遠藤レーコが行く!八ヶ岳あたふた移住ライフ

女はり灸師、2011年五十路を目前に八ヶ岳の西南麓、信州富士見町にワンニャンと単身移住しました。東京武蔵野の実家と行ったり来たり。田舎暮らし・DIY・多地域居住・からだ・野草ハーブ・自給自足、これから作ろうと思っているタイニーハウスなど、にぎやかな暮らしをイラストや写真とともにお届けします。

2016年03月

こちらでブログをはじめて24日、ちょこちょことご紹介いただくようになりました。どこかで誰かが読んでくれている、と思うと、本当に嬉しいです。

昨日は、ちょっと検索したところ、驚いたことにカナダ・ケベック州で裏庭パラダイスを計画中だというばーばさんのブログでご紹介いただいてました。

このブログでは好き勝手なこと書いているだけなのに、地球の裏側で読んでもらって、その上ご紹介までしてくださるなんて…

WEBばんざいっっ!!!

それにしても、ケベックってどんなとこだろうとググったら、なんだかファンタジーのような写真ばかり。ため息がでそう。ステキなところなのでしょうね〜。

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http://tabizine.jp/2014/09/08/18760/


そしてこちらがご紹介いただいた記事(ちっちゃくて見えませんね、すみません)

ばーばのケベック日記「待ってました」
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タイトルの絵がほっこりかわいいですよね。

スモールハウスのことや、他の記事も、思いが通じることころがあってうれしくなってコメントしたらすぐにレス下さいました。 

一部、引用させていただきます(ばーばさん、失礼します)。

福岡正信さんの自然農法に出会ってから、小屋暮らしの若者達を発見し、そして遠藤さんのブログに出会った次第です。あたふたセルフビルド楽しみにしてます。私も、裏庭パラダイス計画(ミニ菜園、木を植えたり、お花を植えたり、小屋をミクロハウスにしたり)があります。

「裏庭パラダイス」なんてステキですね!また、物置をミクロハウスにする予定とか。楽しみです。ケベック〜八ヶ岳小屋作り情報交換会、なんてできたりして。

それと、これまたうれしかったのが、コメント中にある自然農の提唱者、故・福岡正信さんの本のこと。実は、「自然農法・わら一本の革命」は、わたしの20年来のバイブルでもあるのです。

東南アジアの旅から帰ってきて、日本での暮らしがちょっとキツかったときに、この本に出会って感動したことを覚えています。

その本が、遠く離れた人にもとっても人生の何かのきっかけになった、という共通項。面白いなあ。

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ケベックでもスモールハウス&シェアハウス


ばーばさんの他のブログ記事によると、ケベックでもスモールハウスが若者中心に流行り出しているそうです。少し田舎に行って、野菜作ったり。でも間取りは2LDK3LDKだって!全然スモールじゃないですね〜。笑

▶︎ ばーばのケベック日記「スモールハウス」


ケベックでもスモールハウスがブームになってきているとニュースで報道された。特に若者達が田舎に引っ込み、小さな家を建て、畑を耕し、お金をかけずに暮らすレヴェル思考になってると。こちらの中産階級のステータスであるプールも、でかい家もいらない、バイバイ、ローンで苦しめられるより、質素でいいから小さな家でのんびり暮らしたい。幾つかのスモールハウスが紹介されましたが、寒いお国柄、スモールハウスと言っても、2LDK,3LDKの暖房完備の家。こちらの一般的なアパート住まいの間取りを家にしたような感じ。


タイニーハウスは、アメリカがブームの火付け役だけど、おそらく先進国といわれている国の若者たちは同じように、大量消費する社会に疑問を持っているのでしょうね。

世界のあちこちでこんなムーブメントが起きているのも興味深いです。

そしてケベックではシェアハウスも流行ってきているとか。ばーばさんも、おばあちゃんになったら自宅をシェアハウスにして、若者に貸して、畑の手伝いをしてもらうなど考えているそう。わたしの企みと同じで笑ってしまいました。

▶︎ばーばのケベック日記「シェアハウス」


タイニーハウスの可愛い地球人たち


世界のあちこちでのムーブメントも、いろいろ調べてみたいですね。そして日本でも世界でも、可愛い暮らをする人びとを尋ね歩いてみたいなあ。

いつか、そんな人びとを尋ね歩くツアーをみんなでするのもいいですね。

「タイニーハウスの可愛い地球人たち」なんてね〜♪

で、絵本をつくりましょう(やばっ、また妄想が……汗;;)。




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先日の記事▶︎血縁から結縁へ〜結婚を超えた家族の作り方 で、わたしは「結縁」についてこのように書いた。
血縁とは、始めから与えられたもの。
結縁とは、なにかのはからい、ご縁によって結ばれてゆくもの。

すると、はじめにツイートを引用させていただいたれんげ舎の長田さんが、”「単に関係ができる」という意味を越えて、「仏様との縁を結ぶ」という意味があるそうです。”と教えてくれた。


結縁とは?仏法とは??

そこで、さっそくネットで調べてみたら、次のような深いことばであることがわかった。

結縁【けちえん・けつえん】〜デジタル大辞泉より〜

1 仏語。
 
㋐仏・菩薩 (ぼさつ) が世の人を救うために手をさしのべて縁を結ぶこと。けつえん。

世の人が仏法と縁を結ぶこと。仏法に触れることによって未来の成仏・得道の可能性を得ること。けつえん。

2 関係ができること。特に親類になること。けつえん。

なるほど、衆生であるわたしたち世の人が、仏法と縁を結ぶのを結縁というのだそうだ。

では、仏法って、仏さまって一体何?

仏さまは、どこかの宗派の信者であったり菩提寺がある家庭なら、何かとお世話になっているだろう。うちにもお仏壇があって、ご本尊が祀られているからまったくなじみが無いわけではない。

でも残念ながら、今の社会では日常的にふれることは少ないのでは?

お墓参りやお葬式などでお寺さんにでかけるとか、有名な寺院を観光で尋ねるなどの機会がなければ、日常的に「仏教」「仏法」「仏さま」を身近には感じないと思う。

なので、「未来の成仏・得道の可能性を得るために結縁する」、と言われてもピンと来ない。得度するなど、仏門に入る人だけしか『結縁』できないのか、と疑問にも思う。


神棚をお返ししたら


わたしの実家は日蓮宗だけれど、自分は、まったくの無宗教でいずれの宗派にも属さない。2年かけて行った「親の家のかたづけ」では、心苦しかったが神棚もお札も返納した。

だからといって、無信心とも違う。

逆に、神棚をお返ししたことで、毎朝の礼拝も月々のお参りもしなくなったけど、そういった集合無意識的なものに依存しなくなった分、自分というあり方が問われる。

そして、何かわからないけど確かに存在する、その「何か」をとても身近に感じるようになった。

先日亡くなった、森のイスキアの佐藤初女さんが以前どこかで言っていた。彼女はクリスチャンだが、祭壇を設けて特別に祈りを捧げることはなくて、「毎日の行い、おむすびをむすぶことが祈りだ」というようなことを。

わたしが初女さんのようなことをできるわけもなく、ただあたふたしているだけなのだけれど、でもふとした瞬間に、「ああ、ありがたいなあ」という感覚がぶわ〜〜っと内側からわいてきて、涙があふれることがある。

言い方は何でも良い。

それがわたしにとっての神さまであり、仏さまを感じるときだ。


仏さまを見つけよう

宗教界からは、不謹慎と言われるかも知れない。

でもわたしは特別な行為や、特別な場所で神さまや仏さまの存在を見いだすのではなく、雑巾がけをしたり、わんこの散歩したり、誰かと笑い合ったりすることで身近に感じていたいのだ。

その意味では、隣でゴ〜ゴ〜いびきをかいて、時たまスカシっ屁をするうちのワンコ達にも、その辺にころがっている石ころにも仏さまを見つけたい。

実家の近所のがんこ爺さんは少し難しいけれど、でもやっぱり菩薩であり不動明王なんだよね、と、できれば、なるべく……

思うようにしよう。汗;;

そう、わたしには、未来の得道も成仏もいらない。今、こうして存在している、それがすべてだ。

仏さまは、誰の中にも、あなたの中にはたくさん、そしてわたしの中にもおそらくちょびっとは存在している。

もちろん、得度して仏門に入り求道することも素晴らしい。

でもそんなストイックなことのできない世俗のわたしは、せめて、だるまさんがころんだで遊ぶように、すべてに仏さまがあることをずっと探しつづける。いつまでもオニ役なのね。笑

それがわたしにとっての「結縁」だなあ、としみじみ思わせてくれたこの数日間だった。


【関連】
▶︎血縁から結縁へ〜結婚を超えた家族の作り方 
▶︎タイニーハウスを作りたいわけ③親の家を片づけて



今回、血縁から「結縁」について考えるそもそものきっかけを与えてくれた、れんげ舎の『場づくりクラス』が今年も6月から始まるそうです。

わたしも昨年、半年間参加して『場』について改めて見つめなおす機会をいただきました。また、『場』そのものが力をもっているのだな、ということを実感しました。

何か組織や関わる活動の運営のヒントがたくさん得られるかと思います。ステキな仲間もできますよ!

興味のある方は、こちらからどうぞ!▶︎FBページ場づくりクラス





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その1

夏は草との戦いです。

刈れば刈るほど、彼ら、
元気になります。

わーいわーいと言って
こちらを挑発します。

どんなに頑張っても、
はっきりいって負けます。

あきらめて原野ガーデンにして
楽しむか、早めに早めに
手を打つことです。

あ。

早めに手を打っていなかっただけ、
ということがバレてしまいしたね。


その2

冬は雪との戦いです。

吹雪の中、一生懸命雪かきして
ふぅ、っと後ろをふりむいたとき…

「え?どこを雪かきしたの??」

ってなった日には、
アタマがおかしくなりそうです。

町道は除雪車がやってくれます。

しかしっ、

家への路地入口にその除雪してくれた
雪が岩山のようにそびえ立ち、返って
出られなくなることもあります。

ヲイっっ!


ま、でもこんなの年に数回ですが。


その3

冬は寒さとの戦いです。

寒いを通り越して「痛い」です。
今までの最低気温、マイナス16℃

これに八ヶ岳おろしが吹いたら、
北極並みです。行ったことないけど。

ウチの前の畑がブリザードのように
雪煙を上げているのを見ると、

ここはシベリアか、と思います。

どこからか「雪の降る町を〜」という
メロディがかならず聞こえてきます。


その4

どこに行くにも車です。

最初のうちは、結構疲れます。 

そして、歩くことがとても少なく
なるので、山登りなんて逆にしません。

しんじゃう。

こちらの人の脚は「本」ではなく
「輪」で数えます。

たいがいの人は4輪ですが、たまに
2輪で頑張るすごい人を見かけます。

家の前の八ヶ岳へとえんえん続く
のぼり坂を、ヘルメットかぶって
自転車こいでる人です。

ほぼ100%、「都会」の住民です。

4輪の人は2輪の人を物珍しい
生き物のように横目でチラ見して
やり過ごします。

4輪の窓からそういう人たちをみて
ご苦労さん、といえるようになれば
ホンモノでしょう。笑


その5

車は猛スピードで
かッ飛ばさないといけません。

下りは余計に速度が増します。

高速と一般道との違いが
分からないくらいです。

もたもた走らせていると、シルバーの
じじばばに平気で抜かされます。

あまりにも遅いとトラクターにも
抜かされます。

休みの日にこちらの道で渋滞してたら
先頭はたいがい県外の車です。

こっちの人は結構イライラしてます。
(あ、わたしのことでした)

ただ、都会にいったときもうっかり
この感覚でいると、パトカーが

ピーポーとめっちゃ楽しそうに
「こんにちは〜♪」してくれます。


***


いかがですか?

それでも移住したいあなた、

立派です。 

ぜひ、草と雪と寒さに負けて、
脚力は弱まり、じじばばには
抜かされる。

そんな生活を、
心の底から楽しみましょう!




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ふふふふ。
ここから始まるあたふたビルド!? 

図書館で本を借りてきました。
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京都に住む建築家の方が、自分の家を6ヶ月でセルフビルドした体験を元に書き下ろしたそうです。 イラストも豊富で、かゆいところに手が届くような内容です。

今、インターネットで調べればたいていのことは出てくるのだけど、もし現場作業に入ったら、ネットで「どうだっけ?」とかやっている暇も無いし、めちゃくちゃ埃まみれになるので、紙媒体は助かります。

構成は、土地探しから始まって、地鎮祭、基礎工事から仕上げまでの半年間の流れ、その上付録として各種申請書類や図面の書き方のフォーマット、総建築費用まで掲載されています。

おおまかな作業工程がわかり、しかも道具の使い方などがイラストで丁寧に書いてあって、ここまで至れり尽くせりな内容は初めてです。購入決定ですね!

わたしの場合は庭に建てるので、土地探しなど必要ないこともたくさんありますが、家がどうやって作られるのか興味ある方には面白いと思います。

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何より、読者に良いものを届けようという著者と出版社の姿勢も伺えます。最近残念なパターンが多いだけに、こういうていねいな本に出会うとうれしくなります。

それと、「サトルのひとりごと」という著者のコラムが折々に書かれているのだけど、これがまた良い!まず最初のこの一文がとても共感できました。
「これからのセルフビルドは普及型」 

 これまでのセルフビルドは、少々風変わりな人が長い時間をかけて、自分の隠れ家をストイックにつくり上げるというイメージがありました。完成した家にはその人の個性が表れていて、胸を打つような仕上げがなされている。あくまでも趣味の領域で、常に個に向かって発信されている感じでした。
 
 でも、現代の住宅の標準的なものが自分でもつくれるとわかったら、その見方は変わると思います。僕のセルフビルドは「普及型」だと思っています。趣味の世界ではなく、ごく普通の人が行える家づくり。ほんとうに必要なものを見極めて、自分らしくシンプルに暮らしていこうと考える人のための家づくりです。



This is the セルフビルドも良いけれど

そうなのです。先日も、知人が手伝っている建築中のセルフビルドのお宅を見学させていただいたいたのですが、ちょっと圧倒されてしまった。八ヶ岳では知る人ぞ知る、原村のカナディアンファームに近い感じ。
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カナディアンファームサイトよりお借りしました
 
建物の写真は取り忘れましたが、とにかく大きくて凝った作りは、いかにもワイルド、「ザ・セルフビルド!」といった趣でした。

確かにカッコ良いけど、わたしには少し思いが強過ぎたかな。なので「ここにずっといたいな〜」という感じにはなりませんでした。

もちろん、これから開拓していく、という男子にはとても魅力的なことだろうと思います。施主さんは建物の印象よりも穏やかそうな方で、完成のあかつきにはみんなに開放するとおっしゃっていたので、いつか見学できるかも知れませんね。


しっくりくること

ただ、わたしがやりたいのは「誰でもできる」自分にぴったりな暮らし方をタイニーハウスを通じて模索していくことです。

それには、小さ過ぎず大き過ぎず、ミニマル過ぎず作り込み過ぎず。すべて自分でやるのではなく、プロの手も借りて、何がホントにしっくりくるかを確かめながら進めていく作業でもあるのです。

だから、極端に是が非でもオフグリッド(電線網などのインフラに頼らず、エネルギーを自給すること)というのでもないし、まあ、日和見作戦です。笑

そのときに完全オフグリッドがしっくりくれば、そうなるし。

でも、ハーブガーデンもやりたい、機織りも絵も描きたい、というわがままな欲求があるので、家つくりだけにエネルギーを注ぐわけにもいきません。

なので、著者の言う「自分らしくシンプルに暮らしていこうと考える人のための」というところに魅力を感じました。


身近なものから、できることから

そうは言っても、最初にも書いた通り、この本とてもしっかり作り込まれています。自分が体験してきたことで困ったことや分かりづらいことなどを建築家ではなく、作り手の目線で記録してくれているのです。

実はわたくし3年前、母屋のリビングの無垢フローリングを一人で張りました。いやあ、我ながら良くやった。そのときに、この本を知っていればもっと簡単に、あんなに苦しまずにできたのにっ!!
 
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そんなことを思いました。

ということで、まずは、本を読んでざっくりと全体の構想を練ります。とは言っても、わたしの場合、まず始めてから考えるタイプなのですが。

本を読んだら次は・・・
整地より何より、道具入れの整理ですね。ぐっちゃぐちゃ、だから。汗;;



あまり更新はされていないようですが、著者のブログはこちら
350万円で自分の家をつくる[改訂カラー版]
畠山 サトル
エクスナレッジ
2015-02-12





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■よりライブなあたふたお届け中!笑 



 

 

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場づくりを提唱するれんげ舎長田さんのツィートの中で、應典院・秋田ご住職の言葉がとてもしっくりきた。



わたしが幼い頃、家は新聞屋さんをやっていた。なので、新聞配達をする若い衆やらお手伝いのお姉さんがたくさんいて、かわいがってもらった記憶がある。それに、4人兄姉でおばあちゃんもいたから、常に誰か人のいる家だった。

祖父は、別の家でお妾さんと暮らしていた。小さい頃はその女性をお手伝いさんと思っていたのだが、少し大きくなると、なんだかなあ。オトナはよく分からない、と見ないフリをしていたように思う。

それでもよく、家にはおばあちゃんの妹たちが深川の方から遊びに来ては大声で喋っていたし、姉の友人の染谷くんもなぜか毎週日曜日にお昼ごはんを一緒に食べていた。

いま考えても不思議な家、不思議な空間だった。まるで、おとぎ話しのような。いや、漫画か。笑

要するに、どこまでが血縁の家族なのかわからないまま育った感じなのだ。だから、わたしは「血縁」という境界が非常にあいまいというか、はっきり言って無いのだと思う。

どこに行っても、最初からそこんちの子どものようにちゃっかり座っていられるのも、おそらくそのせいだ。


家族を超えた家族〜オハナ〜

ツィートにも書いたけど、ハワイでは血縁を超えた家族をオハナというそうだ。ベトナムに行ったときにも、現地の子と仲良くなると、本当に「お姉さん」として迎えてくれた。

20代でバックパックの旅をして、心底思ったのは人間とは「縁」で生かされているということ。

血縁とは、始めから与えられたもの。
結縁とは、なにかのはからい、ご縁によって結ばれてゆくもの。

子どもの数が少なくなってゆく今後、家族の在り方も変わってくる。婚姻関係を選択しない夫婦や、同性愛カップル、養子縁組もたくさん出てくるだろう。面白いじゃないですか。

家族の在り方が多様化してくるということだから、それを自覚的に先取りしておきたい。

多様化は、文化を生み、新しい価値観を提供してくれる。


タイニーハウスファミリー

たとえば、タイニーハウスがいくつか集まって、コミュニティを作る。一人でいたいときは一人でいればよい。誰かと一緒にいたければ、隣の家までビールを持って数歩歩いて行けばよい。

それぞれプライベートは守られつつも、ゆるやかにつながっている。もちろん、大変なときにはサポートし合うし、お互いに子どもやペットの面倒を見たりもする。

こうなると、よその子も自分の子になる。だって、可愛いですもの。

そしたら、たとえばある夫婦に子どもができないからといって、捨て石になる必要もまったくない。隣の子は自分の子なんだから。その人たちはその人たちにできることをすれば良いだけだ。

ネパールの子どもの里親にだってなれる。そこで交流が生まれたらまた楽しい。ネパールにも家族ができちゃうなんて、ワクワクする。そうして、世界にたくさんの家族ができたら、戦争とかいってられなくなる。

もちろん、両親やきょうだいなど血縁の家族がいることはありがたい。それに、まったくの他人だった二人が結婚して夫婦となって子どもを育て、一つの家族になっていく姿なんてそれだけで感動的だ。

友人のファミリーは、おばあちゃんもワンコも、息子夫婦や娘もその友だちもいつも仲が良い。FBからこぼれる笑顔についこちらも微笑んでしまう。

その上で、従来の家族制度をもう一度見つめなおし、植え付けられた幻想を解き放とう。そうすれば、偶然によって結ばれた「えにし」をどこまでも大切にできる。

要は、ご縁のある人たちを本気で血縁同様の家族と思えるかどうかで、結縁家族、オハナが知らぬ間に大きく育っていくということだ。

【続き】
▶︎ 仏さまと縁を結ぶのが「結縁」。では仏さまとは? 

※この記事は、以前書いたものを加筆校正しました。

最近はあまりやっていなかったのですが、以前はよく自分でドリームワークをしていました。これは、もともとオーストラリアの先住民アボリジニが行っていた夢見の手法のアレンジです。
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ヤラヤラ・ギブス・チュンガライ  「ティンガリ・サイクル」ランドオブドリームズより

何か気になる色やコトなどに意識を集中し、そこから自分の内側=ドリームの領域に入り、イメージをプロセスさせるというやり方です。

すると、表面化していなかった感情や気づいていない身体の症状に触れることができます。

あるときのドリームワーク。ふと表れたイメージでは、田んぼに入る自分がいました。でも、田植えをするわけでもなく、そのドロドロの中にいます。

足は取られ、なかなか思うように動けません。座ることも前に動くこともままならない。


気づいていない領域は何かのかたちで表れる

ちょうど、親の介護がいよいよ本格化すると同時に、開業していた治療院の仕事が多忙になってきたこと、実家のローンや雑事などすべて重なり、ぐちゃぐちゃになっていた時でした。

今では俯瞰して見ることもできるのですが、当時は「自分が頑張らなくちゃ!」と、一人勝手に背負い込んでいたのです。

なので、そのドロドロはにっちもさっちも行かない自分の状況を表していたのだと思います。

その頃よく見ていた夢も、どこか汚らしい場所だけど、自分は裸足でその場を歩かなくてはならない。それが嫌で嫌でたまらない。でも靴は見つからないし、身動きが取れない。

わたしの人生の中で、「眠れない日々」というのがあったのもこの頃です。 書いていると当時のことを思い出して、どよ〜んとした気分になります。(今となっては、「よくやってたな自分!」なのですが。笑)
 
 

プロセスを信じて

さて、田んぼのドロドロの中の私。もうどうにもならないと思ったので、プロセスを進行させることにしました。ドロドロは正体不明の不安を表していたのかもしれません。

「このままでは自分も家族もすべてが潰れるっ!!」

なので、イメージの世界で、思い切ってそこにどっぷり浸ってみることにしたのです。

最初は息が止まるほど不快だった。苦しくて苦しくて。

でも少しすると、冷たくて重いと思っていたのが、実は案外イヤなものでなく、ほんのり温かくて全身を包んでくれるようにも感じました。

プロセスは進み、さらにもぐって地球の中心部まで行こうと思ったら、ドロドロの部分はそんなに深いわけでもなく、その下は粘土質の土、掘らないと先に行けません。さらに奥に行くと固い岩盤に突き当たりました。


その時に気づいたのは・・・

ドロドロは、決してイヤなものではなく、次なる実りのための準備期間であること。ただ、身動きができないほどのドロドロから、温かみのあるやさしいドロドロにするには、自分が少し身軽になる必要がある。

そして、固い岩盤は、それ以上行けない!ということかと思ったら、実は自分の内面世界には誰も土足で立ち入ることはできない、自分は守られている。だから安心してその状況、そして決断を受け入れて良いよ、というメッセージでした。


そこに身を任せてみたら

その頃、確かにいろいろと荷が重過ぎて、「何かを手放さないと」とは思っていました。でも、父親も実家も放せない、ならば治療院?でも信頼してくれる患者さんはいらっしゃるし、せっかく10年続けたものを、辞めて良いものか。

介護にかこつけて逃げることになるのでは?と思い詰めていました。

でも、そのドリームワークは、OKといってくれていました。そして、患者さんには大変申し訳なかったのですが、わたしは治療院を閉じることを決断したのです。

それから準備を始め、皆さまに友人の治療院をご紹介して、いよいよ父の看取りにしっかりと向き合おう、と覚悟を決め閉院したら・・・。

 

あばよ千葉よ

数週間のうちに父もあの世へと旅立っていったのです。

食べ物を受け付けなくなった父は近くの病院に入院しました。その数日後のある朝、容態が変化した、と連絡を受けあわててかけつけると。

それまで閉じたままだった目をあけて、左から右にギロ~ッとわたしをみて、また目を閉じました。それが最期のあいさつとなりました。

その時、聞こえたような気がしました。いつも家のベッドで夜、父のオムツ替えを終えて部屋を出るときに交わしていた「あばよ、千葉よ、おさらばよ!!」ということば、そして「お先に失礼、あんがとよ!」と。

本当に、らしい旅立ち・・・食べるのが大好きで、でもさすがに食べられなくなってからはあっという間でした。

夜、自宅に戻った父を囲み、子どもや孫で大宴会。みんな、涙と笑いでそれこそ、ぐちゃぐちゃ。少しおかしくなっていました。でも、大好きだったビールやお酒を久しぶりに味わって、相当酔っぱらって旅だったことでしょう。
 

違和感はリマインダー(注意喚起)になる

それ以来わたしは、「何か変だな、ちょっとズレてる」などと感じることは、軌道修正した方が良いよ、というドリームからのメッセージ、リマインダーだと捉えています。

このブログにもたびたび登場しているアメリカのタイニーハウス第一人者Dee Williamsさんは、自分の心臓の病がリマインダーになり生活を見直しました。暮らしをダウンサイジングし、8㎡のタイニーハウスに住んでいるのです。▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい?

わたしも、もう少し頑張り過ぎていたら病気やけがをしていたかもしれません。それは分からない。ただ、事態はもっと深刻になっていたと思います。

苦しい状況のときに、モヤモヤしたものに意識を合わせることはとても勇気が必要です。でも、自分のプロセスを信頼して、そこに焦点をあて表面化させることで、必ず何かに気づくことでしょう。

すぐに状況が変わることは無いかも知れない。でも、プロセスを受け入れることができたら、その経験は必ず宝ものとなって、人生に彩りを添えてくれます。

そして、一度経験すれば、ほんの小さな事柄や違和感がリマインダーであることがわかります。人生のバグを早め早めに修正でき、自分らしく生きることができるようになるのです。

わたしもおかげさまで、今ではリアル田んぼで仲間と一緒に、ドロドロぐちゃぐちゃジタバタになりながらも、本当に楽しい日々を過ごしています。
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参考図書


ドリームボディ・ワーク
アーノルド ミンデル
春秋社
1994-07




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歩くようなスピードで、こんなクルマが日本中を走っていたら可愛らしい。住むのはタイニーハウスで、町までは電気自動車で買い物に行く、なんて最高だ。もちろんソーラーシステムで充電して、助手席には愛犬とか。

今日、Twitterで見たモビリティカー、かっわいい♪

iss
http://japanese.engadget.com/

なにしろ、デザインとコンセプトが最高!スクーターやキックボードなどを作るスイスのメーカーマイクロ・モビリティ・システムズ社が開発した「マイクロリーノ」。お値段は120〜150万くらいになるらしい。

この点はあまり可愛くないけど、ほんとにこういうコンセプトは日本にも見習って欲しい。タケオカ自動車工芸のも良いのだけど、もう少しデザイン頑張って!




インドの車は笑っちゃうほどシンプル

インドのTATA財閥のNanoも気になる。こっちは20〜30万円で何とかなりそう。デザインはマイクロリーノには負けるけど、お値段は可愛い。コンセプトはこんな感じ。
ワイパーは1個。バックミラーも1個。エアコンなんて当然ない。雨が降ったら窓は湿気で曇るから、窓を開ける。UVカット? なものは知らん。カーナビ? 何じゃそりゃぁ~…の世界が、インドのタタモーターがつくった「ナノ」という自動車である。

でも安全性に著しく問題あるらしいので日本での発売は望めないみたい。残念。が、自己責任ということであれば今後こういう選択もでてくるのではないでしょうか。▶︎日経電子版
1024px-Tata_Nano_im_Verkehrszentrum_des_Deutschen_Museums
https://ja.wikipedia.org


今の車はどうもデザインが好きになれない。自動走行とか必要以上の装備はいらないから、もっとシンプルで遊び心のあるキュートな工業製品、日本の製造業のみなさま、待ってます!


Fiat 500
fiat-500-d-02-big
http://www.chianticlassiccar.com/


Subaru360
subaru360_01
http://wald-licht.com/





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3月7日にライブドアでブログを始めてから、20日目。本数は34本だから1日1〜2本はコンスタントに書いている。だいぶ慣れてきたけど、まだまだ力が入ってしまい、1本書くのに時間もかかる。ラクガキだったらめっちゃ簡単に描けるのになあ。
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有名ブロガーイケダハヤト氏も、1日5本1本30分で書くように、そして書いたものを読み返さずアップすることも薦めている。【関連▶︎イケダハヤトのブログ塾に入りました

なかなかそうも行かないけれど、ただ、少なくとも毎日ここでブログを書いてみて、今までにはない手ごたえも面白みも感じている。

自分にとって頭の体操だったり、考えをアウトプットし再編成することで自分のアタマの中をもう一度俯瞰するのに最適なツールだ。

それに、書き続けることで、閲覧数を表すページビュー(PV)も確実に上がってきているし、あちこちから反応があるのも、とても励みになる。

あと、今までtwitterはあまり使っていなかったのだけれど、やり始めたら早いし軽いので、なんだか気が楽。練習もかねて、ブログに書かないような、ライブなつぶやきはこちらが多くなります。

というわけで、フォローよろしくお願いしますっ♪



一日一笑、一日一生

ブログももっと更新していきます。絵日記もやりたいし、自分が日頃考えていることを書いていきます。読んで下さる方が、「そっかあ」と思ってくれたり、クスッとなるような。

みなさんの「一日一笑」をめざします!!
それがわたしの宇宙貯金ですから(わたしは大富豪なんですよ!笑)。

ただ、そのためには自分が普段しゃべっているように、もっと気楽にブログを書けないかな〜、と思っていました。そしたら茂木健一郎先生のこの記事。 


先日、トートバッグにサインペンで絵を描く、というチャリティのご依頼があって、ゼミで発表を聞きながら描いていたんだけど、自分が迷わなくなっていることに驚いた。たいして巧い絵じゃないけど、さっ、さっと描いたのである。3分くらいかな。 

今、LINE BLOGに時々ヘタクソな絵を載せているけど、これも、iPad Proで、毎回、3分とか5分くらいで描いたもので、構図とか、色とか、一切迷わないで、ささささと描く。で、なぜそうなっているのかを考えた。

そしたら、どうも、元々は、本のサイン会の時に、恥ずかしいので、ごまかそうとして、絵を描いていたのがきっかけだな、と思った。同じ絵を描くのがいやなので、いくつか基本パターンがありつつ、バリエーションをつけるようになった。

そしたら、即興で絵を描く、というのが、まったく苦ではなくなって、さささと描けるようになった。もう、そんな生活をかれこれ10年くらい続けているから、なんとはなしに習慣づいているということになる。

私のヘタクソな絵のことはどうでもいいのだけれども、つまり、習慣の力というのはそういうものだと思うのである。英語をしゃべるというのも同じはずで、ヘタクソでもいいから、毎日即興で少しずつしゃべっていると、だんだん馴れて、さっと喋れるようになる。

何かが苦手だとか、できないとか、そのような悩みは多いけれども、習慣の力で解決できないものは、ほとんどないのではないかと思う。そして、習慣をつけるのは、今日からでいい。今日を、習慣の、1日めにしませんか。さあ。



で、「書き体力」をつけるには

ここまで言われてやらないわけにはいかない(単純だ)。 茂木先生の、何だか軽〜い感じ好きなのです。花粉症をつかまえる、という動画とかほんとアホ臭くて笑っちゃうんだけど、真面目にやっているのが面白い。

こういうセンスが、生活を変えたり、軽やかに生きるヒントになるのだと思う。

というわけで、書き体力をつけるには、残念ながら「書きたい」を書くしかない。書いて推敲もせずに投稿!最初はちょっとこわいけど、それも数をこなせば慣れてくる。

そのための練習台は、くどいけど、やはりtwitterになりますね。笑

あと、あたふたライフ絵日記も近日中に始めますよ〜。Don't miss it!!!




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先日のこの記事が、ありがたいことに大変よく読まれています。
▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい? 

そこで改めて伺いますが、

「あなたは最期の瞬簡に何を抱きしめていたい?」


切ないほど身近な、でも遠いもの

あなたは大切な人たちに囲まれて安心して逝きたいだろうか?それとも大好きなモノを胸に抱いて一緒に旅立ちたい?

どちらもステキだ。だけど、どんなに大好きなモノであってもあちらには持っていけないし、残念ながら、あなたが誰かをどんなに深く愛していても一緒に橋を渡ることはできない。

そんなこと当たり前だ、と言う声も聞こえてくる。死が平等に訪れることはみんな頭では知っているのだ。

でも、本当にそうだろうか。その時が自分にもいつかくるということがリアルに感じられていますか?明日も今日と同じような日がくると思ってはいませんか?

かくいうわたしも「その時」の訪れは今日や明日ではなく、まだずっと先だと思っている。ただ、いつか確実にやってくる、それはもしかして明日かも知れない、ということだけは理性でなくもっと根源的なところでわかっている。

両親や友人、最愛のわんこやにゃんこたちを送ってきて、なんというか、わたしにとって死は、切ないほど身近で抱きしめたくなるけど、抱きしめることもできない遠い存在でもあるのだ。


どんな人生も必ず途中で終わる

50も半ばになると、本当に時間の経つのが速くて驚く。1年なんてあっという間だ。だとしたら、5年10年なんてのもあっという間だ。そのときに初めて気づいて呆然となっても遅い。

また、これも不思議でならないのだが、どんなイノチも生まれた瞬間から死に向かっている。なんて理不尽な、と思いませんか?死が約束されているのに誕生してくるんですよ?

さらに死は、どんな人のタイムラインも途中で終わらせてしまう。約束されているのに、それがいつ来るかわからないというだけで、人生は必ず未完で終止符を打つのだ。

ということは、人生とは理不尽でよくわからなくて、しかも永遠に完成しないまま終わるものだということだ。わけわからん。

ただ、それを承知しているかどうかで、今が変わる。何かを成し遂げてぽっくり逝きたいと思うのも良し。だけど、そうは行かなくてジタバタしたってそれもまた良し。いずれにしろ分からないのだから。分からないものは、怖いに決まっている。

それに基本、どんな最期を迎えようと、孤独死だろうが、家族に見守られて旅立つのであろうが、不慮の事故だろうが、誰かが「生を受け生きた」ということにおいて、わたしはすべて尊いと思っている。


その上で、どう生きるか

アメリカのタイニーハウス第一人者のDeeは、暮らしをダウンシフトして、タイニーハウスに住むようになったきっかけは自身の心臓の病だったと言っている。そしてそのことを”リマインダー”、何かの注意喚起だと捉えた、と。
わたしは肥大性心筋症を患っていますが、病気の診断を受けた時、それを“リマインダー”だと捉えました。

そのことで私は自分と周囲との関係をもっといい関係にしていく必要があると気づいて、そのためにどうすればいいのか考え、それは今もずっと続いています。
わたしとっては、親の介護や見送り、実家の片付けなどを通じて経験してきたこと、八ヶ岳の自然にふれること、Deeの考えやタイニーハウスに出会えたこと、これから作りたいと思うことなど、すべてがリマインダーである。

最期の瞬間は、いつくるかわからない。それに誰にもリマインダーがあるとも思わない。逆に、どんなものでもリマインダーにもなりうる。

そんな私にできることといえば、暮らしをシンプルにして一日ずつをていねいに生きること。それともし、誰か友だちがHelpを出したら迷わず飛んでいく。

あとは、とにかく目の前の人を笑顔にすること。ひとつでも笑顔に出会えたら、その日は超ハッピーだ。

ありがたいことに、わたしには大先生がいる。この方は、舌ベロを出してぼへ〜っとしているだけで、道ゆく人を笑顔にする。その点ではわたしはまだまだ未熟だ。
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きなり先生のように、一日ずつを生きていたら、未完だろうがなんだろうが、一生も笑顔で終えられることだろう。

その時、わたしは何も抱きしめてはいないだろうけど、きっとこう言う。

「あ〜面白かった。みんな、ホントにありがとね、
楽しかったよ!んじゃ、お先〜!!」ってね。


【関連】
▶︎ドロドロの中にいた自分〜違和感こそがリマインダーだ
▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい?



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タイニーハウスタイニーハウス、と騒いでいるからか、たくさんの方がこのブログを尋ねて下さっている。

始めて3週間、しかもド素人なのに昨日は1000PV近くまで行って(多いか少ないのかわからないけど)、改めてタイニーハウスへの関心の高さ、それにTwitterの力を思い知った。ありがたいことです。

逆にいえば、たとえ一人でも、誰かが読んでくれるということは、その人の時間を拝借していることでもある。

それは、書き手、読み手ともに何かを共有するということだから、ならば自分が心地良いと思うものをシェアしていこう、と改めて思った。

そのために、ことばと身の回りを一致させよう。

家やモノだけでなく、日々の暮らし、そして文章すら、もっとタイニーにシンプルにしよう、と。

ブログを書くって、自分を俯瞰することにもなるのですね〜。

でも、まだまだ捨てられないものは山とあるし、だからミニマリストでもないし、全然ストイックじゃないし。ま、そんなのでも良いのかな。


Deeのインタビューを読んで

ところで何度も読んでいる、GreenzのDeeの記事。このおかげでPVが伸びたとも言える。笑

毎回ちがうところで感動するのだが、今は次の箇所がとても胸に響く。タイニーハウスムーブメントの未来についてDeeが語ったこと
 
菜央 タイニーハウスムーブメントの未来はどのようになると思いますか。

ディー どんな時代にもお金を儲けようと思う人はいて、それによって運動が魂を失ってしまう可能性は常にあります。でも、タイニーハウスを自分で建てようというようなクールな人たちが自分たちでしっかりとマーケットをつくっていったなら、そういうことは起きないと思います。

知名度は徐々に上がっていくだろうし、少しずつ支援も受けられるようになるでしょう。市とか県が風景の一部としてタイニーハウスを誘致するようになるんじゃないかと思います。

タイニーハウスでなくても良いのだけど、やっぱり可愛いからね、タイニーハウスは。そんな可愛らしいタイニーハウスが集まって、村ができたら楽しい。

わが富士見町は、おとなり北杜市に比べたらやや地味〜〜な感じ。

西隣の原村は65才以上の医療費が無料ということもあって、長野県では人口が微増している貴重な自治体でもある。でも富士見町は、毎年100人ずつ人口減だそう。

残念。


やや地味〜、だからこそ

それを逆手にとってオーガニック・タイニーハウスエコビレッジにしたら良い。

何しろ、景色は最高、空気も水も野菜もおいしい!人は親切おもしろい。

都心からも2時間。中央本線富士見駅は特急が止まるし、中央道富士見高速バス停はあるし、同じく中央道諏訪南インターチェンジまである。

こんなにアクセスが良いわりに、変に開発されてなくて自然がうれしい形で残っているのは、ほんとあまり無いです。

隠れたすばらしい場所もたっくさんある。なんたって井戸尻縄文遺跡もある!(これ、わたし的に相当ポイント高いです)そしてそれほど観光化されていない。

遠藤レーコ作なんちゃって縄文土器
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なので、すでにあるそういう宝にもう一度光を当てて、箱ものの観光施設ではないコミュニティつくりをしよう。

たとえば古民家を改修した農的シェアハウスやみんなでセルフビルドのタイニーハウス村で外からの人を呼び込む。

これは、行政主体のクラインガルテン方式ではなく、NPOやLLCなどの民間主導で行政とタイアップして取り組む。仕事を民と官がシェアし、住み手もコミュニティビルドに主体的に関わる姿勢が求められる。


持続・分散型エネルギー供給システム

酪農も盛んだから、その糞尿や台所のゴミや人間のし尿を集中バイオマスでガス化して、そこからエネルギー供給される。だから、住民はガス代はただ。

電気は、日照時間の長さを生かして、各家の屋根に独立型ソーラーシステムと太陽光温水器の設置を義務づけ補助金を出す(メガソーラーではありません)。そうなれば、月々の電気代もただ。

町の役場など公共施設および既存の工場などの屋上はすべてメガソーラー化して、いざというときに備える。これで森林を伐採してあらたにメガソーラーを設置する必要はなくなる。

また、町内の温泉の活用や、八ヶ岳の高低差のある地の利を生かして、マイクロ水力発電も行おう。分散型エネルギー供給システムだ。 

これらインフラは、最初の設備投資だけで、あとは化石燃料を使わないからエコロジカルで持続的だ。

子供たちも、自分の住む町がこんなに先進的だったら、一度は都会にでていったとしても、また戻ってきたくなるだろう。友だちや家族を連れて。


ネットはフル活用する

ネットは各家に設置し独自のSNSを作る。幸い、富士見町の町長さんは元NECの専務さんで、その知識も人脈もハンパないそうなので、これはぜひ行政でやっていただこう。笑

お年寄りの見守りや、これから○○行くけど他に誰か必要なものある〜?を瞬時に共有し、無駄を省くとともにコミュニケーションを活性化する。

「これ余ってるけんど、誰かいるズラ?」とかの富士見町ジモティーもネットで展開。特に農繁期の農機具とか、田植機○日なら使えるずらよ、などのジモティ情報がツィートされると面白い。

交通は、買い物など町中に行くだけなどの用途の場合は電気自動車を各区でシェアする。定期運行もあり。


地域通貨おらほー

おらほーは円とも交換できるが、交換レートはおらほーの方が高い。なのでみんなおらほーの方で対価をもらう。だが、使用期限が1ヶ月と決まっている。貯めることのできないお金だ。

次の使い手に渡った段階で、期限は上塗りされる。図書館カードシステムみたいな感じ?これも町長さんにシステムを構築していただこう。笑

観光は、馬車やウォーキングでのんびりと景色と空気とを味わう。温泉に、地元野菜をふんだんに使った家庭料理、時間の止ったようなゆっくりした日常。こんなおもてなしこそ、今は何より喜ばれる。

あとはカルマキッチンみたいな、ギフトエコロジーのカフェを定期的に開催する。材料は、市場に出せないB品の野菜を地元農家から購入。無農薬であれば、5割増の価格で仕入れる。
 
保育園と高齢者施設は同じ敷地内につくって、お年寄りと子どもが同じ庭で土いじりをしたり。この施設は、町民みんなで土をこねて壁塗りをしたりして一緒につくる。

カフェはそこの中にあると良いかな。お年寄りでお料理好きな人が働く。時給は300おらほー。そのお金で孫と一緒にプリンを食べたりする。

孫もしごとをしよう。施設のお掃除をしたりおばあちゃんの肩もみをしたら、100おらほーとかもらえる。100おらほーで手作りのアイスクリームが食べられる。笑

このビレッジ自体を、観光と自治体の先進的取り組みとして目玉にするのだ。日本全国、いや世界から見学が相次ぐことは間違いない。

***

ふぅぅ〜〜妄想は続くよ、どこまでも〜♪

わたしはこんな村だったらぜったい住みたいけど。
みなさんなら、どんな町に住みたいですか??



【参考】
BeGoodCafe ▶︎世界のエコビレッジ

母が2年半前に亡くなり、主のいなくなった親の家をせっせと片づけ始めた。

母親は、いわゆる「片づけられない女」だったので、出るわ出るわ。車何台分かわからないほど処分した。それは、介護しているときよりも、よほどエネルギーを消耗する作業だった。憔悴といってもよいくらいだ。

実家は東京市部にあるが、無意味に広くて寒く、使いづらい。収納にいたっては押し入れ8間分くらいはゆうにある。その中にぎっちり。

しかも、めっちゃくちゃに詰め込まれていて、とびらを開けるたびに、圧倒的なモノの量に打ちひしがれた。いや、モノへの飽くなき執着に打ちひしがれたのだ。

なんというか、「昭和の時代」という大きな障壁がズシンとわたしに襲いかかってくるような。

例えば、40年前の結婚式の引き出物、毛皮、大量の服、靴、着物、何年も前に賞味期限が切れている油が何本もあったり、ネットワークビジネス系の界面活性剤が高濃度で使用された洗剤の山だとか。orz


もっともっとの幻想

母親は昭和ヒトケタの生まれで、モノがない時代の人だから、捨てられないのは分かる。ひもから紙袋からなんでも捨てずにいた。

でも、戦争を経て、高度経済成長やバブル景気に突入し、モノが手に入るようになった時に、異常なまでの執着心をもってモノを買い求めていたのだ。何かに取り憑かれたように。

だけれどそれは、母親、という個人の問題だけでは決してない。資質はかなり関係するだろうが、戦後日本という共同体がたどった道、とも思えるのだ。

敗戦により暗く沈んだ世相は、逆向きのベクトルで大きく振れる。アメリカの圧倒的な豊かさという幻想が、これでもかとテレビから垂れ流された。そして、大量消費へと走りはじめた。戦争に負けた、というとてつもない負の遺産にフタをするように。

昭和という時代が生んだ狂想曲。
もっと大きく、もっと豊かに、もっともっと・・・


執着を断つということ

だが、あれだけ執着していたにもかかわらず、母親があの世に持って行ったモノは当たり前だがひとつも無い。残されたのは、この世に置いて行った大量のゴミ。 

もちろん、親の家の片付けを業者に任せるという選択もあった。お金で解決することはある意味スマートだ。ただ、何故か自分がやらなくては、という思いが頭をもたげた。

存命中も、大きく片づけたことはあった。そのときに、捨てても拾ってくる母親とのいたちごっこで、何度も挫折を繰り返していた。

亡くなって、これで本当の片付けができる、しなくてはという強迫めいた義務感にかられ、これでもかというくらい、来る日も来る日もゴミ出しに追われた。

だけどいつからか、捨てるたびに思うようになった。ああ、親の執着を断っているのだな、と。それは昭和という「時代の執着」を断つことでもあると気がついた。モノへの依存からの脱却、呪縛からの解放。

押入れがひとつ空っぽになるたびに、家の空気が流れ、自分が軽くなるのを感じた。

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冷蔵庫がなくなってみたら

ベッドやたんすなどはシルバー人材センターに引き取ってもらった。もう大きな家具はほとんどない。とうの昔にテレビは無いし、食器類も捨てたり人にもらっていただいたり。家自体がかなり空っぽになってきたが、それでもレンジや冷蔵庫はあった。

そんな折り、甥が会社の寮を出て一人暮らしを始めた。実家の冷蔵庫を使うか聞いたら、使うという。キレイに掃除をして、宅配業者に配送をお願いした。 

そしたら、もともと広い部屋がさらに広がった。思った以上に、場所をとっていたのだ。なぜかめちゃくちゃ気が楽になった。今、実家にいるときはクーラーボックスが冷蔵庫だ。 

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大きなモノはそれだけで空間も意識も占拠する。それは大きな家も同じ。移動も掃除も大変だ。何しろ昭和の家は、それでなくても寒いのに、モノが無くなり余計に寒くなった。

わたしはもう、大き過ぎる家に体温を奪われたり大量のモノに自分の意識をとられることはまっぴらごめんだ。

それより、野草を摘んだり、友だちと味噌をつくったり、笑い合ったりすることに多くの意識を向けたい。

家は、使いやすくてこじんまりしていれば良い。身の回りは、わんこや友だち、いつまでも相思相愛の関係でいられるほんの少しのモノに囲まれていれば十分満ち足りる。



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またもや古い話しで恐縮だが、26年前に東南アジアを旅する前は、オーストラリアをワーキングホリデービザでかけめぐっていた。

車を買い、キャンプでオーストラリアをほぼ一周。ここでも、田舎田舎へと走らせていた。愛車は4.0ℓのモンスターFord、エンジンルームをのぞくと、地面が見えるような簡単な作りだった。

それに、あっちで車買うのってめちゃくちゃ簡単、だったのです、当時は。新聞にもSaleの広告がよく載っていた。

同じ場所にはだいたい何日か泊まり、次のところに移動するという生活。

となり町は下手すれば600㌔とか離れていることもあって、ただひたすら平原を走る。夜はとても危険。

なぜなら、カンガルーが車のライトに向かって激走してくることもあって、ぶつかるとこちらの方が命取りなのだ。なので、車にはほとんど(カンガ)ルーバーというのがついている。
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Australlia's Outbackよりお借りしました


バイトも釣りもサバイブも

バイトは、リンゴや梨もぎ。大型のコンテナーいっぱいにして、2000円とか。自給は300円くらいだったかも知れない。でも、貧乏旅行者には、それはそれでありがたかった。

果実はシーズンものなので、移動しながらバイトするプロもいた。バイト以外のときは、魚釣りをしたり、無人島にカヤックで行ったり、エアーズロックに登ったり。

あるブッシュでキャンプしたとき、着いたのが夜になってしまった。疲れもあり、適当にテントをたてて寝たのだが、朝になってそこが毒蛇の通り道だったと分かった時にはさすがに冷や汗だった。テントのありがたみを痛感した朝だった。(写真を探したけど、なぜかほとんど残っていません。汗;;)
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旅で出会った日本人。自転車でオーストラリアを回っている愉快なオトコだった。 右端にチラッと写っているのが自分たちのテント。
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キャンプサイトで暮らす人びと

で、だいたいどの町にも必ずあったのが、ビアホールと郵便局とキャンピングサイト。それによろずやのような何でも売るグローサリーストア。これらが「お気に入り」となると、長居決定!

西の町も良かったし、北のワイルドな町も好きだったなあ。

キャンピングサイトには、だいたいトイレと有料のシャワーがあって、でも乾燥しきった大地は水が貴重だから、シャワーも3分とか。たまに途中で止るし。シャンプーしてて出なくなったときは焦った。
 
で、気持ちの良いキャンピングサイトには、必ずと言って良いほどそこに定住している人々がいた。

10年住んでるわ〜、なんて人もいて、彼らは自分たちのトレーラーの前にお花を植えたり、ウッドデッキを作ってそこでビールを飲んだり。
 
飽きたら簡単に移動する。「グダイマイトGoodday,mate!!!(オージーの挨拶)次は北に行こうと思っているんだぜ、マイト」なんて感じ。

乾燥しているので、ジーパンも30分で乾く。万が一雨が降っても洗濯物を取り込まず、「no worrys, mate!!また晴れたらすぐに乾くさ」
 
水も、水道なんて田舎にはないから、外にタンクを置いてそこに雨水をためてガーゼかなんかでゴミを取り除いただけで使う。なので、ボウフラや葉っぱが蛇口から出てくることもしばしば。

水が貴重だからか、彼らは食器を泡だらけのボウルの中で洗ったら、そのままゆすがずに乾かしておくだけ。めっちゃ合成洗剤なのだが。汗;;

なんだか、と〜〜〜〜ってもお気楽なのです。もちろん、先住民アボリジニへの人種差別とか問題はたくさんあるけど、オージーのお気楽さは本当にいいなあ、楽だなあ、と思った。

 

キャンプするように暮らす

この写真のオヤジさんにはとってもお世話になった。りんごもぎのバイトをしている時、後ろに写っているトレーラーにタダで居候させてもらっていた。母屋のキッチンはガスバーナーではなく、薪のバーナーだった。料理と暖房が両方できる、といばっていた。

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記憶が定かではないが、2ヶ月ほどいたように思う。自分たちの料理はキャンプ用の2つ口のバーナーで作り、たまにオヤジさんとも一緒に食べた。晴れた日は広い庭でゴロゴロ。

オージーのことを言えないくらいお気楽な日々だった。

それに、テントってあの薄い布一枚で立派な家になるということも、身にしみて分かった。さすがに雨の日は車の後ろで寝たが(Ford、余裕の広さです)、とにかく晴れた日にはだいたい外にいる。

だから、昨日の記事で書いたDeeが言っていたのだけど、「晴れたら外にいるわ♪」というのも本当によく分かる。

そうなのだ、どちらかというと私は定住型というより、移動型なのだ。モンゴルの人たちのように夏と冬で住むところが違うとか、本当に憧れる(彼らには彼らなりの訳があるのですがね)。

好きな時に、好きなところに家ごと移動できる。気に入ったらそこにしばらくいて、飽きたら次の町を目指していこう。そんな、キャンプするようなお気楽な暮らし方。

日本でだってやればできるんじゃない?



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先日、おとなりの北杜市長坂町で開催された、竹内友一さん主宰SimplifeタイニーハウスワークショップのOpen House(▶︎よし、タイニーハウスを自分でつくる!

そのときにお話ししたこの人が、アメリカの第一人者、Dee Williamsさん。
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Greenzの彼女のインタビュー記事を読んで、またTEDxでの動画も拝見して、とても共感していました。だから、本人に会えたことがめちゃくちゃうれしかった!

思ったより小柄で、でもビール片手にピョンピョンと子鹿のように会場を飛び回っていました。

わたしが自分でも作るよ〜、といったらでっかい目をもっとでっかくしてとても喜んでくれて。

Deeの住むポートランドも雪が年に何回か積もり、寒いところだそうで、「ウチもウチも、寒いよ〜〜」と言ったら、とにかく断熱はしっかりしなさい、とアドバイスをくれました。

あと、ソーラーパネルやトイレも、できる範囲からでいい、そのあとで変化させることは可能だから、とにかく始めの一歩が大切だよ、と。そして、ぜひ写真を送ってね!とも。
 
完成したら招待するねと言ったら、「日本に来る楽しみがまた増えた」と言ってくれました。

Deeの家には子どもたちが48人も入ったって!サザエさんちみたい。うちのタイニーハウスにも子どもたちがぎゅーぎゅー入ってギネスに挑戦!なんて楽しいな〜♪

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オープンハウスのスライドトークやTEDxの動画でもDeeが言っているけど、
「最期の瞬間に何を抱きしめていたいか」

それを考えることは今の暮らしを大切にすることにもつながります。


【続き】
▶︎わたしは、最期の瞬間には何も腕に抱きしめないでいく



DeeのGreenzでのインタビュー記事、タイニーハウスに興味がなくてもとても響くので、ぜひ読んで欲しい。TEDxの抄訳もあるので読みやすいです。

▶︎Greenz シンプルな暮らしだから、毎日がワンダーになる。タイニーハウスムーブメントの第一人者ディー・ウィリアムスさんに聞く「これからの暮らしかた」

竹内さんのインタビュー

アメリカ・ポートランドにある、タイニーハウスコミュニティ
Simply Home Community 




The Big Houseと呼ばれている母屋があって、庭にかわいらしいタイニーハウスが4つあります。作るときは、お互い助け合ったそうです。住人は今のところ5人(かな?)

母屋のキッチンには5バーナーのガス台、大きな冷蔵庫、ダイニングテーブルなどがあり、リビングルームでは映画を観たり、もちろんシャワールームもトイレも完備です。

タイニーハウスの住民は、The Big Houseを自由に使うことができ、そこでは定期的に食事をしたり、ミーティングをしたり。

また、草刈りやガーデニングなどの共同作業も、定期的にしているようです。組織としては、合同会社(LLC  Wikiより)を設立して、お互いミーティングを重ねることで管理にあたっているそう。

住民が自治管理を主体的に行うコミュニティなのですね。

こんな感じで、老いも若きも、オトコもオンナも、暮らしをシェア&サポートしながら毎日を過ごせれば楽しそうです。

わたしが目標としているコミュニティです!




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タイニーハウスをつくる!と宣言したら、各方面から反響が相次いだ。多くは「やってみたい!」「うらやましい!」など肯定的、共感的なものだったが、中には「大丈夫?トシを考えなさい」とか「無理だよ、危ないよ、大変だよ」という否定的なものも結構あって、 ありがとう。かえって、

燃えるっ!!🔥



東南アジアの田舎でみたもの

ところで、わたしがなぜタイニーハウスをつくりたいのかというと。

その源泉は26〜7年前に東南アジアをバックパックしていた頃に遡る。その当時、何かから逃げるようにとにかくアジアの田舎へ田舎へと旅をしていた。究極は、タイ山岳民族の村々へのトレッキング。

お椀にごはんを入れて、ぽこっと逆さまにしたような山がずっと続く景色。そこを歩いて行くのだが、実は途中の記憶はほとんどなくて、ただひとつ鮮明に覚えているのは・・・

私たち旅行者はそれなりのスニーカーやトレッキングシューズを履いていたのに、地元のガイドやポーターたちはビーサン。

彼らが食糧など重い荷物を背負っているにも関わらず、山道をサルのようにスタコラ飛んで行くのにほんとうにびっくりしたのだった。


誇り高き山岳民族たち

そんなこんなで、ガイドの後を追い、ひたすらブッシュの悪路を進んで行った先に、突然視界がパッと開けるところがある。

まさかこんな山奥に人がいるわけがないでしょ、という場所に、カラフルな衣装をまとった山岳民族たちの村があったのだ。

今ではずいぶん観光化もされているだろうけど、当時は尋ねる外国人はほんの一握り。中には、外国人が初めて来たという村もあって、なんだかとても歓迎された記憶がある。


あれ?歓迎なんてしてませんねw、逆に怖がってる!? 
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竹でできた簡素な家が並ぶ

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長い歴史を、山の中で生活してきた人々。貨幣経済とも無縁で、完全に自給自足の暮らしだった。多くの村で共通してるのは、真ん中に広場があって長老がいる母屋のようなものがある。

回りを竹でできた小さな家が囲み、広場では子どもたちやニワトリなどがのびのびと過ごしている。一緒に写っているのはクロブタだが、四半世紀を経て、今、わたしも似たようなのを飼っているのが面白い。
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朝は、雄鶏のトキの知らせと、母たちが米を突く音で始まる。だいたい外に水瓶とかまどのある台所があって、オンナはそこで料理をする。

昼間、おばあちゃんたちがお米を脱穀したりして、時間が止ったようにゆっくり過ぎて行く。四半世紀を経て、今、わたしも同じようなことをやっているのが面白い。


遠藤レーコ、めちゃ若いっ💦
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中身はほとんど変わらない💦

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簡単に直せる家

村ではたまに、家が壊れてしまうことがある。 そんなときには村人が総出で直す。基本、その辺にあるものでできているので、木を切ってあっという間に柱を立て、壁は竹を編みなおし、葉っぱを葺いて屋根にしたら、もうピカピカのリノベーションハウスだ。

村によって違うけれど、高床式のところでは床下にブタなどの家畜がいて、部屋のゴミはさっと掃けばすきまから下に落ちてブタさんたちのエサになる。

家具もほとんどない。食器も、葉っぱだったり缶を柄杓代わりに使ったり。暑いところだと、川や湖で水浴びをするが、そうでない地域ではお風呂にも入らず。でもなんだか汚いと思わないのです。

みんな、奥ゆかしいのだけど、はにかむ笑顔が可愛らしくて、子どもたちの瞳はキラキラと輝いていた。噛みタバコで真っ赤になった歯を剥き出して笑う婆ちゃんは、めちゃくちゃ怖くてかっこ良かった。


生きるチカラ

わたしは経済成長が悪いとも思わないし、衛生面や様々な側面から考えたら、日本という国はほんとうにすばらしいと思っている。

ただ、「生きるチカラ」というか、野生の生命力のようなものは、東南アジアから帰ってきて以降、現在まで日本の都会ではあまり感じられたことがない。

だから、自分自身がもう一度そこの原点にもどってみようと思った。なので手始めに、食べるものや身の回りのものをつくっている。味噌作りや米作りもその一つだ。

食はどうにか自給のまねごとは始められた。衣についても、全部ではないにしろ、マフラーをつくったり、毛糸を紡いだり、染め物をしたりとどうにかスタートに立てている。

では、住は??


でっかい模型と思えばできる

わたしは、日本で、この家をつくるという最高にクリエイティブで根源的な活動が、専門家に奪われてしまっているのが残念でならない。しかも、工業的に大量生産された部材を組み立てるだけのものが、果たして住み手の感性を育むのか、はなはだ疑問だ。

あの、東南アジアの人たちがつくる家は、簡単すぎるけど、道具の使い方や竹の編み方を教えてくれる。みんなで協力する楽しさももたらしてくれる。

そう、わたしは本当は広場を囲んだ、あの竹の家をつくりたいのだ。

だけど、残念ながら富士見町は冬は氷点下10℃にまでなるから瞬間凍結だ。それに、都市計画区域内という不思議な法律が適用されている「おマチ」でございますので、それは難しい。

なので、せめてタイニーハウスを作って、家をつくることを自らの手に取り戻したいと考えた。ってか、逆に難しいような気もするが。

柱があって床があって、壁と屋根がある、三匹のコブタのような家。うん、何かできそう。笑

まずは、家のイメージと模型つくり、そしてみんなが集まって笑顔で作業している妄想から始めよう・・・


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きっぱりと晴れ上がった春分の日、となり町、北杜市長坂町で開催のタイニーハウスOPEN HOUSEにでかけました。竹内友一さんが主宰するタイニーハウスワークショップ。今年は第二期生たちが半年かけてモバイルタイニーハウス作りに挑んだそうです。この日は、その打ち上げお披露目会。といっても、まだ建築途中でしたが。。笑

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二期生がつくっているというモバイルタイニーハウス。内装途中でした。サイズは自分で計測したのですが、外壁で幅2.3m×奥行き3.8m×高さ(高)2.75m(低)2.00m。地上からの床面の高さは60㎝でした。

トレーラーのシャーシにタイニーハウスを載せているので、基本、建築確認は不要(規制はあります)。移動したければ、車で引いて気楽にお引っ越し。ただ、この大きさだと、移動させる場合には牽引免許がいるとのこと。

今回、総建築費用だとか、断熱、電気などの情報は残念ながら聞くことはできませんでした。それでも、初めて道具を使う素人が半年でこれまでのモノをつくれるんだよ、とインスパイアされるには十分魅力的な要素がいっぱい!
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工場を借りて、そこを作業場にしています。竹内さんはツリーハウスビルダーでもあるので、材料や窓枠など、たくさんありました。作業台の脚にするウマというのが、カモシカっぽくてかわいかった。
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Deeがいた!

一番うれしかったのは、アメリカでタイニーハウスの第一人者といわれる
Dee Williamsさんが会場にいたこと!気取らず飾らず、チャーミングでほんっとにカッコいい!ボロボロぶかぶかのオーバーオールで飛び回っていました。スライドトークでも、彼女のタイニーハウスのことを教えてくれたり、タイニーハウスに住む仲間たちのことなどを、冗談まじえて話してくれました。

竹内友一さんとDee Williamsさん
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見づらいけど、Deeのタイニーハウスとデザイン画
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Deeは、以前は大きなステキなアメリカンハウスに住んでいました。でも、心臓の病気をしたことがきっかけで、人生を見直すことになったとか。そして選んだのが、暮らしのダウンサイズ。家も、ほぼセルフで作ったそうです。それを知人の庭に置かせてもらっています。

建築にかかった費用はおよそ120万くらい。廃材をベースに、シャーシ、太陽光パネル、などが一番高かったそうです。

壁を立ち上げる時などは、友人に手伝ってもらって、お礼はパーティーで。笑

お仕事は週に3日、工場などで環境に配慮した廃棄方法を遵守しているか、などを指導するので、envaironmental police環境警察と言ってるの、とガハハっ!

彼女の家にはトイレ、ミニキッチンはありますが、シャワーはない。これは、週に3回通うジムで済ませたり、友人の家にビールを持って行ったときにちゃっかり借りるとか。そうそう、ビール大好きなんですって!この日も、ビールを片手に走り回ってました。

また、上下水は通っていなくて、水は隣のマザーハウスからもらって、下水はポリタンクにためて庭に撒く。トイレはコンポスト。といっても、便座の下にただバケツを置いて、たまったら野菜クズなどと一緒に堆肥にするそうです。

う〜〜〜〜ん、良いなあ。

彼女のことばで印象に残ったのが、
「自分が死ぬ時、腕に何を抱いていたいか」

お金やブランドの服や高級な車なんて持っていけない。
それよりも、隣の友人とハグしていたい。

だから、それまでの日々も、大切なことにより多くの時間を費やしたい。

音楽を聴いたり、
友人と語ったり、、
自然と戯れたり、、、



というわけで、つくりますよ

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モバイルハウスにはしないと思いますが(シャシーが高い、移動させる可能性が低い、目的がある)、基礎からタイニーハウスを作ります。

できあがったら、友だちのクロちゃんと巨猫バジルが住む予定。今建っているボロ小屋の解体、土地の整地、基礎、建築確認などなど。はて、できるのか、自分たちで??

あわせて、ハーブガーデンにも着手するので、永遠に完成はないと思いますが、ど素人、しかもオンナがタイニーハウスをセルフビルドできるのか、失敗挫折も含めて、お楽しみに〜♪

Deeに伝えたら、すごい、写真を送って!と言われました。完成したら招待するねって言ったらとっても喜んでくれて。なので、完成お披露目会は、Deeも参加する予定デス。笑

もちろん、猫の手大歓迎〜!差し入れも大歓迎〜〜!!




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四賀村のるりこう庵でのワークショップは、前日とは打って変わってスッキリとした青空になりました。お庭では、福寿草がお出迎え。かわいらしいですね〜。 
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日本でただ一人のチベット医、小川アムチ(チベット語でお医者さんの意味)の「森のくすり塾」2日目は、茶道でした。茶道といっても『薬草茶道』!

まずは、ハト麦茶。アムチ自ら栽培されたそうです。ありがたい。ハト麦は、外の殻をむいたら、中身が鳩に似ているからそう呼ばれるとのことでしたが、わたしはあんまりピンと来なかったので写真は撮らず・・・笑

麦をほうろくで煎ります。あたりに香ばしさが漂いはじめたらできあがり。いいにおい。

今度は煎った麦を、石臼というか石板と丸石(るりこう庵の庭にあったものだそうです)でゴリゴリ挽きます。豆があっちこっち飛んじゃって、みんなわーわー言いながらでしたが、楽しかったです。それを煮だすこと10分。とてもゆたかでコクのあるハト麦茶、初めての奥深い味わいでした。
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おつぎは、カキドオシにスギナ。そのへんに自生する薬草ですね。身近な植物だけど、知らなかったら単なる草。でも、こうして実際にお茶にして飲むと、親しみが一気に増します。

野草やハーブに興味を持ち出していろいろ学ぶうち、今ではワンコ散歩のときに植物を見ると「食べられるかな、クスリになるかな、どんな香りだろう、染料になるかな?」と興味が尽きません。本当に道ばたに生えている植物たちだけど、びっくりするほど奥深い。もっと早くにこの世界のスゴさに気づいていれば良かった!
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お釈迦様のお誕生日に飲むという甘茶もいただきました。アムチの手もみだそうです。まず葉っぱをそのまま食べたのですが、これが衝撃の甘さ!同じ量なら砂糖の100個分の甘さなんだとか。

甘茶は、あじさいの仲間で500m以上の高地で栽培可能とのことなので、裏の林に植えてみたいと思いました。料理なんかにも使えるんじゃないだろか?
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薬草は、採取したら乾燥させて煎ってからに出すのが良いそうです。煎ることで薬効成分がさらに引き出されるし、香ばしさも加わります。カキドオシはほのかな甘味、スギナ茶はちょっとミントのような味がしました。どれも美味しかったけど、わたしはハト麦茶が一番気に入りました。


薬草茶の道

アムチ曰く、どちらかと言えば、コーヒー文化が男性的、薬草・ハーブ茶が女性的なものだとすると、これを統合した『薬草茶道』を広めたいとのことです。

コーヒーは煮出すのではなく、ドリップ。味やアロマも強めで刺激的です。対し、薬草ハーブティは煮出すことで薬効を引き出し、香りもコーヒーに比べると刺激系ではありません。

ただ、今のハーブティなどは茶葉も購入して楽しむのが主流です。これを、狩猟採集型にすれば、男性も親しむ世界になるのでは、という考えです。自分で野山に入り、自分で根っこや葉っぱを採ってきて家族に飲ませる。おとちゃん、カッコいい!というわけですね。

でも、フィールドワークで根っこをガンガン掘るのは、今のところ女性が圧倒的に多いそうですよ。笑


不思議な表現空間にお邪魔しました

ワークショップのあとは、近くのヴィオ・パーク劇場というところで手打ちのおそばをいただきました。なんだかとっても不思議な空間。前からそこを通るたびに気になっていたのですが、今回たまたま入ることができて、とってもラッキーでした。
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大きな太い柱が、直接地面に埋められています。どうやって建築確認をとったのだろう?それにワラ入の土壁。確信犯的な仕事ですね。

写真ではちょっと写っていませんが、舞台と前庭があり、音楽や舞踏など様々な表現活動が行われているそうです。この日はそば打ちのセットが舞台にありました。
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とれたての山菜天ぷらに、辛味大根となめこ。手打ちのおそばは、コシがあって本当に美味しかったです。お手伝いをしてくださった方がお誕生日だったそうで、ケーキもご相伴にあずかりました。自然界の恵み、滋味あふれる薬草茶と手打ちのおそば、それに素朴なケーキの〆でとても有意義な二日間を送ることができました。
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前記事はこちら▶︎チベット医に学ぶ①葛根湯を自分でつくる




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小雨降る中、松本から山に入った静かな集落、四賀村にある古民家を改装したるりこう庵まででかけました。お目当ては、日本でただ一人のチベット医、森のくすり塾・小川康アムチ(チベット語でお医者さんの意味)のワークショップです。

るりこう庵では、チベットの五色の旗タルチョーがお出迎えしてくれました。風に吹かれ、はためくたびに読経したことになるとか。四賀村は、秘境の感じがあるので、どこか違う国に来たような印象。
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仏さまと祭壇

ワークショップは、小川康アムチの読経から始まりました。チベットでは、処方や何かするたびに読経で始まり読経で終わるそうです。厳しい自然の中で、信仰のもとに生きる人々の暮らしがかいま見られます。感謝することを忘れがちな日常を振り返る、とても良い機会となりました。
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ずらりと並ぶ薬草のビン

木の根、葉っぱ、果実、チベットの丸薬など、ハーブとはまた趣が違って、見ているだけで楽しくなります。味は苦かったり甘かったり辛かったり・・・

生薬に使われることの多いという甘草。根っこの部分を使います。皮を削って口にすると、甘さが広がる。ただ、ちょっとしびれる感じもありました。
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これは、棗(ナツメ)。疲労回復やエネルギー補給に良いそうです。
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葛根を手に嬉しそうに説明するアムチ。チベットにいたら、間違いなくチベット人と思われるでしょうね。
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葛の根っこ。これが葛根湯のもとですね。薬効成分が抜けて、ほとんどでんぷんとして残ったところを粉にしたのが、よく見る葛粉(右の白い粉)ですね。
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葛は、つる性で生命力が強く、他の木に巻き付いて枯らすこともよくあります。なので、今日本の森では、厄介者として駆除の対象だそうです。

こういう薬になる植物を使いこなせない現代日本社会への一つの提言として、自分で葛根湯を作って自分の健康管理ができるようになれば、そこから社会や環境へのまなざしも変わるのでは、という思いもあるようです。


いよいよ自分で葛根湯を作る 

葛根湯には
・葛の根
・生姜
・桂皮
・甘草
・麻黄
・ナツメ
・シャクヤクの根
が入っているということです。 目で見て、鼻でかいで、舌で味わって、一つひとつ確かめる作業は、植物が暮らしに欠かせないものである、ということをまざまざと実感させられます。

さて、いよいよ自分たちで作ることに。外に出て、葛根をサイコロ状にしていきます。切ったそばから真っ黒になっていくので、水にさらして、水をかえてまたさらして・・・3回くらい繰り返したら、乾燥させます。今日は、ストーブで乾かしますが、本当は天日でじっくりと。
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アムチ側から時計回りに
・生姜
・荒茶(麻黄の代わり)
・葛根
・ナツメ
・シャクヤクの根(貴重品です)
・桂皮
・甘草

これらをやかんに入れて煮だすこと20分。この間にもヤカンの意味=薬缶もともと薬を煮だすためのもの、とかの話題で盛り上がります。

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ちょっと生姜が強かったかな?甘草をもう少し入れた方が良いかも??など、各自の感想が飛び交います。でも、わたしはホカホカ温まって、とてもおいしくいただきました。
 
それにしても、植物は、薬になったり、食べておいしかったり、香りや花を楽しんだり。本当にその世界は奥深くて感動します。

ただ、こうして振り返ってみると、乾燥させていることもあるのでしょうが、どちらかというと地味な感じ。でも、地味は滋味につながります。生薬というくくりでなく、広く植物たちともっと仲良くなりたい、という思いがつのりました。


でもやっぱり地味だよね〜

ということで、このワークショップに参加する前に立ち寄った富士見町のご近所、ゆるカフェさんで撮ったサラダとデザートで〆。笑
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つづき▶︎チベット医に学ぶ②薬草茶道をたしなむ




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ここ数日、八ヶ岳ふもとのハーバルショップをあちこち尋ねています。この春から提供するハーブボールマッサージやタイニーハウス&ハーブガーデン作りの構想もかねて、色々と教えていただいたり、イメージをふくらませているのです。

はり灸師のわたしは、もともとよもぎから作られたもぐさには親しんでおりました。

でも、本当に今さらなのですが、最近ハッと気づいたのが「ああ、よもぎは日本を代表するハーブなんだな」と。

ハーブというと、カタカナの名前のついた西洋ハーブを思いがちです。でも、それこそたんぽぽやどくだみなどその辺の野草、薬草も、みんなハーブだよね〜〜!??

それから、身近に自生する植物にがぜん興味が沸いてきました。


<ハーブボールとよもぎ>
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とにかくたくさん失敗すること

わたしの住む富士見町は、日照時間が長く、高原性の気候が花作りに適しているので、お花や野菜の苗屋さんがたくさんあります。中でも、「Harb & Greden Plants サムディ」の板村さんは、苗を無農薬で育てています。

口にしたり、肌にふれたりするものは、無農薬がいい。というわけで、昨日は、八ヶ岳と南アルプスを雄大に望むハーブ園にお邪魔しました。


<ひつじのふたばちゃんがお出迎え。おなかいっぱいで眠いんだって> 
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板村さん。お忙しい中一つひとつていねいにご説明してくださって、恐縮です。映画「西の魔女が死んだ」のハーブガーデンや、清泉寮の庭作りにも携わっているとのこと。

ハーブへの情熱はすごいのに、ゆる〜い雰囲気が心地良い。

板村さんに「どうやったらハーブや花をうまく育てられますか?」と聞いたら、笑顔で「とにかくたくさん失敗することですね〜」。。笑

畑も何でもそうだけど、自然が相手の営みはすぐに成果は出ない。ダメもとでも、やってみること、やり続けること。板村さんのおっしゃるように失敗もたくさんあることでしょう。

でもその時に、ハーブボールや、ワークショップをやりたいなどの目的があると、へこたれている暇もありません。失敗を経験に、経験を財産にすれば良いだけです。

ワンコ散歩の時、単なる雑草としてとらえていた植物たちでしたが、今では「この草はどんな匂いだろう?効用は?食べられるかな?」とかいちいち気になり、ほんと、道草くって前に進みません。

それに、日本の野草やハーブに親しんでゆくことでまた大地からいろんなことを学ぶことができそうだな、という期待もあります。


とにかく種をまこう

実は午前中は蓼科ハーバルノート・シンプルズにもお邪魔していました。ほの暗い店内にはたくさんのハーブたち。行くと必ずハーブティを飲ませてくれます。

今回は、野草茶と種を求めました。もう少しあたたかくなったら種をまいて、たくさん失敗しよう。笑

まずは、食べられるものからです。大好きなコリアンダーとバジル、アジア料理に欠かせないセレクトですね。八ヶ岳では、亜熱帯のものはなかなか育たないだろうけど、できることから、できるものから。

なので、これから、たくさんの失敗談を「これでもかっ」というほどお届けできることと思います!笑

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みなさま、こんにちは。遠藤レーコと申します。
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あ、違った。これはフレブルきなりちゃん(^^;;
うちのお笑い大臣でした。

リアルわたしはこんな感じ↓↓後ろの油絵は自分で描きました。
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現在、八ヶ岳の信州富士見町と東京武蔵野市を7:3くらいの割合で行ったり来たり。仕事は、はり灸師、時々イラストエッセイストです。この春からはオリジナル野ハーブボールマッサージのセッションを提供していきます。

こちらのブログでは、女性一人で移住したい方に参考になるようなこと、八ヶ岳や富士見の地元ならではの情報、多地域居住、タイニーハウスやオフグリッドなど、わたしの身の回りのにぎやかな暮らしについて、イラストや写真をまじえて書いていこうと思っています。

ちょっとお茶でもするような、気楽な感覚でお楽しみいただけたらうれしいです。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎくださいね。プロフィールはまだあたふた書いていますが、随時更新していきます。

それでは、いきなり20代から。笑

20代バックパックで得たもの

短大の美術科を卒業後、自動車会社に入社、宇宙航空部門で部品や原材料の購入を担当していました。が、20そこらのムスメっこが日常的に1億円の注文書を切るなど、あまりにも現実とかけ離れた日々に、強烈な違和感をおぼえました。

時はまさにバブル狂気へと突入しつつあった時代。世の中のざわつきにも嫌気がさし、5年で退社、すぐに、ワーキングホリデービザでオーストラリアに逃げ渡りました。

オーストラリアでは、4.0ℓのモンスター車に乗り、途中リンゴもぎのバイトで大きなコンテナーを運転したり、田舎のおじさんのキャラバンカーで居候したり、無人島にカヌーしたりと、バブルとはまるで無縁の生活。

田舎ばかり、1年3ヶ月ほどかけてキャンプをしながらほぼ一周しました。隣の町まで、600㌔ということもありました。

ドライブの途中で休んでいると、何かあったのかと、すれ違う車がほぼ100%声をかけてくれます。乾燥しきった平原ばかりのオーストラリアでは、車とすれ違うこともまれです。なので、車の故障は時に命取りになります。実際、水や食糧など、装備が十分でない日本人の事故もたびたび耳にしました。

ただ、楽しいことばかりでなく、先住民アボリジニの方々が住むところを追われ、アルコールに溺れざるを得ない生活をしている姿にも遭遇しました。もともと、自然と深い関わりをもち、文字に頼らずともその叡智を継承してきた人々です。

違う価値観を押し付けられた誇り高き民族が、世界にどれだけいるのだろうと考えるきっかけにもなりました。 

1年半の滞在後、オーストラリアを出国。船と陸づたいで、バリ~ジャワ~スマトラ~シンガポール~マレーシア~タイ~ラオス~ベトナム~カンボジア~タイと約1年かけてバックパックしました。数え切れないほどたくさんの人に助けられた日々でした。本当にみんな優しかった。

その後、縁あってタイ国境付近のビルマ(現ミャンマー)の少数民族難民キャンプにてボランティアをします(自立支援、クリニックへの募金など)。この経験は人生の中で宝物になりました。

文化も歴史も言語も違う人たちとブロジェクトを立ち上げること。自分を信頼して募金をしてくれる方々への感謝。プロジェクトを軌道に乗せてそれを現地の人に任せることなど、大変なことばかりでしたが、一つずつ真摯に対応することで必ず道は開けました。今でも、なにか問題が起きると、この時のことを思い出しすようにしています。
 

西洋主義への疑問〜20代後半、鍼灸師になる

'90年に帰国。しばらくは任意団体【ビルマ問題を考える会】事務局として、勉強会・報告会の開催、募金集めなどの活動を行いました。

その後、ある財団法人に就職し、全国の指導者養成、および3万人規模の全国大会運営などに携わりました。
 
バックパックの旅をしているときから、都市部より田舎に行くほど人々が暖かく親切であることが身にしみました。また、子どもたちの純真な姿にも胸を打たれ、経済的豊かさや西洋主義に決定的に疑問を感じ、老荘思想などの東洋思想にのめり込んでゆきました。それを体系づけて学びたいという思いと、手に職という気持ちから、鍼灸師になることを決意。
 

30代〜はり灸師となり、なゆた堂開院

財団法人で働きながら、日本鍼灸理療専門学校夜間部に通学、’97鍼灸あん摩マッサージ指圧師の資格取得しました。同時に財団法人を退職し、鍼灸治療院、整形外科、整骨院などで研修を重ねてきました。

'99に独立。閉院まで、女性のための治療院「なゆた堂」院長・鍼灸師として、のべ1万人以上の心身のケアに当たりました。

治療に当たる中で、経済的には豊かで、自分でなんでも選択できると思われていた時代に、どうしてこんなに苦しい思いをする女性が多いのか、という素朴な疑問がだんだんと大きくなっていきました。なので、心の領域への学びも深めることに。

タオやユング派のプロセス思考心理学、アートセラピーなど、むさぼるように学んでいきました。参加したワークショップは数知れず。

同時に’06~ゆる体操指導師として、本部教室と自クラスで女性向けゆる体操および経血コントロールなどを指導する機会にもめぐまれました。

40代〜親の介護

ただ残念ながら、脳梗塞で倒れた父の介護に専念するため、'08になゆた堂を閉院しました。その後はご紹介の方のみ出張にて治療を続けています。

現在は予約制にて、これまでのさまざまな学びの集大成として「自分の本質を生きる」ためのアート&ボディワーク個人セッションおよびグループワークやさまざまなワークショップの提供、および自身のモノツクリや制作活動を行っています。

また、新しい暮らし方の提案として、東京武蔵野市と八ヶ岳富士見町の二地域を拠点に活動しています。ひと月10日就労を目標に、その他はアーティスティックに暮らす日々(自給自足、アート、自然)。

八ヶ岳ではチェーンソーや斧を手に、小屋作り、家のDIY、大豆からミソや醤油をつくったり、夏には『遊びの達人・サマーキャンプ』を実施するなど、暮らしをとことん楽しむ提案もしております。
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【bodyworks】
98~08女性のためのはり灸治療院なゆた堂院長
06~07ゆる体操教室指導員
2015個人セッション、ワークショップ開催
2016春より、野ハーブボールなど身近な野草を使ったさまざまな取り組みを展開していきます。

【art&illustration】
2004高岡英夫著・小松美冬構成『歩き革命』イラスト担当
2014白金弘重ギャラリーにてグループ展、アートセラピー各種ワークショップ開催

【diy】
八ヶ岳コテージ建築(木材伐採、皮むき〜)
 
【資格等】
鍼灸あん摩マッサージ師(国家資格)
元ゆる体操指導員
吉田エリ氏「表現アートセラピスト養成講座」修了
非電化工房「地方で仕事を創る塾=地創塾」第2期修了
クンルンネイゴンレベル1・2修了
WWF会員
 
【好きなこと】
モノツクリ、乗馬、サーフィン、ハイキング、絵を描くこと、糸紡ぎ、DIY、動物と遊ぶこと、知らないところを歩くこと

【その他】
子どものころから好奇心旺盛で活動的。外遊びが大好きだった半面、見えない空想の世界で遊ぶことも多々あり。

父親がバカボンのパパを尊敬するヒトだったので、何か言うとさらに面白いことを言うように仕向けられ育ちました。そのため、常におもしろいこと、おかしなこと、楽しそうなことがないか考えているようです。何か見つけると頭の中にイメージされ、それをイラストで表現するのが得意。




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春!
はるはる〜っ!!

春は、冬の間にたまった毒素を排出する季節です。寒さで縮こまった身も心もフワッと解放させましょう。

というわけで、少し寒さがやわらいだのを機に以前から興味があったハーブサウナとカンボジア料理を堪能してきました。 

お邪魔したのは、カンボジア人のご主人こーさんと日本人の奥様ようこさんのお店
▶︎カフェこーさんのうち

松本のお店までは、富士見町から車で40分くらい。田舎では隣の隣の町、という感覚です。畑仲間、のらぼうのみんなと一緒に行ってきました。

民家をリノベーションしたお店は、小さい頃住んでいたような雰囲気。そして店内にはカンボジアのグッズも並べられて、バックパックしていた頃をなつかしく思い出しました。2階にはキッズルームも有り、ママたちが子ども連れでランチを楽しんでいました。
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ご主人のふるさと、カンボジアの村でおばちゃんたちが栽培しているというハーブたち。ようこさんは、一つひとつの効用をていねいに説明してくださり、ハーブへの思いが伝わってきます。
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基本のハーブ は4種類。クメール生姜、レモングラス、こぶみかんの葉っぱ、塩。温熱効果やリラックス、デトックス効果が期待されます。それに、自分の気になる体調に合わせたハーブをプラス。テント内には椅子があって、その下のグリル鍋にお湯を張って、選んだハーブを入れて蒸気を出します。アロマとミストですでにリラックス。     

カンボジアでは、写真にあるような素焼きの壷でお湯を沸かすそうですよ。
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20〜30分で蒸し上がり。
大量の汗をかいて身体ポカポカ、お肌しっとり美味しそうになりました。笑
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ハーブサウナの前後には、これまた美味しいハーブティをサーブしてくれました。それぞれ違うのを選んで味見。ハイビスカスティーや、日本でいうレンコンのような漢方的なお茶など。色もきれいで、良い香り。わたしはタマリンドとジャスミンティーをブレンドしたお茶にしました。とっても美味しかったですよ。    
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食事もカンボジアの香りただよう、野菜カレーや青唐辛子のカレー、マーケットで食べるようなまかないごはんなど。  バックパックでいつも食べていた屋台の味です。うれしいっ!!
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身も心もお腹も満たされて、大満足!サウナで大量の汗をかいて、ゆるんだこともあるのでしょう。心地良い疲れで、家に戻ってから思わず一眠りしてしまいました。

かずみちゃん、じゅんちゃんもゆるゆる〜♪
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キッチンで仲良く調理するご夫妻。日本の松本という気候も習慣も違う場所で、一生懸命働いている姿に思わずエールを送りたくなりました。こーさんはふるさとの村に寺子屋を建て、そこでは子どもたちが学んでいるそうです。

また、来年1月からは高床式のゲストハウスでホームステイも受け入れるとのこと。アンコールワットの近くなので、いろいろ案内もしてくれるようです。ワクワクしますね。

そうそう、アンコールワットも圧巻の建造物ですよ(2回行ったことがあります)!!

カンボジア本国にはなかなか行けないにしても、東南アジアフリークのわたしとしては、近くにこんなステキなお店があって本当にラッキーです。みなさまも、松本に行かれることがありましたらぜひ尋ねてみて下さい!
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今日は、のらぼうの味噌作り本番でした。のらぼう隊長、じゅんちゃんちで、南アルプス甲斐駒ケ岳を眺めながらの作業。昨日の大雪とはうってかわって、きっぱりと晴れ上がった気持ちの良い一日となりました。

去年までは麦味噌を2年連続で作りましたが、今年は米麹を使った米味噌。味噌は使う麹によって、麦味噌になったり、米味噌になったり。麦味噌は四国や九州などの地方西に多いようです。そして、若干甘く感じます。

お味噌自体の味がしっかりしているので、そんなに量を使わなくても、お味噌汁などとてもおいしい。しかも、冷めてもなお美味しいのが手前味噌の特長です。

まずは煮てつぶす

前の晩から水に浸しておいた豆を煮るところから始まります。今回は、初めてロケットストーブを借りて煮てみました。
ロケットストーブについてはこちら ▶︎調理用ロケットストーブを作ってみた by The Frowing Life

でも、さすがに普通に煮ると5時間もかかると言います。待ってらんない。
なので、のらぼうメンバー全員が圧力鍋とガスコンロを持ち寄り、煮る煮る煮る!
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豆の煮汁「♡」の泡がかわいい
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つぶすつぶす〜まぜるまぜる

豆が煮えて指でつぶせるくらいの柔らかさになったら、今度はつぶす。これも、手動のミンチマシーンとフードプロセッサーを使いこなして、つぶすつぶすつぶす!「煮る」と「つぶす」は同時進行。
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これも同時進行で、塩と麹をダマのないようにまぜまぜ。
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全部つぶせたら、今度は大豆と麹&塩をまぜまぜ。麹が下の方に残っていたりすることもあるので、上下ひっくり返してよ〜〜く混ぜます。

じゅんちゃんが写真のような大きなたるを知り合いからもらったそうで、今までは各自別々に混ぜていましたが、今回全部一緒に、みんなでやります。

結構な量なので大変ですが、わいわいガヤガヤ、おしゃべりしながらやればとっても楽しい!
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よく混ざったら、4分割してそれぞれ持ってきた器に投げ込みます。空気が抜けるように、味噌玉を作ってバンバンッ!と。

これは、陶芸をやるえみかちゃん、さすがに上手でした。陶芸は土をこねてナンボ。その経験を生かして美しく入れていく。そういうのも人それぞれで楽しいですね。

さて、9時から始めた味噌作りも、ほぼ半日で完成!!年々効率も上がっているような気がします。わたしは、高校の友人にも分けるので、二つの容器に入れました。この上に、塩でフタをして、ラップをかけて半年待ちます。楽しみ!
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作業の合間のお楽しみ 

なんといっても、お楽しみはじゅんちゃんのお手製ランチ&スィーツ
酵素玄米ごはんとヘルシーベジおかずがついた、究極のランチです。手作りの野沢菜漬けもついて、去年仕込みの手前味噌で作ったみそ汁。
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スィーツはよもぎ尽くし。よもぎケーキに豆の煮汁とよもぎの入ったメレンゲをトッピング。甘さ控えめで、ふんわりやさしい。

お茶はもちろん、ハーブティ。月桃&黒文字、それに枇杷葉入りの香り豊かなお茶と一緒に頂けば、作業の疲れも吹っ飛びます。
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次はいよいよ畑の作業です 

今年の味噌も無事仕込みが終わりました。今度は畑の作業が待っています。こちらもお伝えしていきますので、お楽しみに!!
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前の記事はこちら
▶︎八ヶ岳で大豆から味噌をつくる①〜予告編w




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今日は、わたしたち「のらぼう」の味噌の仕込み。のらぼうとは、野良の傍らでボ〜ッとしながら畑仕事をする仲間たちのことです。完全無農薬で自分たちで大豆を育てるところから味噌作りをしています。

昨日は思いもかけぬ大雪に見舞われたので、外での作業は難しいかな。できれば屋外で、借りてきたロケットストーブでどんどん火を熾し豆を煮るつもりです。

全部で40㌔作る予定!どんな様子で作っているのか、ダイジェストでお伝えしていきますね。

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今は、知り合いが使っていない畑をお借りしています。もののけ姫に出てきた「乙事主の命」の由来と言われる「乙事」という地域にあります。八ヶ岳をバックに空がスコ〜ンと広がる、と〜っても気持ちの良い畑です。

でも、一番始めは、しばらく使われていなかったので、開墾から。原野を、クワとカマと、のこぎりまで使って。タフなわたしもさすがにヘトヘトになったことを覚えています。

そしていざ豆をまいても、そのあとがなかなか大変。ちょっとサボると、雑草の方がおよそ豆の背丈を超えちゃって、大豆作ってるのか雑草育てているのかがわからなくなる。汗;

ただ、肥料や農薬は使わないので、その手間は省かれます。自然農的には、畑の外からは入れない、畑の外に出さない。刈り取った草も、作物のまわりにベッドのように敷き詰めます。

いざ収穫、となっても枝豆は木のように太く立派に育つので、のこぎり鎌で刈り取るのも一苦労。刈り取る、というより伐採に近い感じです。

それもこれも、仲間がいるからこそできること。

誕生日もサプライズで祝ってくれたり、映画の上映会したり、持ち寄りランチ会したり。

作業での大変なことも、みんなでゲラゲラ笑っちゃえば、何とかなります。仲間の存在って本当にありがたい。いつも胸一杯な思いになります。

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4月に入ったら、畑の整備から味噌作りはスタート!
だいたいの作業スケジュールはこんな感じです。
 
4月:畑整備(昨年は耕耘機を入れて土起こしをしてもらいました) 
5月:種まき
6月〜10月頃:ひたすら草刈り、草刈り、草刈り 
11月:収穫、乾燥、脱穀
3月頃:豆の選別、味噌作り

と、やっぱり一年通しての作業ですね。実際の味噌作りも、一年に一度の作業なので毎回やり方を忘れています。涙

今はまだ、麹は購入していますが、来年は自分たちで作りたいと、発酵も学んでいきたいと思っています。発酵も奥が深そうだし、やることいっぱい!!!


こちらに続く▶︎八ヶ岳で大豆から味噌をつくる②〜本番編




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午前中、デコボタニカルさんにお邪魔したあとは、 
▶︎白州デコボタニカルのガーデンカフェ、オープンが楽しみ♪

これも以前から行きたかった小淵沢のこぶダイニングでランチをいただきました。 

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鹿の和風ハンバーグ↓
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頼んだのは、鹿ハンバーク和風ソース850円、ごはんコーヒーAセット(500円)付きのランチ。

鹿肉って、さっぱりしていて脂身も少なくてお肉の中では好きなのです。ハンバーグは、粗めのお肉を時間をかけてふんわりこねているそうで、生姜とポン酢味のやさしい和風ソースで、大根おろしとからめていただきます。

マスターが朝、庭で採ったという、ふきのとうの天ぷらもついてきました。富士見町のわが家はまだふきのとうのふの字も出ていませんが、ほんのりとした苦みに、降りしきる雪の中で春を感じました。

最後はソースにごはんをまぜて食べると美味しいよ、ということでやってみると、ごはんと肉汁の出たソースが絡み合って絶妙なお味、しかもソースを残さずにすむのが良かったです。ちょっと食べにくかったけど。

ごはんもハンバーグもしっかりと量があるのですが、そんなにお腹にたまらないのは、鹿肉だからでしょうか?女性でもうれしいボリューム感です。 

こちらのお店は偶然サイトで見つけて、何だか小さくてかわいいお店だな〜と思ったので行ってみたかったのです。食べログでの評判もよかったし。

聞いたら8坪とのこと。テーブルも2人掛×2、4人掛×1のタイニーなお店です。
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横浜のホテルで料理をしていたというご主人が、一人でやっているのでちょうど良いのでしょう。その前に行ったデコボタニカルのカフェが広めだったので、こじんまりとかわいい印象でした。

タイニーハウス派には、このくらいがちょうど良いですね!

今日はハンバーグでしたが、ご主人がていねいに作るお料理はどれも美味しそうなので、他のものもぜひ試してみたいと思いました。

特に、FBに去年アップされていた、お花たちが食材になるっていう記事がとっても気になります!どんな味がするのだろう?こぶダイニングFBポスト2015.4.6
こぶダイニングを彩ってくれているお花達をご紹介。
こぶし
うぐいすかぐら
かたくり
におい水仙
他のみなさんです

 


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今日はまさかの朝から大雪。午後7時現在じゃんじゃん降っております。 

信州と甲州はまるで違う国のよう

そんな中、山梨県は北杜市白州にあるデコボタニカルさんに行ってきました。

驚いたのは、わが家から30分もかからないのに、まったく雪が降っていなかったこと。 標高1000m超えの富士見町と、650mの白州はまるで別世界。信州と甲州は違う国なんだなあ、と実感しました。 

デコボタニカルさんは、アンティークをたくみに取り入れたガーデンデザインやエクステリアなどをされているのですが、この春、できたら連休前にカフェとアンティークを扱うショップをオープンするとのこと。ただ今絶賛工事中!

今回、工事を知人が手伝っているのと、うちでもタイニーハウスを作るので、参考にしたいと思いお邪魔させていただきました。

Nomosのアーティスティックな仕事

工事とショップデザインを担当するのは、迫田英明さん率いるアーキテクト集団 Nomosの皆さん。

わたしは迫田さんとは、以前からワークショップなどでお目にかかったりと、もともと顔なじみなのですが今回は久しぶりの対面。でも、その仕事は相変わらずアーティスティックでかつ職人的でした。


随所にこだわりの古材を使っているのですが、圧巻は7mはあると思われる堂々とした梁。写真上部に写っているのがその梁です。どこかの旅館などに使われていたのでしょうか? Nomosはこういう仕事が得意です。

また、こちらは基礎を打っていなくて、大きな石を平らに削って束石にしています。富士見町では、法規の関係でこの方法は取り入れられず、残念!一つひとつの束石がまた大きくて、床下にかくれてしまうのがもったいないくらいの味わいでした。

その写真を取り忘れた。orz

アンティークが待っている

オーナー奥さまにもお話しを伺うことができました。今日はあいにくの天気だったので見えなかったのですが、冬になるとカフェから甲斐駒ケ岳が望めるそうです。

庭もとても広く植栽もステキですが、引っ越してきてからご夫婦でせっせと開墾されたとか。敷地も2000坪もあり、ゆったりとそれでいてさりげなくアンティークが置かれたりして、どこかホッとするオシャレな空間でした。

お店のブログには、フランスで仕入れたアンティークがショップに並べられるのを待っている、とも紹介されていました。わたしもアンティーク大好きです。カフェがオープンしたら、通い詰めてしまいそう。

直角のない建物

今回、一番おもしろいなと思ったのが建物のデザイン。

一辺の壁を直線とすると、あとは微妙に角度がついています。なので、建物に直角がない。根太という、床の下に渡す骨組みがあるのですが、それが壁に対して斜めに打たれていたので不思議に思って聞いたところそのようなデザインにしたとか。

奥から開口部にかけて微妙に広がっているのです。目線の効果で、さらに奥行きと、変化が感じられるだろうな、と思いました。ただ、これだけで作業量が何倍にもなると想像できます。

迫田さんは「泣きそう」と言いながらも、どこや楽しげに作業にいそしんでいました。

移住者の多いエリア

白州は、サントリーの工場があるくらいお水のおいしいエリアです。古くから、都会からの移住の人も多く、今回のデコボタニカルさんの近くにもステキな家やお店が建っています。そんな家や庭をこっそり眺めるのも、こちらの暮らしでの楽しみです。

今年田んぼをやらせてもらうのも、この近く。甲州街道沿いの、台が原という昔からの宿場町には、オシャレなカフェやギャラリーもあって、わたしが注目しているエリアでもあります。

八ヶ岳にいらしたら、ぜひこの辺りもゆっくり時間をかけて味わって下さい。また、これから、わたしの好きな場所や人もどんどん紹介させていただきます。そちらもぜひお楽しみに!




今朝、窓の外が何やら白かった

ん?

そう、雪がじゃんじゃん降ってます
真冬のような積もり方

こんな日は、ワンコたちお散歩断固拒否です

ホワイトデーだからって何も雪・・・汗

こちらでは、4月になってどか雪が降ったりします
スタッドレスタイヤはまだまだ手放せませんね〜


大活躍!!田舎暮らしの必需品




やっぱりストーブの暖かさがありがたい
豆でもコトコト煮ましょうか

このストーブは、大型トレーラーの
ホィールを再利用しています

大きな薪でもじゃんじゃん燃えます
たまに、暑過ぎるときも・・・

また今度、ストーブについて書きますね!



オトコ一匹、背中で語る




鶴をしょって
「オレは世界にはばたくぜっっ!!!」

実態は、ストーブがあったかくて動けない
巨猫バジル



以上、真冬の八ヶ岳から中継でした。さぶっ







 

7年前に亡くなった父親は、生きているときはバカボンのパパと同じ植木屋さんでした。だからか、バカボンのパパをたいそう尊敬しておりました。

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わたしも幼い頃は、よく伐採した枝の片付けや、掃除などの手伝いをしてお小遣い稼ぎをしていました。たまには剪定などもやらされて、いっぱしの職人さんでもありました。

あるとき、わたしが仕上げにお得意さんの庭木の下にもぐって丁寧に落ち葉を掃いていたら、父親が言いました。

 「そんなところそこまでやんなくて良いよ。最初っからキレイじゃなかったンだから。見えるところと、敷石の回りを丁寧にやりゃあいいんだよ」と。。。

 幼かったわたしは少し大人になった気がしました。今思うと、父親は、早く終わらせてビールをグイッとやりたかったのだろうと思います。

仕事始めも早かったですが、仕事自体もとても速かったです。普通の職人さんは9時くらいから始めて午前〜お昼〜午後に休憩という感じですが、父親は8時開始、可能な時は7時くらいからスタートしていました。

休憩もさっさと切り上げ、とにかくジャンジャカ片付けて行く。松をチョンチョンとやって、遠くから眺めてまた、なんてことはほとんど無かった気がします。

その意味では、全体が見えていたのでしょう。素人にはわからない「今はこうだけど、来年はこの枝がこう伸びて」、ということが・・

だいたいまだ明るいうち、4時頃には仕事も終わって風呂に入り、ビールを2本、お酒も飲んで、8時にはごーごー寝る、という日々だったと思います。

わたしもお手伝いした時は、一緒になってグビグビ。よく、近所の養老の瀧で二人豪快にひっかけてたっけ・・・

 

一話完結って、このことなのだな

わたしは、父親を見ていて、あるとき心から思いました。植木屋さんって良い仕事だな、と。

だって、おてんとさんとともに自然相手の仕事して、ボッサボサだった庭も夕方には見違えるほど、きれいさっぱり。

庭も植木も気持ち良さそうです。そして、ひと風呂あびたらキューっとビールが飲めます。もちろん、肉体労働ですから、すぐにグルグルになってバタンキュー、深酒もできず、翌朝はシャッキリお目覚め。。

雨や寒い時、毒虫や蜂にやられたり、木の始末など大変なこともたくさんありますが、それでもお客さまからは喜ばれ、ありがたいことに、来年にはまた庭木たちはボッサボサ

家を壊したりしない限り、お仕事は必ずあるってことです。それに、ダイエットにもなります。父親は、ちょっとおデブでしたが。

なんだかとっても人間らしいな、と思いました。とにかく、翌日に持ち越さない「一話完結」というのがすごい、と感動したことを覚えています。

バカボンのパパも、そんな日々を過ごしているからあんなナイスな発想ができるのかなあ~~。。

なかなかバカボンのパパや父親たちのようには行かないですが、せめて夜寝る時には「今日」を完結させてから眠りにつこう、と思うバカボンならぬレイボンでした。

 

 

 

 

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友人のクロちゃんが、還暦目前にして
巨猫バジルと八ヶ岳に引っ越すことになった

そしたら本人からさきほどラインがあり、
20年ごとに大きな引っ越しをしている
ことに気づいたそうだ

20才 荻窪→三鷹 
40才 アパート→マンション
60才 調布→八ヶ岳


人生はおもしろいものだ

というわけで、次のように返信したら
ひとみばーさんになって返ってきた


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80過ぎてもまだまだ生きるらしい
クロちゃんがんばれ!









 

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なんで、はあちゅうさん?

先日来、イケダハヤトさんをウォッチングしていることは何度も書いていますが、イケハヤ氏も注目のはあちゅうさんのnote有料マガジンも購入してみました。
▶︎コンテンツ論〜自分をメディア化する方法〜

<不定期連載。これから発信を始める人や今まさに発信をしている人向け。6000円で読み放題>

まだ記事数は11本程度ですが、どんどんアップされることでしょう。2016年12月までの期間限定で、その後はまた違うメディアでまとめるらしいので、今から購入したとしても月600円。

リアルタイムの進行を楽しめて、さらに過去記事も読めるとなったら、お安いものですね。

イケハヤ氏のウォッチングを始めてから知った、はあちゅうさん。ツィッターやブログの発信方法、キャラの立て方、見せ方など、本当に工夫されているな〜、という印象です。

ただ、表面に見せているだけでない、核心をついた本音を聞いてみたいなと思ったのです。

イケハヤ氏とも、どこか通じるものを感じたし。わたし自身、もう一度原点に返ってブログをやり直そうということもあったので、女性でプロブロガーとして活躍している人からも学びたい、と思ったのも理由です。

【関連記事】
▶︎イケダハヤトのブログ塾に入りました
▶︎
イケハヤブログ塾の弊害w

さすがに牽引者として

ご自身でも相当勉強されているのが伝わってきます。経営者やビッグネームと直接会う機会もかなり多いでしょうし、それをきちんと自分の中に落とし込んでいるのもよく分かります。

他のメディアで見せている少し甘い印象をばっさり切るような辛口のところも爽快です。

特にわたしがとっても気に入った箇所。有料なので引用しちゃいけないのかも知れないけど、知れないけど・・・ウケちゃったんだもの、お花畑。笑  
 

居心地は良いけど、
それぞれに個性がある人を集めて、

「夢は100回紙に書けば叶うんです~」っていう
お花畑な自己啓発方向ではなく、

地に足がしっかりとついている
「自分の力で夢を叶える過程を一緒に楽しむ」メンバー
ゆるいつながりを作りたかったんです。

「はあちゅう有料マガジンvol.11オンラインサロンオーナーがやらかしがちな失敗」より
 

どんどん取り入れようと思った

書き方の印象としては、まだどこか探っているような感じも受けました。内容は、当たり前のこと、これまでも言われ続けていることも多いのですが、ずっと11年ブログを書き続け、今の地位を築き上げた人の言葉は重みがあります。

なので、どちらかいうとノウハウ系ではなく、ご自身の経験から導かれたことがほとんどです。だからこそ価値がある。

当たり前といわれることを、知った「つもり」でなく本当にやること、やり続けることがどれだけ大切か、と。

それに、個人および共同サロンについての記事は、実際にいくつも継続されてきているので、組織やユニットを運営する場合非常に参考になります。なんのための”場”なのか、を忘れないこと、など。

イケハヤ氏のブログ塾から比べると飛躍の余地はあると思いましたが、まだ助走段階だし、それに有料サロンとマガジンの違いを考えれば当然のことで、これからどう展開していくのか楽しみです。

また、引き合いにだしてばかりで申し訳ないですが、イケハヤ氏の場合、限界集落から世界につながるという、ワクワクするような期待感がありますが、はあちゅうさんは今後どの方向に行くのか、それも期待をもってウォッチングさせていただきたいな、と思いました。

結論。では、買いか?

わたしにとっては、6000円は買いです。笑
 
はあちゅうさんがどのような意図を持って自分をメディア化しているかわかるし、それを愚直に学んで自分のスタイルに取り入れて行けば良いのです。

また、彼女も記事の中で、変化を恐れず柔軟に対応していくことも大事ということも書いていました。ネットの世界でも、小さなバグの修正はあたりまえ、そして時に大きなモデルチェンジもあるのです。

なので、マガジンは、はあちゅうさんのこれからの変化も一緒に楽しめる絶好の場でもあると思いました。お、こう来たか、とかね。

ただし、ブログを書くに当たって技術的なことを知りたければイケハヤさんのブログ塾(4月からイケハヤメディアラボ)をお勧めします。ブログやメディアをツールとして、自分をどう世界に表現していくか、という目線での購読であればとても参考になります。

と、ズラズラ書いてて今気づいたけど、わたし、はあちゅうさん知ってから多分1週間も経ってないわ。なんかずっと知っているような感じだし。。
 
しかも、偉そうに言ってないで、一つずつやらなくちゃ。これから11年もかかったら、笑止高齢化なんて言ってられない。正真正銘の高齢者だしっっ。汗;汗;

というわけで、さっそく、このアプリ使ってみます。
 



Blogを心機一転したら、楽しくって仕方ない!
色々いじったり、記事を書いていたりすると
あっという間に時間がたっている。
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それに何でもコンテンツになると分かれば、
日々のこんなことあんなんなことが、
とってもイキイキしてくることにも気づいた。

ネタも、コンテンツっていえばちょっとそれっぽいし。笑


<深夜からのつぶやきをまとめてみた>






こんなことも簡単にできちゃう。。
笑止高齢化のためのBlog塾とか、やろうかしら?

あ、イケハヤさんのに入ってもらえばいっか。
▶︎イケダハヤトのブログ塾

正直、これ、中身濃いです。
発想が面白い!読み物としてだけでも得るもの多い。
(わたしは元は取りますが)
 
期間限定で入るのも良いのでは?
来月からメディア研究所とかになるらしいけど。。

笑止高齢化は別の形でやろう。










 





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