7年に一度の諏訪大社、御柱のお祭りがいよいよ始まりました。といっても、わたしは現在東京なので、現地の友人・かずっち記者が中継してくれています。



今日は、山から曳いてきた巨木を急坂から落とす「木落し」の日です。

昨年、坂の上から下をのぞきましたが、ほぼ垂直、崖のように感じます。ここを大木に乗って落ちて行くなんて、諏訪ピープルCrazy!!!だと思いました。

でも、ホントにやってるんですね〜。笑


7年に一度の天下の大祭


御柱祭は、諏訪にある諏訪大社上社、下社でも一番重要な祭事です。

以下、正式サイト『御柱祭より引用させていただきます。
 樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、 里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、 諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。

 御柱祭という神事を司る諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社であり、国内にある最 も古い神社の一つ。諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持っています。まず上社と下社に分かれ、諏訪市に上社本宮、茅野市に上社前宮があり、下諏訪町に下社春宮と下社秋宮があります。ご祭神である諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、東国第一の軍神として坂上田村麻呂や源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。

 室町時代の『諏訪大明神画詞』という文献によれば、平安初期に桓武天皇(781~ 806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と御柱祭についての記録が残されてい ます。起源については諸説様々ありますが、縄文時代の巨木信仰という説もあります。

 御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木。柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)の柱を地区ごとに担当します。御柱祭にかける氏子の情熱は、昔も今も変わりありません。日本人の熱いエネルギーの高ぶり、神聖な熱狂にあふれた稀少な祭りといえるでしょう。



 

モミの巨木である御柱を山から下ろして、上社・下社の4社、新らしくなった宝物殿まわりに建てるとのこと。

かずっち記者情報によると、本宮一の柱が一番太くて長いらしい。つまり、一番えらいということですね。
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ちなみに友人の所属は、本宮三之柱。旦那さんは煙を出すお役目だそうです。笑 

諏訪の男たちが熱く燃える時ですね〜。



今回の山出し〜木落しは見られませんでしたが、たまたま高校の友人の実家が上社の氏子だそうなので、5月の里引き(神社までの道を、人力で曳く)のときには間近で見られそうです。

実況報告いたしますね!

それにしても、こんな素晴らしい祭事が残るお膝元に住むことができて幸せです。地元富士見町ももちろんですが、諏訪地方に残るお祭りや言い伝えなど、もっともっと知りたい!

諏訪大社上社(本宮、前宮)、下社(春宮、秋宮)も素晴らしいところです。地元の諏訪大社小宮さんも、ひっそりとたたずんでいて、落ち着きます。
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それに、もののけ姫にでてくる「乙事主」は、富士見町にある乙事という地名からとられている、とも言われています。宮崎監督の別荘が町内にありますからね(わたしも以前、乙事に住んでいました)。

観光では知り得ない、隠れたすばらしいところもどんどん紹介したい!!
少しずつアップしていきますので、どうぞお楽しみに。



■遠藤レーコ:プロフィール


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