〜!??

それから、身近に自生する植物にがぜん興味が沸いてきました。


<ハーブボールとよもぎ>
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とにかくたくさん失敗すること

わたしの住む富士見町は、日照時間が長く、高原性の気候が花作りに適しているので、お花や野菜の苗屋さんがたくさんあります。中でも、「Harb & Greden Plants サムディ」の板村さんは、苗を無農薬で育てています。

口にしたり、肌にふれたりするものは、無農薬がいい。というわけで、昨日は、八ヶ岳と南アルプスを雄大に望むハーブ園にお邪魔しました。


<ひつじのふたばちゃんがお出迎え。おなかいっぱいで眠いんだって> 
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板村さん。お忙しい中一つひとつていねいにご説明してくださって、恐縮です。映画「西の魔女が死んだ」のハーブガーデンや、清泉寮の庭作りにも携わっているとのこと。

ハーブへの情熱はすごいのに、ゆる〜い雰囲気が心地良い。

板村さんに「どうやったらハーブや花をうまく育てられますか?」と聞いたら、笑顔で「とにかくたくさん失敗することですね〜」。。笑

畑も何でもそうだけど、自然が相手の営みはすぐに成果は出ない。ダメもとでも、やってみること、やり続けること。板村さんのおっしゃるように失敗もたくさんあることでしょう。

でもその時に、ハーブボールや、ワークショップをやりたいなどの目的があると、へこたれている暇もありません。失敗を経験に、経験を財産にすれば良いだけです。

ワンコ散歩の時、単なる雑草としてとらえていた植物たちでしたが、今では「この草はどんな匂いだろう?効用は?食べられるかな?」とかいちいち気になり、ほんと、道草くって前に進みません。

それに、日本の野草やハーブに親しんでゆくことでまた大地からいろんなことを学ぶことができそうだな、という期待もあります。


とにかく種をまこう

実は午前中は蓼科ハーバルノート・シンプルズにもお邪魔していました。ほの暗い店内にはたくさんのハーブたち。行くと必ずハーブティを飲ませてくれます。

今回は、野草茶と種を求めました。もう少しあたたかくなったら種をまいて、たくさん失敗しよう。笑

まずは、食べられるものからです。大好きなコリアンダーとバジル、アジア料理に欠かせないセレクトですね。八ヶ岳では、亜熱帯のものはなかなか育たないだろうけど、できることから、できるものから。

なので、これから、たくさんの失敗談を「これでもかっ」というほどお届けできることと思います!笑

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春!
はるはる〜っ!!

春は、冬の間にたまった毒素を排出する季節です。寒さで縮こまった身も心もフワッと解放させましょう。

というわけで、少し寒さがやわらいだのを機に以前から興味があったハーブサウナとカンボジア料理を堪能してきました。 

お邪魔したのは、カンボジア人のご主人こーさんと日本人の奥様ようこさんのお店
▶︎カフェこーさんのうち

松本のお店までは、富士見町から車で40分くらい。田舎では隣の隣の町、という感覚です。畑仲間、のらぼうのみんなと一緒に行ってきました。

民家をリノベーションしたお店は、小さい頃住んでいたような雰囲気。そして店内にはカンボジアのグッズも並べられて、バックパックしていた頃をなつかしく思い出しました。2階にはキッズルームも有り、ママたちが子ども連れでランチを楽しんでいました。
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ご主人のふるさと、カンボジアの村でおばちゃんたちが栽培しているというハーブたち。ようこさんは、一つひとつの効用をていねいに説明してくださり、ハーブへの思いが伝わってきます。
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基本のハーブ は4種類。クメール生姜、レモングラス、こぶみかんの葉っぱ、塩。温熱効果やリラックス、デトックス効果が期待されます。それに、自分の気になる体調に合わせたハーブをプラス。テント内には椅子があって、その下のグリル鍋にお湯を張って、選んだハーブを入れて蒸気を出します。アロマとミストですでにリラックス。     

カンボジアでは、写真にあるような素焼きの壷でお湯を沸かすそうですよ。
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20〜30分で蒸し上がり。
大量の汗をかいて身体ポカポカ、お肌しっとり美味しそうになりました。笑
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ハーブサウナの前後には、これまた美味しいハーブティをサーブしてくれました。それぞれ違うのを選んで味見。ハイビスカスティーや、日本でいうレンコンのような漢方的なお茶など。色もきれいで、良い香り。わたしはタマリンドとジャスミンティーをブレンドしたお茶にしました。とっても美味しかったですよ。    
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食事もカンボジアの香りただよう、野菜カレーや青唐辛子のカレー、マーケットで食べるようなまかないごはんなど。  バックパックでいつも食べていた屋台の味です。うれしいっ!!
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身も心もお腹も満たされて、大満足!サウナで大量の汗をかいて、ゆるんだこともあるのでしょう。心地良い疲れで、家に戻ってから思わず一眠りしてしまいました。

かずみちゃん、じゅんちゃんもゆるゆる〜♪
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キッチンで仲良く調理するご夫妻。日本の松本という気候も習慣も違う場所で、一生懸命働いている姿に思わずエールを送りたくなりました。こーさんはふるさとの村に寺子屋を建て、そこでは子どもたちが学んでいるそうです。

また、来年1月からは高床式のゲストハウスでホームステイも受け入れるとのこと。アンコールワットの近くなので、いろいろ案内もしてくれるようです。ワクワクしますね。

そうそう、アンコールワットも圧巻の建造物ですよ(2回行ったことがあります)!!

カンボジア本国にはなかなか行けないにしても、東南アジアフリークのわたしとしては、近くにこんなステキなお店があって本当にラッキーです。みなさまも、松本に行かれることがありましたらぜひ尋ねてみて下さい!
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今日は、のらぼうの味噌作り本番でした。のらぼう隊長、じゅんちゃんちで、南アルプス甲斐駒ケ岳を眺めながらの作業。昨日の大雪とはうってかわって、きっぱりと晴れ上がった気持ちの良い一日となりました。

去年までは麦味噌を2年連続で作りましたが、今年は米麹を使った米味噌。味噌は使う麹によって、麦味噌になったり、米味噌になったり。麦味噌は四国や九州などの地方西に多いようです。そして、若干甘く感じます。

お味噌自体の味がしっかりしているので、そんなに量を使わなくても、お味噌汁などとてもおいしい。しかも、冷めてもなお美味しいのが手前味噌の特長です。

まずは煮てつぶす

前の晩から水に浸しておいた豆を煮るところから始まります。今回は、初めてロケットストーブを借りて煮てみました。
ロケットストーブについてはこちら ▶︎調理用ロケットストーブを作ってみた by The Frowing Life

でも、さすがに普通に煮ると5時間もかかると言います。待ってらんない。
なので、のらぼうメンバー全員が圧力鍋とガスコンロを持ち寄り、煮る煮る煮る!
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豆の煮汁「♡」の泡がかわいい
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つぶすつぶす〜まぜるまぜる

豆が煮えて指でつぶせるくらいの柔らかさになったら、今度はつぶす。これも、手動のミンチマシーンとフードプロセッサーを使いこなして、つぶすつぶすつぶす!「煮る」と「つぶす」は同時進行。
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これも同時進行で、塩と麹をダマのないようにまぜまぜ。
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全部つぶせたら、今度は大豆と麹&塩をまぜまぜ。麹が下の方に残っていたりすることもあるので、上下ひっくり返してよ〜〜く混ぜます。

じゅんちゃんが写真のような大きなたるを知り合いからもらったそうで、今までは各自別々に混ぜていましたが、今回全部一緒に、みんなでやります。

結構な量なので大変ですが、わいわいガヤガヤ、おしゃべりしながらやればとっても楽しい!
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よく混ざったら、4分割してそれぞれ持ってきた器に投げ込みます。空気が抜けるように、味噌玉を作ってバンバンッ!と。

これは、陶芸をやるえみかちゃん、さすがに上手でした。陶芸は土をこねてナンボ。その経験を生かして美しく入れていく。そういうのも人それぞれで楽しいですね。

さて、9時から始めた味噌作りも、ほぼ半日で完成!!年々効率も上がっているような気がします。わたしは、高校の友人にも分けるので、二つの容器に入れました。この上に、塩でフタをして、ラップをかけて半年待ちます。楽しみ!
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作業の合間のお楽しみ 

なんといっても、お楽しみはじゅんちゃんのお手製ランチ&スィーツ
酵素玄米ごはんとヘルシーベジおかずがついた、究極のランチです。手作りの野沢菜漬けもついて、去年仕込みの手前味噌で作ったみそ汁。
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スィーツはよもぎ尽くし。よもぎケーキに豆の煮汁とよもぎの入ったメレンゲをトッピング。甘さ控えめで、ふんわりやさしい。

お茶はもちろん、ハーブティ。月桃&黒文字、それに枇杷葉入りの香り豊かなお茶と一緒に頂けば、作業の疲れも吹っ飛びます。
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次はいよいよ畑の作業です 

今年の味噌も無事仕込みが終わりました。今度は畑の作業が待っています。こちらもお伝えしていきますので、お楽しみに!!
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前の記事はこちら
▶︎八ヶ岳で大豆から味噌をつくる①〜予告編w




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今日は、わたしたち「のらぼう」の味噌の仕込み。のらぼうとは、野良の傍らでボ〜ッとしながら畑仕事をする仲間たちのことです。完全無農薬で自分たちで大豆を育てるところから味噌作りをしています。

昨日は思いもかけぬ大雪に見舞われたので、外での作業は難しいかな。できれば屋外で、借りてきたロケットストーブでどんどん火を熾し豆を煮るつもりです。

全部で40㌔作る予定!どんな様子で作っているのか、ダイジェストでお伝えしていきますね。

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今は、知り合いが使っていない畑をお借りしています。もののけ姫に出てきた「乙事主の命」の由来と言われる「乙事」という地域にあります。八ヶ岳をバックに空がスコ〜ンと広がる、と〜っても気持ちの良い畑です。

でも、一番始めは、しばらく使われていなかったので、開墾から。原野を、クワとカマと、のこぎりまで使って。タフなわたしもさすがにヘトヘトになったことを覚えています。

そしていざ豆をまいても、そのあとがなかなか大変。ちょっとサボると、雑草の方がおよそ豆の背丈を超えちゃって、大豆作ってるのか雑草育てているのかがわからなくなる。汗;

ただ、肥料や農薬は使わないので、その手間は省かれます。自然農的には、畑の外からは入れない、畑の外に出さない。刈り取った草も、作物のまわりにベッドのように敷き詰めます。

いざ収穫、となっても枝豆は木のように太く立派に育つので、のこぎり鎌で刈り取るのも一苦労。刈り取る、というより伐採に近い感じです。

それもこれも、仲間がいるからこそできること。

誕生日もサプライズで祝ってくれたり、映画の上映会したり、持ち寄りランチ会したり。

作業での大変なことも、みんなでゲラゲラ笑っちゃえば、何とかなります。仲間の存在って本当にありがたい。いつも胸一杯な思いになります。

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4月に入ったら、畑の整備から味噌作りはスタート!
だいたいの作業スケジュールはこんな感じです。
 
4月:畑整備(昨年は耕耘機を入れて土起こしをしてもらいました) 
5月:種まき
6月〜10月頃:ひたすら草刈り、草刈り、草刈り 
11月:収穫、乾燥、脱穀
3月頃:豆の選別、味噌作り

と、やっぱり一年通しての作業ですね。実際の味噌作りも、一年に一度の作業なので毎回やり方を忘れています。涙

今はまだ、麹は購入していますが、来年は自分たちで作りたいと、発酵も学んでいきたいと思っています。発酵も奥が深そうだし、やることいっぱい!!!


こちらに続く▶︎八ヶ岳で大豆から味噌をつくる②〜本番編




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午前中、デコボタニカルさんにお邪魔したあとは、 
▶︎白州デコボタニカルのガーデンカフェ、オープンが楽しみ♪

これも以前から行きたかった小淵沢のこぶダイニングでランチをいただきました。 

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鹿の和風ハンバーグ↓
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頼んだのは、鹿ハンバーク和風ソース850円、ごはんコーヒーAセット(500円)付きのランチ。

鹿肉って、さっぱりしていて脂身も少なくてお肉の中では好きなのです。ハンバーグは、粗めのお肉を時間をかけてふんわりこねているそうで、生姜とポン酢味のやさしい和風ソースで、大根おろしとからめていただきます。

マスターが朝、庭で採ったという、ふきのとうの天ぷらもついてきました。富士見町のわが家はまだふきのとうのふの字も出ていませんが、ほんのりとした苦みに、降りしきる雪の中で春を感じました。

最後はソースにごはんをまぜて食べると美味しいよ、ということでやってみると、ごはんと肉汁の出たソースが絡み合って絶妙なお味、しかもソースを残さずにすむのが良かったです。ちょっと食べにくかったけど。

ごはんもハンバーグもしっかりと量があるのですが、そんなにお腹にたまらないのは、鹿肉だからでしょうか?女性でもうれしいボリューム感です。 

こちらのお店は偶然サイトで見つけて、何だか小さくてかわいいお店だな〜と思ったので行ってみたかったのです。食べログでの評判もよかったし。

聞いたら8坪とのこと。テーブルも2人掛×2、4人掛×1のタイニーなお店です。
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横浜のホテルで料理をしていたというご主人が、一人でやっているのでちょうど良いのでしょう。その前に行ったデコボタニカルのカフェが広めだったので、こじんまりとかわいい印象でした。

タイニーハウス派には、このくらいがちょうど良いですね!

今日はハンバーグでしたが、ご主人がていねいに作るお料理はどれも美味しそうなので、他のものもぜひ試してみたいと思いました。

特に、FBに去年アップされていた、お花たちが食材になるっていう記事がとっても気になります!どんな味がするのだろう?こぶダイニングFBポスト2015.4.6
こぶダイニングを彩ってくれているお花達をご紹介。
こぶし
うぐいすかぐら
かたくり
におい水仙
他のみなさんです

 


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今日はまさかの朝から大雪。午後7時現在じゃんじゃん降っております。 

信州と甲州はまるで違う国のよう

そんな中、山梨県は北杜市白州にあるデコボタニカルさんに行ってきました。

驚いたのは、わが家から30分もかからないのに、まったく雪が降っていなかったこと。 標高1000m超えの富士見町と、650mの白州はまるで別世界。信州と甲州は違う国なんだなあ、と実感しました。 

デコボタニカルさんは、アンティークをたくみに取り入れたガーデンデザインやエクステリアなどをされているのですが、この春、できたら連休前にカフェとアンティークを扱うショップをオープンするとのこと。ただ今絶賛工事中!

今回、工事を知人が手伝っているのと、うちでもタイニーハウスを作るので、参考にしたいと思いお邪魔させていただきました。

Nomosのアーティスティックな仕事

工事とショップデザインを担当するのは、迫田英明さん率いるアーキテクト集団 Nomosの皆さん。

わたしは迫田さんとは、以前からワークショップなどでお目にかかったりと、もともと顔なじみなのですが今回は久しぶりの対面。でも、その仕事は相変わらずアーティスティックでかつ職人的でした。


随所にこだわりの古材を使っているのですが、圧巻は7mはあると思われる堂々とした梁。写真上部に写っているのがその梁です。どこかの旅館などに使われていたのでしょうか? Nomosはこういう仕事が得意です。

また、こちらは基礎を打っていなくて、大きな石を平らに削って束石にしています。富士見町では、法規の関係でこの方法は取り入れられず、残念!一つひとつの束石がまた大きくて、床下にかくれてしまうのがもったいないくらいの味わいでした。

その写真を取り忘れた。orz

アンティークが待っている

オーナー奥さまにもお話しを伺うことができました。今日はあいにくの天気だったので見えなかったのですが、冬になるとカフェから甲斐駒ケ岳が望めるそうです。

庭もとても広く植栽もステキですが、引っ越してきてからご夫婦でせっせと開墾されたとか。敷地も2000坪もあり、ゆったりとそれでいてさりげなくアンティークが置かれたりして、どこかホッとするオシャレな空間でした。

お店のブログには、フランスで仕入れたアンティークがショップに並べられるのを待っている、とも紹介されていました。わたしもアンティーク大好きです。カフェがオープンしたら、通い詰めてしまいそう。

直角のない建物

今回、一番おもしろいなと思ったのが建物のデザイン。

一辺の壁を直線とすると、あとは微妙に角度がついています。なので、建物に直角がない。根太という、床の下に渡す骨組みがあるのですが、それが壁に対して斜めに打たれていたので不思議に思って聞いたところそのようなデザインにしたとか。

奥から開口部にかけて微妙に広がっているのです。目線の効果で、さらに奥行きと、変化が感じられるだろうな、と思いました。ただ、これだけで作業量が何倍にもなると想像できます。

迫田さんは「泣きそう」と言いながらも、どこや楽しげに作業にいそしんでいました。

移住者の多いエリア

白州は、サントリーの工場があるくらいお水のおいしいエリアです。古くから、都会からの移住の人も多く、今回のデコボタニカルさんの近くにもステキな家やお店が建っています。そんな家や庭をこっそり眺めるのも、こちらの暮らしでの楽しみです。

今年田んぼをやらせてもらうのも、この近く。甲州街道沿いの、台が原という昔からの宿場町には、オシャレなカフェやギャラリーもあって、わたしが注目しているエリアでもあります。

八ヶ岳にいらしたら、ぜひこの辺りもゆっくり時間をかけて味わって下さい。また、これから、わたしの好きな場所や人もどんどん紹介させていただきます。そちらもぜひお楽しみに!




今朝、窓の外が何やら白かった

ん?

そう、雪がじゃんじゃん降ってます
真冬のような積もり方

こんな日は、ワンコたちお散歩断固拒否です

ホワイトデーだからって何も雪・・・汗

こちらでは、4月になってどか雪が降ったりします
スタッドレスタイヤはまだまだ手放せませんね〜


大活躍!!田舎暮らしの必需品




やっぱりストーブの暖かさがありがたい
豆でもコトコト煮ましょうか

このストーブは、大型トレーラーの
ホィールを再利用しています

大きな薪でもじゃんじゃん燃えます
たまに、暑過ぎるときも・・・

また今度、ストーブについて書きますね!



オトコ一匹、背中で語る




鶴をしょって
「オレは世界にはばたくぜっっ!!!」

実態は、ストーブがあったかくて動けない
巨猫バジル



以上、真冬の八ヶ岳から中継でした。さぶっ







 

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こちらの記事でも書きましたが ▶︎八ヶ岳の暮らしをお届けします♪

5年前の震災前日、わたしはそれまで住んでいた同じく信州の東御市から、反対側の八ヶ岳南西麓に引っ越してきました。

震災のちょうどその時は、前の家を掃除してたくさん出たゴミを、地元のクリーンセンターで処分していたのです。柵のこちら側から、大きなゴミの袋をいくつもエイヤっ、と谷底に投げ込んではまた投げ込み・・・

自分の投げた袋が狙ったところに落ち着かず、ゴロゴロと転がっていくことにちょっと違和感。コントロール悪いな、と思ったのです。

車が空っぽになりセンターの事務所に手続きのため戻ると、受付の方が「遠藤さん大丈夫でした?」と青い顔で尋ねてきました。

何のことか分からないわたしは「いや、ゴロゴロ転がっちゃって〜」とまぬけな答えをしてしまいました。

そしたら、東北で大きな地震だったと。事務所も大きく揺れて怖かったと言っていました。本当に、何にも気づかなかった。不謹慎だけど、それで袋が転がっていったのかなとも一瞬思いました。

その後はもちろん、東北の知人に電話も通じず、わたしはわたしでネットも電話も未開通だったので、完全に情報難民状態でした。あの時ほど、どれだけ情報に頼っていたのか身に沁みました。

フクシマのことは友人から聞いたので、それも本当に不安だった。まず家族や知人は大丈夫だろうか、万が一のときは、八ヶ岳の方で受け入れられるか、など一人でいろいろ考えたものです。

でもその不安も、どっしりと構える山々を見て吹き飛ばされたのは、先の記事にも書いた通り。

自分が動揺してどうする。一番大変なのは現地の方々だ。わたしにできることは、とにかく、今いるところで淡々と毎日を生きることだ、と思い直しました。あれから5年たちますが、その間にわたしの母も逝去し、最愛のわんことにゃんこを送ることにもなり、自分の中にも様々な変化がありました。

風化という言葉はふさわしくないけど、変化は必ず訪れます。

この日は姉の誕生日でもあります。悲しみの隣には喜びがある。どちらもしっかりと受け止めようと思う朝でした。
 


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ほんとに優雅か?

八ヶ岳に住んでいるというと、よく優雅で良いわね〜、と言われる。
かくいうワタシも、ほとんど憧れだけで何も考えず移住してきたようなもので。

でも、実際に生活を始めるとほんと、、、

「スローライフ」なんてあんなのウソだね。と思う。

なので移住希望の皆さん、騙されてはいけませんよ。
雑誌に載ってるステキなおうち、ステキな景色、ステキな家族・・・

みんな、その陰での大変なことなんて、これっぽちも載せてませんから(笑)


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夏は草刈り冬は雪かき

これらで一日がほぼ費やされる。

雪かきの場合、町道は除雪車が入るのだけれど、うちは、40メートルは奥まっているので、なんとしてもそこまではラッセルしないとならない。一年目はまだ「八甲田だ」「隊長、自分はもうダメです」「なにを言ってる、もう少しだ」とか一人で言いながら頑張った。

でも、1メートルかいて後ろを振りむくと、もうその道には同じくらいの雪が積もってたりする。

がっくし。

本当に萎える。が、やらねば誰がやるのだ?そうだ自分だ。
出られなくなると困るから頑張るしかない。
こうなると、大型除雪車のありがたみ、雪国の方々の辛抱強さが身に沁みてわかる。


反対に、夏は草の猛威に圧倒される。

同じ町内に畑を借りて大豆を作っているのだけど、ちょっとサボると大豆畑か雑草を育てているのか、まったくわからない。というより、草の威力の方が強過ぎて、人為的に蒔かれた大豆さんは、圧倒的に無力だ。たくましい雑草の陰でヘルプミ〜〜と訴えてたりする。

ここでも、自然のすごさ、たくましさに、人間のやっていることなんてちっさいなと痛感する。人間いなくなったら地球はあっという間に森だろうな、とか。

ま、そうはいっても、イヤイヤやっていてはつまらないし、まったくクリエイティブではない。なので、日常をどう遊びに変えられるかが、田舎暮らしを楽しいものにするコツだとわかった。

そのあたりはまた書くとして、とにかく、

田舎暮らしは時間がかかるってことが

「スローライフ」

というのならば、私も文句は言いませんがっ。




◆◆FB/Twitterではよりライブな情報発信中!!!◆◆




最初の投稿で、震災の前日に八ヶ岳に引っ越したと書きました。
八ヶ岳の暮らしをお届けします♪


そうなのです。

当時は、しばらくネットもケーブルもつながらず、情報難民となり、
フクシマのことは友人からのラインで知りました。

恐れていたことが現実になってしまった・・・
慣れない土地でたったひとり、激しく動揺しました。
 
幸い、八ヶ岳は東京のように計画停電は無かったのですが、
命綱のガソリンの購入には10ℓの制限がかかり、長蛇の列。

食糧もお店から姿を消し、本当に心細い日々が続きました。


でも、ある朝、ワンコの散歩でふと目をやると。

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そこには当然のことながら、八ヶ岳の雄大な姿がありました。
雪解け水をたたえ、春にむけてやっと目覚めたような。

大地には、草花たちが一斉に芽吹いていました。

そのとき、わたしは心から思ったのです。

「そうだ、一番大変なのは現地の方々なのに、
遠くの自分が動揺してどうする。
あの山のように、どっしりと落ち着いて
ただただ真剣に祈るしかない」と。

それ以来、山を見るとあの時のことを思い出します。
同時に、ヒヨヒヨおろおろしている自分に、
喝を入れられないよう気をつけなくちゃと
気合いも入るというものです。










 

みなさま、こんにちは。
はり灸師のエンレイこと、遠藤レーコです。

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5年前、あの震災の前日に八ヶ岳富士見町へワンコたちと
単身引っ越してきました。

今は、枇杷の葉灸やはり灸、アートセラピー、
ワークショップなどをしております。

この春先からは、野草やハーブを使ったハーバルサウナ、
ハーバルボールマッサージも提供していきたいと準備中です。

また、タイニーハウスのセルフビルド、
ゆるオフグリッド計画も進めて行く予定です。
(どうなることやら、ですが。。笑)

憧れの八ヶ岳暮らし、うらやましいと皆さんおっしゃいますが、
いやいや、実は毎日ジタバタあたふたバタンキュー
優雅さとはまったく無縁の日々を過ごしております。

そんな移住生活や、野ハーブ、なんちゃって自給自足、からだのこと、
DIY、ワンコたちとの暮らしなどを、イラストや写真とともにお届けしますね。

どうぞよろしくお願いいたします。



 

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