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実家にもどっているので、近所の友だちとベーグルを買ってお花見に行った。けっこう肌寒く、外での花見はほとんど瞬間、あとは友だちの家でずっとお喋り。

彼女たちの住むマンション近くのベーグル屋さんは、正統な作り方をしている日本でも数少ない、ホンモノにこだわったお店だそうだ。

根っから真面目でホントに美味しい。

4人のハハと9人のこども。わたしを入れたら総勢14人がワイワイと集まって、それでなくてもにぎやかなのに、ある意味カオスだった。

わたしは独身だし、子どももいないのでハハ友ができるなんて今までに無い経験だ。

だから、ご縁があって、これまで知らなかった世界の話しが聞けるのはめちゃくちゃラッキーだ。

子どもたちは可愛いし、こちらが真面目な話しをしようとした瞬間に、粘土遊びをしていた娘が自慢げに「ほら、うんこだよ〜」とか。あるある。笑

下は3才から一番大きい子で小学校6年生まで。それぞれの遊び方が興味深い。

男子、小4〜小6はずっとゲーム。女子は、それぞれの部屋で好き勝手やっていた。将来がかいま見える。女子は、オトナになってもハハたちと同じで人の話しなんて半分も聞いちゃいないだろうな。
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ハハたちも、30代1名、40代3名、それに50代わたし、とバラエティに富んでいた。

彼女らの話しを聞いて、わたしは、それぞれの人生というドラマが根っから好きなのだなあ、と思った。イラストを入れて、何冊も本が書ける。「家政婦は見た」、が受ける理由がよ〜くわかる。

育った地域も環境も違う人たちが、特定の人を介して集まる不思議。キーパーソンは、2年前、あるセミナーをきっかけに仲良くなったRちゃんだ。

偶然、同じ駅の向こうとこっちに住んでいて、誕生数秘が二人とも11、頭文字がR。

うちはアメリカンコッカーが2匹、彼女の実家にもアメリカンコッカーがいるので、親近感を感じた。

双子とその下にもう一人、3人のハハだ。何だか気の置けない人柄に、しょっちゅう遊びに行かせてもらっている。回りの人たちもきっとそうだ。彼女の家はママ友のたまり場だ。

八ヶ岳にも来てくれたことがあり、「今年はどれくらい滞在しようかな〜」と言っていた。お掃除とごはんやってくれればいくらでもどうぞ♪

わたしもどちらかというと回りに人が集まりやすいので、R×Rでいろんなつながりができたら面白い。


子どもの教育から宇宙の真理まで

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ご多分にもれず、話題はあっちこっちに飛びまくる。

わたしの同年代と違って、みんなまだ子育て中なので、教育、家、ママ友、今までの仕事のことや、果ては、精神性から宇宙の真理にまで話しは及んだ。

「時間が存在していると思うのは、錯覚だ」
「身の回りの現象は、すべては思い込み、自分が作り上げている」とか…

それにしても、みんな同じ空間で同じ話しを共有していたハズなのに、最後に何が一番印象に残ったかということになったら、全員が違うことを上げたのもとても興味深かった。

いかに、まったく違うものをみているか、がよく分かる。結婚生活においてはなおのことだろう。

人間関係の問題はコミュニケーションの問題に尽きると思うが、こういう経験をして「人は同じものを同じようには見ていない」と分かればうまくかわせる。


二つの誕生日を生きてきたひと

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この日わたしの一番の関心は、Mさんの誕生日が戸籍上と実際とで違うということだった。学校のことなどを心配した親が、親切心から学年をまたぐように戸籍の誕生日を2週間ずらして申請したそうだ。

それを知ってから彼女は、星占いでみたときにまったく異なる二つの資質の間で悩んできたという。

『戸籍上』は、真面目で慎重。反して『実際』のそれは、思ったことをすぐ行動にうつせる、エネルギッシュなもの。

これまで、『実際』の資質で生きたいのにそれがなかなかできず、ずっと『戸籍上』で生きてきた、ということだった。

知らなければ問題なかったであろうことを。。それも『戸籍上』の資質が影響しているのだろうか。

でも、どちらも本当に受け入れてしまえば楽になる。人間なんて、場面で顔を変える生きものだ。

TPOに合わせて、うまく使い分ければ良い。どちらもいいとこ取りすれば良いのだ。そして都合が悪くなれば、反対の誕生日のせいにしちゃえば問題ないのだ。そんなこと、実は、誰も気付きません。

もしそれが難しいとしたら、それは誕生日のせいではなく、恐らく親や社会が「誕生日」というベールをかぶり彼女に求めてきた、いわゆる社会規範や通念のもたらした弊害だ。


ママという宝を掘り起こす


彼女は外資系企業や航空会社などで働いてきたそうだ。小気味よい切れ口の会話から、どれだけしっかりと仕事に向き合ってきたかも伺える。

今まで培ってきたその実績と信頼性、および真面目で実直な外向きの顔をもって、その上で内側に秘めた行動力を開花させれば、真に女性のリーダーとなることは容易に想像できる。

実際、彼女は教育の機会均等などに強い問題意識を持っていると言っていた。そのための支援活動などをしたい、とも。

今、話題の乙武氏がたまたま高校の後輩だそうで、そのことに話題が及んだときに彼女が言っていたのが印象的だった。

「不倫とかその道徳的なことは別にして、今回のバッシングは別の意味でマイノリティと言われている人びと〜障害のある方やセクシャルマイノリティ〜にも光を与えられるのではないか」と。

わたしも、まったく同意見だ。

世間が勝手に貼ってきた「障がい者」や「聖職者」というレッテル。それが覆されたことに、集団で拒絶反応を示して、匿名性の武器で攻撃をしかけるという構造。

そのレッテルの部分を喝破しているのだ。彼女が背負ってきたものにも通じるのかも知れない。

事象の表面だけでなく、さらに奥を見ようとする視点。2つの誕生日に翻弄されてきた経験が、そういった奥行きをもたらしたのだろうな、と思った。

そして、わたしはそこに別の光をみた。まだ気づいていない、自分の才能という光。

宝の山が、日本の「ママ」たちの中に埋もれている。それを掘り起こせば、まちがいなく新しい地平が開ける。そんな光が、見つけておくれと、チラチラ隙間からもれているのだ。





■遠藤レーコ:プロフィール


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