遠藤レーコが行く!八ヶ岳あたふた移住ライフ

女はり灸師、2011年五十路を目前に八ヶ岳の西南麓、信州富士見町にワンニャンと単身移住しました。東京武蔵野の実家と行ったり来たり。田舎暮らし・DIY・多地域居住・からだ・野草ハーブ・自給自足、これから作ろうと思っているタイニーハウスなど、にぎやかな暮らしをイラストや写真とともにお届けします。

2016年04月

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以前購入したこの本を、またぱらぱらめくっていたところ、人気ブロガー、名刺の達人こと「高木芳紀さん」が書かれたコラムに『恩送り』ということばがありました。 

『恩送り』という言葉に近い概念かもしれません。すなわち、自分がこれまでに受けた恩は、必ずしも受けた相手にお返ししなくてもよい。

むしろ他の人に(できれば少しでも大きくして)送っていけばよい、というものです。わたくしのまわりで、事がうまくまわっている人をみていると、ものずごくそれを感じます。


ふむふむ、恩返しではなく恩送り。耳にされた方もいることと思います。そこで、wiki先生にご登場いただきました。
「恩」とは、めぐみ、いつくしみのことである。

誰かから受けた恩を、自分は別の人に送る。そしてその送られた人がさらに別の人に渡す。そうして「恩」が世の中をぐるぐる回ってゆくということ。

「恩送り」では、親切をしてくれた当人へ親切を返そうにも適切な方法が無い場合に第三者へと恩を「送る」。恩を返す相手が限定されず、比較的短い期間で善意を具体化することができるとしている。社会に正の連鎖が起きる

江戸時代では恩送りは普通にあったと井上ひさしは述べている。
実際、例えば『菅原伝授手習鑑』などにも「恩送り」という表現は見られる。


難民の人たちに、逆に教わった

私が20代の頃、東南アジアを数年にわたりバックパックしていたことは何度か書きましたが、その時、どれだけ現地のヒトたちにお世話になったか。

特に、タイ〜ミャンマー国境付近の難民キャンプでボランティアをしていた時は、難民のヒトたちに助けられっぱなしでした。彼らは、自分たちの食べ物でさえままならないのに、客人をもてなす心をしっかりと持っていました。

竹でできた家は隙間だらけ。家具も、食器もほとんどないけど、私たちにごはんを食べさせてくれ、ときにはお酒まで振る舞ってくれたのです。

ニューカレドニアでも、モンゴルでも、オーストラリアの内陸地でもそうでした。助け合いの精神が残っていたのでしょう。

私はもちろん、通りすがりの旅人に過ぎません。でも、その地から動くこともままならない彼らにとっては、外からの便りを運ぶ風でもあったのでしょう。

まだオーストラリアからの郵便が日本に届くまで1週間以上かかる時代でした。だから、私が去る時にはどんなところでも本当に名残惜しんでくれました。

わたしは、言葉とかそんなものを超越した、大切なものを教わったように思います。
 

直接は無理だけど、、

そんな経験から、この受けた恩を何らかの形で還元したいな、と思うようになったのです。当の本人達には直接はお返しできないかもしれない。でも、別の形でご恩返ししていこう、と。

数秘術でみてもらったとき、こう言われました。『自分の中にあるものをみんなに循環させたい』人ですね、と。そうなのでしょうね。自分も、人も、みんな豊かで良い、とはっきり思っていますから。

『恩送り』

受けた恩も、お金も、人とのご縁も、すべてエネルギー、気です。おおもとは無限なのです。これをどんどん循環させることが、気の巡りを良くする、ということでもあります。健康の源ですね!

久しぶりに、当時お世話になった方々の顔がたくさん浮かんできました。彼らを思いつつ、今日も恩送りをして循環させよう、といました。

(2014.4.17のアメブロ記事を加筆修正しました)



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ブログ開設1ヶ月を経て、書くことも慣れてきたし、楽しさもわかってきた。 本当に少しずつだけど、PV(ページビュー:ブログが何ページ見られたかの数)も上がってきてる。

友人・知人からの「面白いよ!」「すっごく楽しみにしてる」「うんうんそうだよね、って読んでる」など、反応もチラホラ。だけど、本当にこのままのスタンスで良いのかしら?という思いが出てきたことも事実です。

文体もバラバラ、内容もあっちゃこっちゃだし、書くことのエネルギーがポジティブに循環してるのか?


涙がでるなんてびっくり!

そんなとき、たまたま読んだブログでなぜか涙がでたのです、わたくし。

内容は、
ブログマーケッターJUNICHIさん

お二人の対談レポでした。 
 

ここに共通するのも、書くことで相手にどうなってほしいのか。
読んでくれた方に、どんな風に喜んでもらいたいのか。
それがハッキリしていると自然と読んでくれる人は増えて行きます。


もうひとつがこちら。
Love Wife Life
「ブログで人生を変えたいならココに来い!!」と言われて行った「JUNICHI × 落合正和 ブログ運営ディスカッションセミナー」。 ブログで人生変えられると本気で思えた! 2016.04.04  
セミナーの内容がどれだけ良かったか、どんな内容を話してくれたのかについて書かれる人は他にもいると思うので、僕は違う目線で書いておきます。

次の開催があるのかは分かりませんが、気になってた方は次の機会にぜひ行くことをおすすめするとだけ言っておきます。(多分もうないんじゃないかとも思ってますが)

それぐらい素晴らしいセミナーだったんです。

今回のセミナーのテーマは「ブログ愛」。その陰に隠れてもう一つのテーマは「本音」だったように思います。

そんな風に感じ取った人たちもたくさんいるはず。

お二人のレポから、対談された落合さん・JUNICHIさんは、「ブログへの愛に満ちていた」ということが伝わって来ました。さらに、「本音で書いている」ということも。

それって、普段からの物事に対する取り組みが表れてるのね、となんだか「じわ〜っ」。ブログ運営者や教える人は星の数ほどあれ、わたしがそこまで感じる人は、少ないのです。

で、思わずつぶやいたのがこれ。

わたしは表面的な美しさには興味がない。長い長い年月を経て石のようになったおばあちゃんとか、今にも朽ち果てそうな小屋とか、そういうものに美を感じます。そこにウソがないから。

でも、1ヶ月書いてきて、自分の言葉はどうかな、と振り返ったときにやっぱりまだ何かが足りない、と思っていたのです。

PVをあげようとか、記事数をかせごうとか、どちらも大事だけれど、もっとあるんじゃない?と。


そうだ、愛と本音でしょ。

だからブログ記事を読んで、ハッとさせられたのでしょう。

愛と本音、忘れてないか?
言葉にちゃんと乗せてるか?


なんというか、ガツン!!!

で、考えました。どうしたら良いだろう。記事数を書くことを今月の目標にしていたけど、そこにあまり意味は無いかも知れない。

何年かして、自分の過去の記事を読んだときに恥ずかしくないものを書かなくちゃ、イヤになるでしょ。

どうしよう〜。

そうだ、自分のブログ、ことばをとことん愛そう。そのために、借りているドメイン(ネット上での住所のようなもの)ではなく、まず独自のドメインをとろう!

というわけで、ワードプレスで書くことにいたしました。これには、少しばかりの金額も発生します。


タイニーブログの新築です

ライブドアの無料ブログがいわばただでお借りしている家だとすると、ワードプレスは「土地を買ってそこに自分で家を建てる」ようなものです。

もちろん貸家が悪い訳ではないけれど、自分のスペースであれば、何か壊れたときに自分で直さなければならないように、ブログの構築も手入れも自分の責任です。広告を入れるのも入れないのも自由。

だから、ワードプレスにすることで、発信する意図がクリアになると考えたのです。で、さっそくJUNICHIさんが無料で提供してくれているE-bookをダウンロードさせてもらって、構築し直しています。

ただ、わからないことだらけ!なので言葉からのおべんきょ。
プラグイン、HTML、ウィジェット、、、何語〜〜〜!??笑

でもワタシには強い味方がいます。ご近所のセラピストでありプログラミング講師のMahana アロハタロット×ボディーワーク竹下麻由先生。全面的にご協力いただき、デザインから、記事が書けるところまでなんとかこぎつけました。

そうはいっても、まだまだ慣れるまで時間がかかるのと、記事の引っ越しなどもあるので、当面はこちらでも更新していきます。

でもね、嫌いじゃないのですよ、実は。高校のコンピュータの成績は散々だったけど、何かアレコレいじって形になるのは面白い。いつもなら夜10時頃にはぐるぐる眠くなるのに、深夜2時3時までやってしまうこともしばしば。結構楽しみながら悪戦苦闘してます(←M?)。

なので、もう少しメドがたちましたら新築ブログ(笑)のアドレスもご紹介いたしますので、その節は改めてよろしくお願いいたいします。

【こちらもどうぞ♪】
 ブログを始めて1ヶ月、人生を遊ぶ最強のツールです♪ 
 ブログを書いたら、元気になるという不思議
 ブログを書き続けるための「書き体力」をつけるには



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ライブドアでブログを始めてちょうど1ヶ月。毎日欠かさずに書き続けたことは今までなかったので、まずは自分に拍手です!これもひとえに、お読みいただいている皆さまのおかげ。本当にありがとうございます。

それにしても、ブログ効果おそるべし!1ヶ月書いてみて、いろいろな発見や喜びがあることが分かりました。たとえば日常の「あんなことこんなこと」、なんでもネタになるのです。お笑い芸人の気持ちがわかりますね〜。


こうしてツイッターを利用することで、思いついたことをすぐに文字化して記録できるし、本当に日常の小さなことにも気づくようになったことは自分でも驚きです。

わたしはもともと向田邦子さんが大好きでよく読んでいました。さりげない暮らしの風景、普通だったら気にもとめないようなことに光を当てて、それを飾りのない文章で表現することにいつも驚きを感じます。

それが、ブログを書き続けることで、「日常の小さなことを発見する」喜びだけは分かるようになったのです。

もちろん未だに、そして恐らくこれからもずっと、どうやったらあの美しい文が書けるのかはナゾですが、作家の日々にちょっとだけ近づけたような気がするのには一人ご満悦♪ 

写真を撮る方はこの感覚、よくお分かりなのではと思います。カメラで切り取る風景って、また格別のものがありますよね。全体の中の「個」に焦点を当てて、主役に仕立てる。人間関係にも通じますね、こういうことって。

かくいうわたしも、Iphone6plusにしたら画像がスンバらしく良いので、めっちゃ撮ってます(このあと、コーヒーを撮ろうとして夢中になってこぼした。お店の方、ごめんなさい汗;;)。

独自の路線をいこう

また、自分で書くようになって、色んな方のブログも読ませていただくようになりました。

やはり、わたしが好きなのは、自分がどう感じて、どう思うか、ということを一生懸命ことばにしようとする人びとです。 ブログに限らず、FacebookやTwitter、Instagramなどでも同じです。

これはもう、本当にその人が出る。どんな意図でやっているかが丸見えです。なので自分も、もっともっと意識してことばや写真、空白、絵、など選択していかないと、と思います。

それに、これは余談になりますが、アフィリエイトという、ネットでのビジネスもよく理解できました。これは、自分で売りたいものの感想記事を書いて、その商品のバナーを記事内に埋め込み、クリックして購入してもらうと一定のマージンが入る、という仕組みです。

上手な人は本当に上手です。月に数百万円稼いでいるということも耳にします。そういう人たちは、検索サイトでヒットするようなキーワードをタイトルや本文に散りばめるなど、テクニカルなものを駆使して、読んでもらうための工夫を欠かしません。

それはそれでとても参考になるので、純粋に尊敬しています。

ただ、常に人より先んじなければならない、というような強迫観念みたいなものも感じます。なので、痛々しい印象を受けてしまいます。

それに、わたしはそういうやり方はできないし、やっぱり独自の路線をいくしかありません。

ラクガキは最強の遊び道具

そこで出会ったのが、ラクガキ。ま、かっこ良く言うとイラスト、ですが。これが すごい効果を自分自身にもたらしてくれています。 いや、昔かららくがきなんて三度のごはんより身近だったのですが、こうして表現するなんて考えてもいませんでした。

おかげさまで、「ブログ×ラクガキ=人生を遊ぶ最強のツール」という式ができあがりました。こんな楽しいおもちゃが手に入って最高です。なので、これからも(更新頻度は毎日ではないかもしれませんが)、ず〜〜〜〜っと描き続けます。

もし、まだ始めていない方で、ご自分でもやってみたいということであればご相談下さい。ぜひ、ご一緒にヨタヨタしながら世界に発信していきましょう。楽しいですよ〜っ!!


【こちらもお気軽にお立ち寄り下さい】

八ヶ岳のあたふたライフを、らくがきで描く「八ヶ岳らくがっきぃ」が始まります。少しずつ登場人物などを紹介しますね! (今どきまだ手描きですよ〜!涙)

本日は、
【庭番忍者・黒田ベニ丸】
遠藤レーコの元上司。2年前に38年勤めた財団法人を早期退職。この春、東京から八ヶ岳に移住予定です。

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京都大原の古民家でハーブを栽培したり、ステキなスローライフを送っているベニシア・ローレルさんの向こうを張って、八ヶ岳のベニシアになると意気込んでいます。ただし、植物の知識まるでなし。 

たべものが大好き。旅などで、どこかに行ったときには景色などは覚えておらず「何を食べたか」だけしか覚えていない。

歩いていてもほとんど何も注意していないが、高速で移動中たべものの看板だけは読むことができる素晴らしい能力の持ち主。  

武器は手裏鎌だが、使いこなせていない。忍び歩きも苦手でドスドスしてしまう。

好きなもの:食べもの、スヌーピー、長靴下のピッピ、赤塚不二夫


【供の者・バジ助】
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巨猫。忍者ベニ丸が飼う猫は、なぜか巨大化する傾向がある。先代クロードも8㌔、バジ助も7㌔はゆうに越えている。特技はたるんだハラで床掃除をすること。

高いところから飛び降りるときには「ドッスン」と音がする。カラダはでかいが、声は「にゃっにゃっ♬」とめちゃかわいい。臆病なわりには好奇心旺盛。

また、自分のカラダのサイズを認識しておらず、狭いところに入り込むのが大好き。
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どちらもはっきり言って素質ゼロですが、忍者になりたいという当人たちの強い要望によりますので、そこはご愛嬌ということで。

どうぞよろしくお願いしま〜す。



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母の末妹である叔母が、3月の終わりに桜とともにあの世に旅立った。そのせいか、ここ数日いろいろと昔のことを思い出していた。
 桜とともに旅立った、桜のような叔母

母や叔母が育った生家は米屋を営んでおり、二人は8人姉弟の長女と末っ子の間柄だった。祖父はわたしが生まれる前に亡くなったそうなので、叔母にしてみればずいぶん子どものときに父親が他界したということなのだろう。

それもあったのか、母はこの叔母のことを人一倍気にかけていた。

祖母が他界したときに母が受け取るはずだった結構な額の遺産を、当時まだ家を持たなかった叔母に譲ったりとか、叔母がカナダに留学したときに何がしかの資金提供をしたりなど、かなりの援助をしていたらしい。

その頃、わが家は父親の仕事が変わり、4人の子どもの教育費も相当かかって家計は火の車だったはずなのだ。

現にわたしも内職を手伝っていたし、私学の小学校は学費滞納で転校直前の状態だった。お小遣いをもらった記憶もあまりない。中学は給食のない学校だったが、お弁当を作ってもらうこともなかったのでいつもパンを購入していた。

自分が守るべき家はそんな状態だったのに、母は叔母にはいつもいい顔をしていた。叔母はその後、都内に一戸建ての家を購入し華やかな暮らしをしていた。

10代だったわたしは、母にも叔母にも腑に落ちないものを感じて、それ以来叔母と会うことは少なくなっていった。


片づけのできない女を母に持つこと


母方の祖父は、生前かなりの事業家だったらしく、母が若い頃は小豆の先物取り引きなどで、景気よくやっていたとのことだ。母親もその手伝いをして、大きなお金が動くことを目の当たりにしていたらしい。

詳しい話しはあまり聞かなかったが、育った環境も影響しているのか、母はどちらかというと家庭に入るより、外にでかけることの好きな人だった。

一時は司法書士事務所で仕事をしていたのだが、家のことより数字を追いかけている方がよほど楽しかったのだろう。家事はほとんど放棄状態だった。

片づけのできない女でもあったので家はいつもモノであふれかえり、食事も用意されることなく、中学生のわたしは家に帰るのが本当にイヤだった。

家計も家庭もちゃんとできず、でも近所のコミュニティセンターに行ってはタバコをふかしえらそうにしていた。寿司屋に行けばアワビを頼み、他のお客にふるまうような人だった。

小さなことをさも大変そうに言い、「無理だよ、できっこないよ」が口癖で、子どもたちはどれだけ芽を摘まれてきたことだろう。

そんな母を理解できるわけもなく、わたしは母がずっと嫌いだった。顔を合わせれば、いつも文句を言っていた。自分で稼げるようになると、わたしは家から離れたくて、オーストラリアに逃げるように出国した。


父の、そして、母の介護


帰国後も両親はしばらく元気だったが、数年もするとそれなりに病気がでてきた。父はわたしが37才のときに脳出血で倒れ、以来、車いすから寝たきりの状態になった。

そんな父も、倒れてから10年後、静かに息を引き取った。ずっと介護をしていたわたしは、もうこれで家での役割は終わったと思った。

だから、実家をでて長野県に仕事と家を見つけ、一人移住した。もう、実家には戻らないつもりで。

しかし、あれだけ偉そうにしていた母も、父の介護中からリウマチを患い病院通いが続いていた。実家には未婚の姉もいたので、当然母の面倒を見るだろうと思っていた。

だが、この二人は最悪に相性が悪かった。

身体の自由が利かなくなった母に、姉は幼い頃の復しゅうでもするようにキツく当たるようになっていった。帰省するたびに母から姉の愚痴を聞かされ、泣かれた日にはさすがにわたしも面倒になった。

結局、平日は実家で、週末だけ八ヶ岳にもどるという二重生活を始めた。

ディサービスや病院への送り迎え、着替え、トイレ、入浴介助。枯れ木のような母は、軽く折れそうだった。不思議なもので、男親の下の世話は案外抵抗がないのだが、女親はなかなか難しいものがあった。


理解はできないけど存在はする


父親のときも含めて10年以上にわたる介護生活に、さすがにわたしもイラ立つことが多くなってきた。姉とのこともあり、「何でこんなに親に縛られなければならないのだろう」という思いがどんどん大きくなって、「早く死ねばいいのに」と心の中で何度もつぶやいていた。

普段から言葉も厳しく、声を荒げてしまうことも多くなっていった。ある時、わたしが必死に貯めていた100万単位のお金を(もちろん母名義だが)、無断で内装工事のために使ってしまうことがあった。

さすがに切れまくったわたしは、大声で叫んでいた。
「てめえ、ふざけるんじゃないよ、クソばばあ死んじまえ!」と。

かなりの時間、暴れまくった。モノを投げ、罵倒し、壁を蹴り…

疲れ果てて部屋に戻った時、何かがストンと落ちた。たまっていたものを吐き出したことで、何というか母親の生きてきた道を、受け入れられたような気がしたのだ。

そのあとしばらくしてからわかったことがあった。「理解しよう」としていたことが間違っていたと。

理解はできないけど、存在はする。そういう人種が世の中には山のようにいるのだ。というより、もしかして他人なんて多かれ少なかれ、そんなものなのかもしれない。

それ以来、わたしは母親を、母親としてではなく一人の昭和を生きた人間、と思えるようになっていった。


死んじゃえ、と思ってもいい


今、介護まっただ中の人は、ことばにできないことや、イライラすることもたくさんあるだろう。心の中で「死んじゃえばいい」と思って自分を責めることも。実際わたしもそうだった。

あの時、言葉をぐっと飲み込むこともできたかもしれない。だけど、爆発したおかげで、間違いなくわたしは救われたのだ。

だから、せめて自分をほめて欲しい。「良くやっているね」と。恐らく誰も言ってくれないから。

そして、心の中で「死んじゃえ!」と何度でも叫ぼう。さらにエアでなら、坂道の上から車いすの手を離しても大丈夫。ただし、エアですよ。笑

それにできたら、何らかの方法でちょこちょことガス抜きをして欲しい。

わたしは現在は両親の介護も卒業し、自由にやらせてもらっている。が、桜の散るこんな季節は特に、ヒリッとするような痛みとともに、父や母を連れて花見をしたことをしみじみと思い出す。


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わたしは子どもの頃からモノづくりが好きだった。何か工夫したり創作することは、自分を語る上で書かせないキーワードでもある。

小さいころは、父親が何でも作る人だったので、その傍らで木のかけらなどを積み木がわりにあそんでいた。

中学生頃になると、そろそろオシャレにも興味が出てきたので、Gパンに刺繍やパッチワークをしたり。ミシンにもトライしたけど、ズボンの裾上げで、間違って同じ側を2度上げてしまってからは、洋裁・裁縫系はどうも苦手だ。

でも、アジアの布などが大好きで、学生のときにはろうけつ染めをやっていた。

絵を描くことも昔から好きだった。油絵は20年以上続いている。

基本、何もないところから形になることや、何かに手を加えることで別のものとして生まれ変わるとか、そういうことが楽しくて仕方ない。


インディアンフルートは愛を届ける


去年、神奈川県の藤野でインディアンフルートを作るワークショップに参加した。楽器作りは初めてだったからか、あまりにも楽しくて「楽しい〜楽しい〜♬」を連発していた。

そして、なぜそんなに楽しいのかを、作り方を教えてくれたガイネさんと話した。
祖先たちは昔々そのむかしから、すべての道具を作ってきた。それは、食べ物を得るためだったり、雨風をしのぐ家を作ることだったり。

つまり自分たちが安心して暮らすためのものだ。

動物は、安心できる、ということが「快」や「楽しい」につながるし、それは今を生きるわれわれのDNAにも刻み込まれている。

モノツクリは祖先から受け継いだ原始の血がよろこぶ行為だ。特に素材が木や紙や布などの自然のものだったらなおさらだよね。

しかも、作ったのは楽器だ。「楽しい器」だ。

インディアンフルートは、通信手段もなかった時代に、遠くにいる愛しい人に、風に音をのせて想いを届けるためのものだった。

くうぅぅ〜〜〜〜〜〜っっ


家は「癒え」、すべてを癒やすところ


さらにわたしはこうも思う。
自分とは、その血を脈々とつないでくれたすべての先代たちの集合体である。

このブログを書くことも含め、何か道具やモノを作る行為で自分を楽しませることは、祖先からの血も楽しませている。つまり、

モノツクリは、祖先の供養』でもあり、時空をへて、祖先とともに生きることなのだ。

中でも、小屋を作るというのは、その究極の行いだと思っている。いにしえより、ずっと祖先たちが行ってきた、身内を守るための小さな家。

何の計らいかは知らないが、わが富士見町には縄文遺跡や縄文の土器が展示されている井戸尻考古館もある。

八ヶ岳周辺は、縄文の時代から、祖先たちがイキイキと暮らしていた地だ。土器をつくり、服をつくり、暮らしをつくって生きてきた。

その地にわたしも小さな家をつくる。

いえは癒えるにも通じる。
家をつくることで、ひとが癒え、土地が癒え、祖先が癒される。

それは、すべての祖先に感謝を捧げる行為でもあるのだ。



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▶︎タイニーハウスを作りたいわけ③親の家を片づけて
 



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こんなコンテストがあるそうです。
 女子が作った小屋コンテスト2016

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なんだか面白そう。

主催しているところは長野だし(何の関係があるかは不明)、夢の小屋部門は「これから作りたい空想・妄想の小屋、憧れの小屋など」ということらしい。

ということは、どんなに妄想してもよい、ってわけね。むふふふ。

全国の小屋つくり女子にも会えるかも知れない。これは、応募しない手はないでしょ?

みなさんも、こんな小屋作りたいとかあったら教えてください。ステキなアイディアは、一緒に作ることも含めて検討させてください。コメント欄にお願いします!

そんで、コンテストの賞金10万円は、「小屋作り女子塾」の資金にさせていただいて。。。

と、すでに妄想は始まっている。。笑
なんだか、楽しくなって来た!!




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7年に一度の諏訪大社、御柱のお祭りがいよいよ始まりました。といっても、わたしは現在東京なので、現地の友人・かずっち記者が中継してくれています。



今日は、山から曳いてきた巨木を急坂から落とす「木落し」の日です。

昨年、坂の上から下をのぞきましたが、ほぼ垂直、崖のように感じます。ここを大木に乗って落ちて行くなんて、諏訪ピープルCrazy!!!だと思いました。

でも、ホントにやってるんですね〜。笑


7年に一度の天下の大祭


御柱祭は、諏訪にある諏訪大社上社、下社でも一番重要な祭事です。

以下、正式サイト『御柱祭より引用させていただきます。
 樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、 里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、 諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。

 御柱祭という神事を司る諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社であり、国内にある最 も古い神社の一つ。諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持っています。まず上社と下社に分かれ、諏訪市に上社本宮、茅野市に上社前宮があり、下諏訪町に下社春宮と下社秋宮があります。ご祭神である諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、東国第一の軍神として坂上田村麻呂や源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。

 室町時代の『諏訪大明神画詞』という文献によれば、平安初期に桓武天皇(781~ 806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と御柱祭についての記録が残されてい ます。起源については諸説様々ありますが、縄文時代の巨木信仰という説もあります。

 御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木。柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)の柱を地区ごとに担当します。御柱祭にかける氏子の情熱は、昔も今も変わりありません。日本人の熱いエネルギーの高ぶり、神聖な熱狂にあふれた稀少な祭りといえるでしょう。



 

モミの巨木である御柱を山から下ろして、上社・下社の4社、新らしくなった宝物殿まわりに建てるとのこと。

かずっち記者情報によると、本宮一の柱が一番太くて長いらしい。つまり、一番えらいということですね。
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ちなみに友人の所属は、本宮三之柱。旦那さんは煙を出すお役目だそうです。笑 

諏訪の男たちが熱く燃える時ですね〜。



今回の山出し〜木落しは見られませんでしたが、たまたま高校の友人の実家が上社の氏子だそうなので、5月の里引き(神社までの道を、人力で曳く)のときには間近で見られそうです。

実況報告いたしますね!

それにしても、こんな素晴らしい祭事が残るお膝元に住むことができて幸せです。地元富士見町ももちろんですが、諏訪地方に残るお祭りや言い伝えなど、もっともっと知りたい!

諏訪大社上社(本宮、前宮)、下社(春宮、秋宮)も素晴らしいところです。地元の諏訪大社小宮さんも、ひっそりとたたずんでいて、落ち着きます。
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それに、もののけ姫にでてくる「乙事主」は、富士見町にある乙事という地名からとられている、とも言われています。宮崎監督の別荘が町内にありますからね(わたしも以前、乙事に住んでいました)。

観光では知り得ない、隠れたすばらしいところもどんどん紹介したい!!
少しずつアップしていきますので、どうぞお楽しみに。



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皆さまはブログもしくはそれに変わるようなものを書いていますか?

わたしは、3月7日からこちらのライブドアさんでブログを書き始めて27日目。今まで50本の記事を投稿しています。

紙に書いていたラクガキが自分の気づきになっていたように、ブログを書くことでアタマの整理にもなるし、自分の考え方をアウトプットする絶好の練習の場となりつつあります。

しかも、読んで下さる方からの反応も出てきて、とてもうれしいです。

ただ、絶賛試行錯誤中なので、文体は変わるし、記事の内容もバラバラで読みにくいかもしれません。

でも日常の生活と一緒で、だんだんと見えてくるものだと思っています。なので、新年度、新しい生活を始めたばかりの「遠藤レーコの家」を尋ねてみた、くらいの感覚でお越しいただけたら幸いです。


イケハヤさんの目を通じて高知の限界集落から世界を見る


ところで、わたしがブログを書く上で一番参考にしているのが、トップブロガーで現編集者のイケダハヤトさん。

若干29才の彼は、ブログツイッターなど、さまざまなメディアを使って自分の意見を発信しています。ブログのタイトルは『まだ東京で消耗しているの?』。挑戦的ですね〜。

現在は高知県の限界集落に家族と移住して、新しいリアルビジネスを展開しようとしています。

いろいろ言う方もいますが、わたしは彼のファンで次はどんなことをやるのかな、といつもワクワクしながら読ませていただいてます。

ネットで売り上げた収益を、時間がかかるリアルビジネスに回していこうという考えが面白い。限界集落から世界へ!ですよ。 新しい社会を作り上げて行く旗手のひとりですね、間違いなく。 



自分で表現する方が癒される 


で、今朝彼のブログにこんなことが書いてあって、なるほどと思いました。 
ブログ執筆は「息抜き」です。と言えるブロガーは最強。
 
 
みんな「がんばって」ブログ書いちゃってるんですよね。

理想的には、ブログ執筆を「息抜き」にすべきなのです。
その方が続きますし、結局、いいものが生まれます。
なんでもそうですが、力み過ぎはダメですね。
ぼくは仕事に疲れると、ブログを書くんです。
「それ、余計疲れるんじゃない?」と思われるかもしれませんが、
ちゃんと癒されるんです。
自然とか映画とか本を単に「鑑賞」するより、自分で何かを「表現」する方が癒される。
これは多くの人に通じる、一般論だとも思います。

わたしも最近ブログ書くことが楽しくて仕方ありません。 表現することはもともと好きだから。というより、何か作ること、創作ですね。ブログは一つの創作の場でもあります。             

ただ、どうしても「読んでもらおう!」とか思って力が入りがち。なのでイケダさんの言うように「息抜き」くらいのつもりで、もっと気楽にやった方が自分も楽しい。

おそらく、わたしの特長はある意味の軽さ、スピード感でもあります。 次から次への玉手箱、のような。それを生かして、どんどんアップしていきますので、ご自分にフィットしたものを楽しんで下さい。

うちに来て、今日はこの場所!と思ったところでお茶を飲む、みたいな感覚で。 それがリビングのときもあれば、アトリエのときもある、庭でのびのびとお茶をすることもある。

そんな感覚でいいのじゃないかな、と。

だって、ブログって本当に自分だし、わが家でもあります。だから、心地良く整えて、リッラクスしていたい。 書くことで自分も元気になって、さらに来てくれた方も元気になってくれたらうれしい。

すばらしい相乗効果ですね♬

ただ、大好きな写真などは少しちがう場所でアルバム的に作っていこうと思います。 自分の中のアーティスト魂を満足させるためのものです。笑

こちらでやっていますので覗いてみて下さいね   Tumblur "RaysDays"


【関連】
ブログを書き続けるための「書き体力」をつけるには
なんと!ケベックにもこのブログが届いていましたよ♪




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最近ちょっとご無沙汰ですが

ササッと仕上げるクロッキーも
好きだけど、しっかり対象を
見つめて描くデッサンも楽しい

モチーフとどこまで共振できるか?

途中の苦しみは大きいし、
それに、見れば見るほど
まだまだー、って思うけど、

でも、できた瞬間はなんとも言えない



そうなのだ

上手を目指すのではなく、
いかに「自分であるか」・・・

描くことで、
自分に問うてるこの頃なのだ




(※以前書いたものを加筆構成しました)




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最近、ブログを真剣に書き始めていろいろと周辺を研究していますが、とても気になるのがInstagramをFacebookと同じ感覚で使っている人。

メディアの質が違うのだけど、その辺が曖昧になってしまっている。Instagramは写真で訴えかけるのだから、説明より何より一瞬で人の心に飛び込むものでないと意味がない。

普通に使っている分には大丈夫だけど、商用目的で何でもかんでも自分を拡散するためだけに使っていたら、見抜かれます。

その点、この人の投稿が大好きです。石川県でキイチゴ星というユニットを組んで音楽活動をするkitonoteさん。

さすが音楽を愛する人だけあって、文章もステキなのだけど、写真にも物語がある。

彼女の奏でるピアノひと音ひと音に、優しさとおなじくらい厳しさも感じるのは、普段から自分の思いとそれを受け取る聴衆との共振をつぶさに受け止めているからなのでしょうね。

真夜中の彼女の投稿を見てそんなことをぼんやりと考えていました。 

tomomiさん(@kitonote)が投稿した写真 -




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どうやら、茨城県つくば方面でも、タイニーハウスビルドの胎動が起きているようです!?先日この本を図書館で借りてきたという記事、
タイニーハウス、始めの一歩♪

を書いて、FBにアップしたところ……

さっそく友人からコメントが。

「つくば図書館にもから、僕も借りてみま〜す。」
ご本人は、いま、鎌倉からつくばに単身赴任中。なので、この週末、奥さんであるわたしの友人が行ったら。

もう、借りてた!!!

この前にも、友人♂からコメントがあったし、どうやら気になるようですね。そりゃ、おっきなオモチャですから、男子としてはやってみたいと思います。

こんな感じで、気楽にタイニーハウスを、お互いに手伝いながら作れたら最高ですよね。日本でも、ムーブメントが起きるように、全部情報公開してきますね!

でも、夢中で写真撮るのとか忘れそう。。。



今もくろんでいるのが、こんな感じ

 
Keva Tiny Houseめっちゃ可愛い!!
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この、コブハウスも気になる。3万円でできたそうです。
250-cob-house
pic:THINK FUTURE


よくのぞいているサイトはこちら
TINY HOUSE SWOON
TINY HOUSE TALK
TINY HOUSE GIANT JOURNEY




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実家にもどっているので、近所の友だちとベーグルを買ってお花見に行った。けっこう肌寒く、外での花見はほとんど瞬間、あとは友だちの家でずっとお喋り。

彼女たちの住むマンション近くのベーグル屋さんは、正統な作り方をしている日本でも数少ない、ホンモノにこだわったお店だそうだ。

根っから真面目でホントに美味しい。

4人のハハと9人のこども。わたしを入れたら総勢14人がワイワイと集まって、それでなくてもにぎやかなのに、ある意味カオスだった。

わたしは独身だし、子どももいないのでハハ友ができるなんて今までに無い経験だ。

だから、ご縁があって、これまで知らなかった世界の話しが聞けるのはめちゃくちゃラッキーだ。

子どもたちは可愛いし、こちらが真面目な話しをしようとした瞬間に、粘土遊びをしていた娘が自慢げに「ほら、うんこだよ〜」とか。あるある。笑

下は3才から一番大きい子で小学校6年生まで。それぞれの遊び方が興味深い。

男子、小4〜小6はずっとゲーム。女子は、それぞれの部屋で好き勝手やっていた。将来がかいま見える。女子は、オトナになってもハハたちと同じで人の話しなんて半分も聞いちゃいないだろうな。
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ハハたちも、30代1名、40代3名、それに50代わたし、とバラエティに富んでいた。

彼女らの話しを聞いて、わたしは、それぞれの人生というドラマが根っから好きなのだなあ、と思った。イラストを入れて、何冊も本が書ける。「家政婦は見た」、が受ける理由がよ〜くわかる。

育った地域も環境も違う人たちが、特定の人を介して集まる不思議。キーパーソンは、2年前、あるセミナーをきっかけに仲良くなったRちゃんだ。

偶然、同じ駅の向こうとこっちに住んでいて、誕生数秘が二人とも11、頭文字がR。

うちはアメリカンコッカーが2匹、彼女の実家にもアメリカンコッカーがいるので、親近感を感じた。

双子とその下にもう一人、3人のハハだ。何だか気の置けない人柄に、しょっちゅう遊びに行かせてもらっている。回りの人たちもきっとそうだ。彼女の家はママ友のたまり場だ。

八ヶ岳にも来てくれたことがあり、「今年はどれくらい滞在しようかな〜」と言っていた。お掃除とごはんやってくれればいくらでもどうぞ♪

わたしもどちらかというと回りに人が集まりやすいので、R×Rでいろんなつながりができたら面白い。


子どもの教育から宇宙の真理まで

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ご多分にもれず、話題はあっちこっちに飛びまくる。

わたしの同年代と違って、みんなまだ子育て中なので、教育、家、ママ友、今までの仕事のことや、果ては、精神性から宇宙の真理にまで話しは及んだ。

「時間が存在していると思うのは、錯覚だ」
「身の回りの現象は、すべては思い込み、自分が作り上げている」とか…

それにしても、みんな同じ空間で同じ話しを共有していたハズなのに、最後に何が一番印象に残ったかということになったら、全員が違うことを上げたのもとても興味深かった。

いかに、まったく違うものをみているか、がよく分かる。結婚生活においてはなおのことだろう。

人間関係の問題はコミュニケーションの問題に尽きると思うが、こういう経験をして「人は同じものを同じようには見ていない」と分かればうまくかわせる。


二つの誕生日を生きてきたひと

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この日わたしの一番の関心は、Mさんの誕生日が戸籍上と実際とで違うということだった。学校のことなどを心配した親が、親切心から学年をまたぐように戸籍の誕生日を2週間ずらして申請したそうだ。

それを知ってから彼女は、星占いでみたときにまったく異なる二つの資質の間で悩んできたという。

『戸籍上』は、真面目で慎重。反して『実際』のそれは、思ったことをすぐ行動にうつせる、エネルギッシュなもの。

これまで、『実際』の資質で生きたいのにそれがなかなかできず、ずっと『戸籍上』で生きてきた、ということだった。

知らなければ問題なかったであろうことを。。それも『戸籍上』の資質が影響しているのだろうか。

でも、どちらも本当に受け入れてしまえば楽になる。人間なんて、場面で顔を変える生きものだ。

TPOに合わせて、うまく使い分ければ良い。どちらもいいとこ取りすれば良いのだ。そして都合が悪くなれば、反対の誕生日のせいにしちゃえば問題ないのだ。そんなこと、実は、誰も気付きません。

もしそれが難しいとしたら、それは誕生日のせいではなく、恐らく親や社会が「誕生日」というベールをかぶり彼女に求めてきた、いわゆる社会規範や通念のもたらした弊害だ。


ママという宝を掘り起こす


彼女は外資系企業や航空会社などで働いてきたそうだ。小気味よい切れ口の会話から、どれだけしっかりと仕事に向き合ってきたかも伺える。

今まで培ってきたその実績と信頼性、および真面目で実直な外向きの顔をもって、その上で内側に秘めた行動力を開花させれば、真に女性のリーダーとなることは容易に想像できる。

実際、彼女は教育の機会均等などに強い問題意識を持っていると言っていた。そのための支援活動などをしたい、とも。

今、話題の乙武氏がたまたま高校の後輩だそうで、そのことに話題が及んだときに彼女が言っていたのが印象的だった。

「不倫とかその道徳的なことは別にして、今回のバッシングは別の意味でマイノリティと言われている人びと〜障害のある方やセクシャルマイノリティ〜にも光を与えられるのではないか」と。

わたしも、まったく同意見だ。

世間が勝手に貼ってきた「障がい者」や「聖職者」というレッテル。それが覆されたことに、集団で拒絶反応を示して、匿名性の武器で攻撃をしかけるという構造。

そのレッテルの部分を喝破しているのだ。彼女が背負ってきたものにも通じるのかも知れない。

事象の表面だけでなく、さらに奥を見ようとする視点。2つの誕生日に翻弄されてきた経験が、そういった奥行きをもたらしたのだろうな、と思った。

そして、わたしはそこに別の光をみた。まだ気づいていない、自分の才能という光。

宝の山が、日本の「ママ」たちの中に埋もれている。それを掘り起こせば、まちがいなく新しい地平が開ける。そんな光が、見つけておくれと、チラチラ隙間からもれているのだ。





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昨日は言わずと知れたエイプリルフール。Facebookやブログなど、あちこちで人を驚かそうという企画がありました。気持ちはわかりますが……残念なのが多かった。

エイプリルフールだから笑って許して、みたいな。


許しませんっ!
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わたしは興味がないので仕掛けませんでしたが、

それらのほとんどが自分からの目線で、外からの視点が足りない。内輪で受けている分にはよいのだけど、ことばや行為は発信した時点で公共性を持ちます。

たわいのない気持ちなのは理解できますが、少なくともそこにハマってくれる人がいる限りその人の時間を拝借するのです。もっとサービス精神を持ちたいですね。

読後に「やられたっ!」とか「う〜ん、可愛いい♪」とか思わせるような。

しかも、年に一度のこんな日は、一斉にみんながやりそうなんだから、かなり高度なテクを要求されます。

今は、簡単に発信ができるからこそ、考えないと。


さらに上、さらに先を見通す


もちろん、読者の要求にばかり応えていたら書き手は消耗するでしょう。

なので、その辺のバランスは上手に保ちつつ、やるならさらに上、さらに先を見通しておく必要があります。

でも、逆にいえば、果敢に挑戦する人びとには、純粋な拍手を送ると同時に、ある種の嫉妬を感じるのも正直なところです。

自分は失敗を怖れてやらないのに、高みからイチャモンつけてる、みたいな。汗;;


 
ブログを真剣に書き始めると気になることがたくさん出てきて、あれこれと試行錯誤中です。

今月はブログ記事の量産トライアル月間。それは、単に記事を書くだけでなく、人間の心理を研究することにもつながるのです。

どんな書き手がどのように工夫しているか、どんな発信がどう自分に響くか、とか。

書くことと同時に、先を行く人たちの良いところを取り入れることも非常に大事なこと。それを、噛んで飲んで、最後のひと絞りまで消化しきる。暮らし方にも通じます。

なので、120%の叱咤激励と120%自戒の意味を込めた、本日の記事でございました。




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花曇りで少し肌寒かった今日、気丈で美しい叔母が亡くなったと連絡を受けた。
享年68。

10年以上前から心臓を患っていたそうだが、3年前の母の葬儀のときには、それをおくびにも出さずに別れの挨拶にきてくれた。

若いころ、外国生活にあこがれて単身カナダに留学し、帰国後も華やかな暮らしをしていた。少し背伸びをしているようにも見えたけど、存在自体に華のあるひとだった。

母が元気だったときにはよく家にも来ていたし、従妹を預かったこともあるので、馴染みもあった。けれど両親ともにだんだんと弱ってきてからは、特段連絡することもなく疎遠になっていた。

でも、電話を取って叔父が名乗った瞬間に良くない知らせだとわかった。というより、受話器を取る前から何か察知していたように思う。

最近は、家の電話にはセールスくらいしかかかってこない。しかも夜9時。普段は出ないのだが、なぜか「出なくては」と思った。いつもより長くコールしていたから。

知らせを聞いて、叔母とはずいぶん会っていなかったとはいえ、何とも言えず感情が揺れた。

特に今日は、昼間花見でずっと友人たちとおしゃべりをしていたせいもあるかも知れない。楽しくリアルな時間と、旅ゆく先の世界。そのはざまをかいま見ることは、妙に現実を遠くさせる。

写真をセピアに加工して時間を止めるような感じだ。桜が散るのを見ながら、そんなような話しをたっぷりしていたこともあるのだろう。

わたしは桜をこの上なく美しいと思う反面、おなじくらい狂気も見いだす。なので、実は怖いのだ。

競うように咲き誇るのと、約束されたように散って行く、その両極が生と死の同時性をまざまざと見せつけるからだと思う。

そんな桜とともに旅立った叔母は、自らの生き様を最期まで演出したのかもしれない。どこまでも美しく、どこまでも狂気を秘めた、その生涯を。






 

居眠りばかりじゃありません
若いモンには負けらんない

体育の時間はハッスルするだに



男子ぽん吉、劣勢です
やや迷惑がってる!?

また遊んでね〜♪

きなり先生、
今朝「校長のことば」の時に
居眠りしてたのが文春に掲載されて
しまったので、体育で挽回!!
とのことでした

文春記事▶︎
新年度になったので、強制的に「全員進級ッ!」


にしても、ピンクのフリースが
あまりにも似合わないきなり先生

以上、校庭から中継でした(ウソ)



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めでたく4月1日を迎えましたね。
ということは、すでに本年1/4が過ぎたわけです。

早っっ!

この記事わたしの人生は120%遊びだ、ではこんなこと書いています。
それにね、年を取ってくれば、「同じ時間」の実質の長さは変わる。どんどん短くなるんですよ。一年なんてあっという間に過ぎていく。あっという間が一年だったら、ハクションしている間に棺桶ですよ!?

だったら、いつまでも同じところにとどまっていないで、わたしは次に進む。

ですね〜。この方、いいこと書いてる!ハゲシク共感します。笑


有無をも言わさず

世間でも、桜とともに
転勤や新しい学校、新しい職場など、いろいろ変化が起きるときですね。

学校だったら、留年してない限り進級です。ということは、普通の暮らしをしているわたしたちも、毎日が「生活学校」って思ったら、同じですね。ええ、強制進級です。留年はありませんから。

みなさま、おめでとうございます。

ではここで、きなり校長からお言葉を頂戴しましょう。
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校長、身をもって「春眠暁を覚えず」を教えてくれてるそうです。
 
 
でも確かに人生を学校のようなものだと考えると、なんだかありがたい気分になります。死ぬまで進級できるのだなあ、と。あ、再試や落第はあるか。

ま、それは置いといて、死ぬときがやっと卒業……(いや、ほんとは入学!??笑)


いずれにしろ、やりたいことは今やっておかないと、と思います。明日できることは明日という考えもありますが、やりたいこと!だったら明日までとっとけない。

なので、「明日できること」の比率を減らして、「今すぐやりたいこと!」を「やり始てしまう」のも、より充実した学園生活を送るために大切なことだと思います。

世間の変化は早いです。もう、スマップのことなんて何世紀も前のような感覚ですよね。それだけ、人の興味がうつるスピードは高速化しているということです。

そうは言っても、今年、これから育てる大豆や米が成長するにはそれなりの時間が絶対にかかります。なので自分の変化速度と世間の変化速度を自覚しつつ、微調整しながら進んでいきたいものです。


今月の予定

ということで、毎月一日は今月の妄想予定をアップすることにしました。
できるかできないかは置いといて、宣言してしまうことで自らを追い込む作戦。笑

一緒にあたふたライフを楽しんで下さいね!

【タイニーハウスセルフビルド】
既存の小屋の撤去および整地←中旬より

【ハーブガーデン】
整地できるまでは、プランターなどで栽培を始める

【のらぼう大豆畑、米作り】
畑の整備・育苗、もみまき

【情報発信】
・今月は「質より量」月間。ブログ100本、うち絵日記も1日1本(で、できるのか?)。
・iphone6plusにしたので画像・動画もどんどん取り入れます!
・発信メディア分散化します(カッコいい〜)今までと変わらないんですが。

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応援メッセも楽しみにしてます!FBメッセージか、twitterのダイレクトメッセージでお願いします。ブログシェアやいいね!も 、わたしにとって書くときの巨大ニンジンです。笑



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