タイニーハウスをつくる!と宣言したら、各方面から反響が相次いだ。多くは「やってみたい!」「うらやましい!」など肯定的、共感的なものだったが、中には「大丈夫?トシを考えなさい」とか「無理だよ、危ないよ、大変だよ」という否定的なものも結構あって、 ありがとう。かえって、

燃えるっ!!🔥



東南アジアの田舎でみたもの

ところで、わたしがなぜタイニーハウスをつくりたいのかというと。

その源泉は26〜7年前に東南アジアをバックパックしていた頃に遡る。その当時、何かから逃げるようにとにかくアジアの田舎へ田舎へと旅をしていた。究極は、タイ山岳民族の村々へのトレッキング。

お椀にごはんを入れて、ぽこっと逆さまにしたような山がずっと続く景色。そこを歩いて行くのだが、実は途中の記憶はほとんどなくて、ただひとつ鮮明に覚えているのは・・・

私たち旅行者はそれなりのスニーカーやトレッキングシューズを履いていたのに、地元のガイドやポーターたちはビーサン。

彼らが食糧など重い荷物を背負っているにも関わらず、山道をサルのようにスタコラ飛んで行くのにほんとうにびっくりしたのだった。


誇り高き山岳民族たち

そんなこんなで、ガイドの後を追い、ひたすらブッシュの悪路を進んで行った先に、突然視界がパッと開けるところがある。

まさかこんな山奥に人がいるわけがないでしょ、という場所に、カラフルな衣装をまとった山岳民族たちの村があったのだ。

今ではずいぶん観光化もされているだろうけど、当時は尋ねる外国人はほんの一握り。中には、外国人が初めて来たという村もあって、なんだかとても歓迎された記憶がある。


あれ?歓迎なんてしてませんねw、逆に怖がってる!? 
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竹でできた簡素な家が並ぶ

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長い歴史を、山の中で生活してきた人々。貨幣経済とも無縁で、完全に自給自足の暮らしだった。多くの村で共通してるのは、真ん中に広場があって長老がいる母屋のようなものがある。

回りを竹でできた小さな家が囲み、広場では子どもたちやニワトリなどがのびのびと過ごしている。一緒に写っているのはクロブタだが、四半世紀を経て、今、わたしも似たようなのを飼っているのが面白い。
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朝は、雄鶏のトキの知らせと、母たちが米を突く音で始まる。だいたい外に水瓶とかまどのある台所があって、オンナはそこで料理をする。

昼間、おばあちゃんたちがお米を脱穀したりして、時間が止ったようにゆっくり過ぎて行く。四半世紀を経て、今、わたしも同じようなことをやっているのが面白い。


遠藤レーコ、めちゃ若いっ💦
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中身はほとんど変わらない💦

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簡単に直せる家

村ではたまに、家が壊れてしまうことがある。 そんなときには村人が総出で直す。基本、その辺にあるものでできているので、木を切ってあっという間に柱を立て、壁は竹を編みなおし、葉っぱを葺いて屋根にしたら、もうピカピカのリノベーションハウスだ。

村によって違うけれど、高床式のところでは床下にブタなどの家畜がいて、部屋のゴミはさっと掃けばすきまから下に落ちてブタさんたちのエサになる。

家具もほとんどない。食器も、葉っぱだったり缶を柄杓代わりに使ったり。暑いところだと、川や湖で水浴びをするが、そうでない地域ではお風呂にも入らず。でもなんだか汚いと思わないのです。

みんな、奥ゆかしいのだけど、はにかむ笑顔が可愛らしくて、子どもたちの瞳はキラキラと輝いていた。噛みタバコで真っ赤になった歯を剥き出して笑う婆ちゃんは、めちゃくちゃ怖くてかっこ良かった。


生きるチカラ

わたしは経済成長が悪いとも思わないし、衛生面や様々な側面から考えたら、日本という国はほんとうにすばらしいと思っている。

ただ、「生きるチカラ」というか、野生の生命力のようなものは、東南アジアから帰ってきて以降、現在まで日本の都会ではあまり感じられたことがない。

だから、自分自身がもう一度そこの原点にもどってみようと思った。なので手始めに、食べるものや身の回りのものをつくっている。味噌作りや米作りもその一つだ。

食はどうにか自給のまねごとは始められた。衣についても、全部ではないにしろ、マフラーをつくったり、毛糸を紡いだり、染め物をしたりとどうにかスタートに立てている。

では、住は??


でっかい模型と思えばできる

わたしは、日本で、この家をつくるという最高にクリエイティブで根源的な活動が、専門家に奪われてしまっているのが残念でならない。しかも、工業的に大量生産された部材を組み立てるだけのものが、果たして住み手の感性を育むのか、はなはだ疑問だ。

あの、東南アジアの人たちがつくる家は、簡単すぎるけど、道具の使い方や竹の編み方を教えてくれる。みんなで協力する楽しさももたらしてくれる。

そう、わたしは本当は広場を囲んだ、あの竹の家をつくりたいのだ。

だけど、残念ながら富士見町は冬は氷点下10℃にまでなるから瞬間凍結だ。それに、都市計画区域内という不思議な法律が適用されている「おマチ」でございますので、それは難しい。

なので、せめてタイニーハウスを作って、家をつくることを自らの手に取り戻したいと考えた。ってか、逆に難しいような気もするが。

柱があって床があって、壁と屋根がある、三匹のコブタのような家。うん、何かできそう。笑

まずは、家のイメージと模型つくり、そしてみんなが集まって笑顔で作業している妄想から始めよう・・・


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