遠藤レーコが行く!八ヶ岳あたふた移住ライフ

女はり灸師、2011年五十路を目前に八ヶ岳の西南麓、信州富士見町にワンニャンと単身移住しました。東京武蔵野の実家と行ったり来たり。田舎暮らし・DIY・多地域居住・からだ・野草ハーブ・自給自足、これから作ろうと思っているタイニーハウスなど、にぎやかな暮らしをイラストや写真とともにお届けします。

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以前購入したこの本を、またぱらぱらめくっていたところ、人気ブロガー、名刺の達人こと「高木芳紀さん」が書かれたコラムに『恩送り』ということばがありました。 

『恩送り』という言葉に近い概念かもしれません。すなわち、自分がこれまでに受けた恩は、必ずしも受けた相手にお返ししなくてもよい。

むしろ他の人に(できれば少しでも大きくして)送っていけばよい、というものです。わたくしのまわりで、事がうまくまわっている人をみていると、ものずごくそれを感じます。


ふむふむ、恩返しではなく恩送り。耳にされた方もいることと思います。そこで、wiki先生にご登場いただきました。
「恩」とは、めぐみ、いつくしみのことである。

誰かから受けた恩を、自分は別の人に送る。そしてその送られた人がさらに別の人に渡す。そうして「恩」が世の中をぐるぐる回ってゆくということ。

「恩送り」では、親切をしてくれた当人へ親切を返そうにも適切な方法が無い場合に第三者へと恩を「送る」。恩を返す相手が限定されず、比較的短い期間で善意を具体化することができるとしている。社会に正の連鎖が起きる

江戸時代では恩送りは普通にあったと井上ひさしは述べている。
実際、例えば『菅原伝授手習鑑』などにも「恩送り」という表現は見られる。


難民の人たちに、逆に教わった

私が20代の頃、東南アジアを数年にわたりバックパックしていたことは何度か書きましたが、その時、どれだけ現地のヒトたちにお世話になったか。

特に、タイ〜ミャンマー国境付近の難民キャンプでボランティアをしていた時は、難民のヒトたちに助けられっぱなしでした。彼らは、自分たちの食べ物でさえままならないのに、客人をもてなす心をしっかりと持っていました。

竹でできた家は隙間だらけ。家具も、食器もほとんどないけど、私たちにごはんを食べさせてくれ、ときにはお酒まで振る舞ってくれたのです。

ニューカレドニアでも、モンゴルでも、オーストラリアの内陸地でもそうでした。助け合いの精神が残っていたのでしょう。

私はもちろん、通りすがりの旅人に過ぎません。でも、その地から動くこともままならない彼らにとっては、外からの便りを運ぶ風でもあったのでしょう。

まだオーストラリアからの郵便が日本に届くまで1週間以上かかる時代でした。だから、私が去る時にはどんなところでも本当に名残惜しんでくれました。

わたしは、言葉とかそんなものを超越した、大切なものを教わったように思います。
 

直接は無理だけど、、

そんな経験から、この受けた恩を何らかの形で還元したいな、と思うようになったのです。当の本人達には直接はお返しできないかもしれない。でも、別の形でご恩返ししていこう、と。

数秘術でみてもらったとき、こう言われました。『自分の中にあるものをみんなに循環させたい』人ですね、と。そうなのでしょうね。自分も、人も、みんな豊かで良い、とはっきり思っていますから。

『恩送り』

受けた恩も、お金も、人とのご縁も、すべてエネルギー、気です。おおもとは無限なのです。これをどんどん循環させることが、気の巡りを良くする、ということでもあります。健康の源ですね!

久しぶりに、当時お世話になった方々の顔がたくさん浮かんできました。彼らを思いつつ、今日も恩送りをして循環させよう、といました。

(2014.4.17のアメブロ記事を加筆修正しました)



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ブログ開設1ヶ月を経て、書くことも慣れてきたし、楽しさもわかってきた。 本当に少しずつだけど、PV(ページビュー:ブログが何ページ見られたかの数)も上がってきてる。

友人・知人からの「面白いよ!」「すっごく楽しみにしてる」「うんうんそうだよね、って読んでる」など、反応もチラホラ。だけど、本当にこのままのスタンスで良いのかしら?という思いが出てきたことも事実です。

文体もバラバラ、内容もあっちゃこっちゃだし、書くことのエネルギーがポジティブに循環してるのか?


涙がでるなんてびっくり!

そんなとき、たまたま読んだブログでなぜか涙がでたのです、わたくし。

内容は、
ブログマーケッターJUNICHIさん

お二人の対談レポでした。 
 

ここに共通するのも、書くことで相手にどうなってほしいのか。
読んでくれた方に、どんな風に喜んでもらいたいのか。
それがハッキリしていると自然と読んでくれる人は増えて行きます。


もうひとつがこちら。
Love Wife Life
「ブログで人生を変えたいならココに来い!!」と言われて行った「JUNICHI × 落合正和 ブログ運営ディスカッションセミナー」。 ブログで人生変えられると本気で思えた! 2016.04.04  
セミナーの内容がどれだけ良かったか、どんな内容を話してくれたのかについて書かれる人は他にもいると思うので、僕は違う目線で書いておきます。

次の開催があるのかは分かりませんが、気になってた方は次の機会にぜひ行くことをおすすめするとだけ言っておきます。(多分もうないんじゃないかとも思ってますが)

それぐらい素晴らしいセミナーだったんです。

今回のセミナーのテーマは「ブログ愛」。その陰に隠れてもう一つのテーマは「本音」だったように思います。

そんな風に感じ取った人たちもたくさんいるはず。

お二人のレポから、対談された落合さん・JUNICHIさんは、「ブログへの愛に満ちていた」ということが伝わって来ました。さらに、「本音で書いている」ということも。

それって、普段からの物事に対する取り組みが表れてるのね、となんだか「じわ〜っ」。ブログ運営者や教える人は星の数ほどあれ、わたしがそこまで感じる人は、少ないのです。

で、思わずつぶやいたのがこれ。

わたしは表面的な美しさには興味がない。長い長い年月を経て石のようになったおばあちゃんとか、今にも朽ち果てそうな小屋とか、そういうものに美を感じます。そこにウソがないから。

でも、1ヶ月書いてきて、自分の言葉はどうかな、と振り返ったときにやっぱりまだ何かが足りない、と思っていたのです。

PVをあげようとか、記事数をかせごうとか、どちらも大事だけれど、もっとあるんじゃない?と。


そうだ、愛と本音でしょ。

だからブログ記事を読んで、ハッとさせられたのでしょう。

愛と本音、忘れてないか?
言葉にちゃんと乗せてるか?


なんというか、ガツン!!!

で、考えました。どうしたら良いだろう。記事数を書くことを今月の目標にしていたけど、そこにあまり意味は無いかも知れない。

何年かして、自分の過去の記事を読んだときに恥ずかしくないものを書かなくちゃ、イヤになるでしょ。

どうしよう〜。

そうだ、自分のブログ、ことばをとことん愛そう。そのために、借りているドメイン(ネット上での住所のようなもの)ではなく、まず独自のドメインをとろう!

というわけで、ワードプレスで書くことにいたしました。これには、少しばかりの金額も発生します。


タイニーブログの新築です

ライブドアの無料ブログがいわばただでお借りしている家だとすると、ワードプレスは「土地を買ってそこに自分で家を建てる」ようなものです。

もちろん貸家が悪い訳ではないけれど、自分のスペースであれば、何か壊れたときに自分で直さなければならないように、ブログの構築も手入れも自分の責任です。広告を入れるのも入れないのも自由。

だから、ワードプレスにすることで、発信する意図がクリアになると考えたのです。で、さっそくJUNICHIさんが無料で提供してくれているE-bookをダウンロードさせてもらって、構築し直しています。

ただ、わからないことだらけ!なので言葉からのおべんきょ。
プラグイン、HTML、ウィジェット、、、何語〜〜〜!??笑

でもワタシには強い味方がいます。ご近所のセラピストでありプログラミング講師のMahana アロハタロット×ボディーワーク竹下麻由先生。全面的にご協力いただき、デザインから、記事が書けるところまでなんとかこぎつけました。

そうはいっても、まだまだ慣れるまで時間がかかるのと、記事の引っ越しなどもあるので、当面はこちらでも更新していきます。

でもね、嫌いじゃないのですよ、実は。高校のコンピュータの成績は散々だったけど、何かアレコレいじって形になるのは面白い。いつもなら夜10時頃にはぐるぐる眠くなるのに、深夜2時3時までやってしまうこともしばしば。結構楽しみながら悪戦苦闘してます(←M?)。

なので、もう少しメドがたちましたら新築ブログ(笑)のアドレスもご紹介いたしますので、その節は改めてよろしくお願いいたいします。

【こちらもどうぞ♪】
 ブログを始めて1ヶ月、人生を遊ぶ最強のツールです♪ 
 ブログを書いたら、元気になるという不思議
 ブログを書き続けるための「書き体力」をつけるには



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ライブドアでブログを始めてちょうど1ヶ月。毎日欠かさずに書き続けたことは今までなかったので、まずは自分に拍手です!これもひとえに、お読みいただいている皆さまのおかげ。本当にありがとうございます。

それにしても、ブログ効果おそるべし!1ヶ月書いてみて、いろいろな発見や喜びがあることが分かりました。たとえば日常の「あんなことこんなこと」、なんでもネタになるのです。お笑い芸人の気持ちがわかりますね〜。


こうしてツイッターを利用することで、思いついたことをすぐに文字化して記録できるし、本当に日常の小さなことにも気づくようになったことは自分でも驚きです。

わたしはもともと向田邦子さんが大好きでよく読んでいました。さりげない暮らしの風景、普通だったら気にもとめないようなことに光を当てて、それを飾りのない文章で表現することにいつも驚きを感じます。

それが、ブログを書き続けることで、「日常の小さなことを発見する」喜びだけは分かるようになったのです。

もちろん未だに、そして恐らくこれからもずっと、どうやったらあの美しい文が書けるのかはナゾですが、作家の日々にちょっとだけ近づけたような気がするのには一人ご満悦♪ 

写真を撮る方はこの感覚、よくお分かりなのではと思います。カメラで切り取る風景って、また格別のものがありますよね。全体の中の「個」に焦点を当てて、主役に仕立てる。人間関係にも通じますね、こういうことって。

かくいうわたしも、Iphone6plusにしたら画像がスンバらしく良いので、めっちゃ撮ってます(このあと、コーヒーを撮ろうとして夢中になってこぼした。お店の方、ごめんなさい汗;;)。

独自の路線をいこう

また、自分で書くようになって、色んな方のブログも読ませていただくようになりました。

やはり、わたしが好きなのは、自分がどう感じて、どう思うか、ということを一生懸命ことばにしようとする人びとです。 ブログに限らず、FacebookやTwitter、Instagramなどでも同じです。

これはもう、本当にその人が出る。どんな意図でやっているかが丸見えです。なので自分も、もっともっと意識してことばや写真、空白、絵、など選択していかないと、と思います。

それに、これは余談になりますが、アフィリエイトという、ネットでのビジネスもよく理解できました。これは、自分で売りたいものの感想記事を書いて、その商品のバナーを記事内に埋め込み、クリックして購入してもらうと一定のマージンが入る、という仕組みです。

上手な人は本当に上手です。月に数百万円稼いでいるということも耳にします。そういう人たちは、検索サイトでヒットするようなキーワードをタイトルや本文に散りばめるなど、テクニカルなものを駆使して、読んでもらうための工夫を欠かしません。

それはそれでとても参考になるので、純粋に尊敬しています。

ただ、常に人より先んじなければならない、というような強迫観念みたいなものも感じます。なので、痛々しい印象を受けてしまいます。

それに、わたしはそういうやり方はできないし、やっぱり独自の路線をいくしかありません。

ラクガキは最強の遊び道具

そこで出会ったのが、ラクガキ。ま、かっこ良く言うとイラスト、ですが。これが すごい効果を自分自身にもたらしてくれています。 いや、昔かららくがきなんて三度のごはんより身近だったのですが、こうして表現するなんて考えてもいませんでした。

おかげさまで、「ブログ×ラクガキ=人生を遊ぶ最強のツール」という式ができあがりました。こんな楽しいおもちゃが手に入って最高です。なので、これからも(更新頻度は毎日ではないかもしれませんが)、ず〜〜〜〜っと描き続けます。

もし、まだ始めていない方で、ご自分でもやってみたいということであればご相談下さい。ぜひ、ご一緒にヨタヨタしながら世界に発信していきましょう。楽しいですよ〜っ!!


【こちらもお気軽にお立ち寄り下さい】

八ヶ岳のあたふたライフを、らくがきで描く「八ヶ岳らくがっきぃ」が始まります。少しずつ登場人物などを紹介しますね! (今どきまだ手描きですよ〜!涙)

本日は、
【庭番忍者・黒田ベニ丸】
遠藤レーコの元上司。2年前に38年勤めた財団法人を早期退職。この春、東京から八ヶ岳に移住予定です。

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京都大原の古民家でハーブを栽培したり、ステキなスローライフを送っているベニシア・ローレルさんの向こうを張って、八ヶ岳のベニシアになると意気込んでいます。ただし、植物の知識まるでなし。 

たべものが大好き。旅などで、どこかに行ったときには景色などは覚えておらず「何を食べたか」だけしか覚えていない。

歩いていてもほとんど何も注意していないが、高速で移動中たべものの看板だけは読むことができる素晴らしい能力の持ち主。  

武器は手裏鎌だが、使いこなせていない。忍び歩きも苦手でドスドスしてしまう。

好きなもの:食べもの、スヌーピー、長靴下のピッピ、赤塚不二夫


【供の者・バジ助】
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巨猫。忍者ベニ丸が飼う猫は、なぜか巨大化する傾向がある。先代クロードも8㌔、バジ助も7㌔はゆうに越えている。特技はたるんだハラで床掃除をすること。

高いところから飛び降りるときには「ドッスン」と音がする。カラダはでかいが、声は「にゃっにゃっ♬」とめちゃかわいい。臆病なわりには好奇心旺盛。

また、自分のカラダのサイズを認識しておらず、狭いところに入り込むのが大好き。
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どちらもはっきり言って素質ゼロですが、忍者になりたいという当人たちの強い要望によりますので、そこはご愛嬌ということで。

どうぞよろしくお願いしま〜す。



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母の末妹である叔母が、3月の終わりに桜とともにあの世に旅立った。そのせいか、ここ数日いろいろと昔のことを思い出していた。
 桜とともに旅立った、桜のような叔母

母や叔母が育った生家は米屋を営んでおり、二人は8人姉弟の長女と末っ子の間柄だった。祖父はわたしが生まれる前に亡くなったそうなので、叔母にしてみればずいぶん子どものときに父親が他界したということなのだろう。

それもあったのか、母はこの叔母のことを人一倍気にかけていた。

祖母が他界したときに母が受け取るはずだった結構な額の遺産を、当時まだ家を持たなかった叔母に譲ったりとか、叔母がカナダに留学したときに何がしかの資金提供をしたりなど、かなりの援助をしていたらしい。

その頃、わが家は父親の仕事が変わり、4人の子どもの教育費も相当かかって家計は火の車だったはずなのだ。

現にわたしも内職を手伝っていたし、私学の小学校は学費滞納で転校直前の状態だった。お小遣いをもらった記憶もあまりない。中学は給食のない学校だったが、お弁当を作ってもらうこともなかったのでいつもパンを購入していた。

自分が守るべき家はそんな状態だったのに、母は叔母にはいつもいい顔をしていた。叔母はその後、都内に一戸建ての家を購入し華やかな暮らしをしていた。

10代だったわたしは、母にも叔母にも腑に落ちないものを感じて、それ以来叔母と会うことは少なくなっていった。


片づけのできない女を母に持つこと


母方の祖父は、生前かなりの事業家だったらしく、母が若い頃は小豆の先物取り引きなどで、景気よくやっていたとのことだ。母親もその手伝いをして、大きなお金が動くことを目の当たりにしていたらしい。

詳しい話しはあまり聞かなかったが、育った環境も影響しているのか、母はどちらかというと家庭に入るより、外にでかけることの好きな人だった。

一時は司法書士事務所で仕事をしていたのだが、家のことより数字を追いかけている方がよほど楽しかったのだろう。家事はほとんど放棄状態だった。

片づけのできない女でもあったので家はいつもモノであふれかえり、食事も用意されることなく、中学生のわたしは家に帰るのが本当にイヤだった。

家計も家庭もちゃんとできず、でも近所のコミュニティセンターに行ってはタバコをふかしえらそうにしていた。寿司屋に行けばアワビを頼み、他のお客にふるまうような人だった。

小さなことをさも大変そうに言い、「無理だよ、できっこないよ」が口癖で、子どもたちはどれだけ芽を摘まれてきたことだろう。

そんな母を理解できるわけもなく、わたしは母がずっと嫌いだった。顔を合わせれば、いつも文句を言っていた。自分で稼げるようになると、わたしは家から離れたくて、オーストラリアに逃げるように出国した。


父の、そして、母の介護


帰国後も両親はしばらく元気だったが、数年もするとそれなりに病気がでてきた。父はわたしが37才のときに脳出血で倒れ、以来、車いすから寝たきりの状態になった。

そんな父も、倒れてから10年後、静かに息を引き取った。ずっと介護をしていたわたしは、もうこれで家での役割は終わったと思った。

だから、実家をでて長野県に仕事と家を見つけ、一人移住した。もう、実家には戻らないつもりで。

しかし、あれだけ偉そうにしていた母も、父の介護中からリウマチを患い病院通いが続いていた。実家には未婚の姉もいたので、当然母の面倒を見るだろうと思っていた。

だが、この二人は最悪に相性が悪かった。

身体の自由が利かなくなった母に、姉は幼い頃の復しゅうでもするようにキツく当たるようになっていった。帰省するたびに母から姉の愚痴を聞かされ、泣かれた日にはさすがにわたしも面倒になった。

結局、平日は実家で、週末だけ八ヶ岳にもどるという二重生活を始めた。

ディサービスや病院への送り迎え、着替え、トイレ、入浴介助。枯れ木のような母は、軽く折れそうだった。不思議なもので、男親の下の世話は案外抵抗がないのだが、女親はなかなか難しいものがあった。


理解はできないけど存在はする


父親のときも含めて10年以上にわたる介護生活に、さすがにわたしもイラ立つことが多くなってきた。姉とのこともあり、「何でこんなに親に縛られなければならないのだろう」という思いがどんどん大きくなって、「早く死ねばいいのに」と心の中で何度もつぶやいていた。

普段から言葉も厳しく、声を荒げてしまうことも多くなっていった。ある時、わたしが必死に貯めていた100万単位のお金を(もちろん母名義だが)、無断で内装工事のために使ってしまうことがあった。

さすがに切れまくったわたしは、大声で叫んでいた。
「てめえ、ふざけるんじゃないよ、クソばばあ死んじまえ!」と。

かなりの時間、暴れまくった。モノを投げ、罵倒し、壁を蹴り…

疲れ果てて部屋に戻った時、何かがストンと落ちた。たまっていたものを吐き出したことで、何というか母親の生きてきた道を、受け入れられたような気がしたのだ。

そのあとしばらくしてからわかったことがあった。「理解しよう」としていたことが間違っていたと。

理解はできないけど、存在はする。そういう人種が世の中には山のようにいるのだ。というより、もしかして他人なんて多かれ少なかれ、そんなものなのかもしれない。

それ以来、わたしは母親を、母親としてではなく一人の昭和を生きた人間、と思えるようになっていった。


死んじゃえ、と思ってもいい


今、介護まっただ中の人は、ことばにできないことや、イライラすることもたくさんあるだろう。心の中で「死んじゃえばいい」と思って自分を責めることも。実際わたしもそうだった。

あの時、言葉をぐっと飲み込むこともできたかもしれない。だけど、爆発したおかげで、間違いなくわたしは救われたのだ。

だから、せめて自分をほめて欲しい。「良くやっているね」と。恐らく誰も言ってくれないから。

そして、心の中で「死んじゃえ!」と何度でも叫ぼう。さらにエアでなら、坂道の上から車いすの手を離しても大丈夫。ただし、エアですよ。笑

それにできたら、何らかの方法でちょこちょことガス抜きをして欲しい。

わたしは現在は両親の介護も卒業し、自由にやらせてもらっている。が、桜の散るこんな季節は特に、ヒリッとするような痛みとともに、父や母を連れて花見をしたことをしみじみと思い出す。


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わたしは子どもの頃からモノづくりが好きだった。何か工夫したり創作することは、自分を語る上で書かせないキーワードでもある。

小さいころは、父親が何でも作る人だったので、その傍らで木のかけらなどを積み木がわりにあそんでいた。

中学生頃になると、そろそろオシャレにも興味が出てきたので、Gパンに刺繍やパッチワークをしたり。ミシンにもトライしたけど、ズボンの裾上げで、間違って同じ側を2度上げてしまってからは、洋裁・裁縫系はどうも苦手だ。

でも、アジアの布などが大好きで、学生のときにはろうけつ染めをやっていた。

絵を描くことも昔から好きだった。油絵は20年以上続いている。

基本、何もないところから形になることや、何かに手を加えることで別のものとして生まれ変わるとか、そういうことが楽しくて仕方ない。


インディアンフルートは愛を届ける


去年、神奈川県の藤野でインディアンフルートを作るワークショップに参加した。楽器作りは初めてだったからか、あまりにも楽しくて「楽しい〜楽しい〜♬」を連発していた。

そして、なぜそんなに楽しいのかを、作り方を教えてくれたガイネさんと話した。
祖先たちは昔々そのむかしから、すべての道具を作ってきた。それは、食べ物を得るためだったり、雨風をしのぐ家を作ることだったり。

つまり自分たちが安心して暮らすためのものだ。

動物は、安心できる、ということが「快」や「楽しい」につながるし、それは今を生きるわれわれのDNAにも刻み込まれている。

モノツクリは祖先から受け継いだ原始の血がよろこぶ行為だ。特に素材が木や紙や布などの自然のものだったらなおさらだよね。

しかも、作ったのは楽器だ。「楽しい器」だ。

インディアンフルートは、通信手段もなかった時代に、遠くにいる愛しい人に、風に音をのせて想いを届けるためのものだった。

くうぅぅ〜〜〜〜〜〜っっ


家は「癒え」、すべてを癒やすところ


さらにわたしはこうも思う。
自分とは、その血を脈々とつないでくれたすべての先代たちの集合体である。

このブログを書くことも含め、何か道具やモノを作る行為で自分を楽しませることは、祖先からの血も楽しませている。つまり、

モノツクリは、祖先の供養』でもあり、時空をへて、祖先とともに生きることなのだ。

中でも、小屋を作るというのは、その究極の行いだと思っている。いにしえより、ずっと祖先たちが行ってきた、身内を守るための小さな家。

何の計らいかは知らないが、わが富士見町には縄文遺跡や縄文の土器が展示されている井戸尻考古館もある。

八ヶ岳周辺は、縄文の時代から、祖先たちがイキイキと暮らしていた地だ。土器をつくり、服をつくり、暮らしをつくって生きてきた。

その地にわたしも小さな家をつくる。

いえは癒えるにも通じる。
家をつくることで、ひとが癒え、土地が癒え、祖先が癒される。

それは、すべての祖先に感謝を捧げる行為でもあるのだ。



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▶︎タイニーハウスを作りたいわけ③親の家を片づけて
 



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こんなコンテストがあるそうです。
 女子が作った小屋コンテスト2016

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なんだか面白そう。

主催しているところは長野だし(何の関係があるかは不明)、夢の小屋部門は「これから作りたい空想・妄想の小屋、憧れの小屋など」ということらしい。

ということは、どんなに妄想してもよい、ってわけね。むふふふ。

全国の小屋つくり女子にも会えるかも知れない。これは、応募しない手はないでしょ?

みなさんも、こんな小屋作りたいとかあったら教えてください。ステキなアイディアは、一緒に作ることも含めて検討させてください。コメント欄にお願いします!

そんで、コンテストの賞金10万円は、「小屋作り女子塾」の資金にさせていただいて。。。

と、すでに妄想は始まっている。。笑
なんだか、楽しくなって来た!!




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7年に一度の諏訪大社、御柱のお祭りがいよいよ始まりました。といっても、わたしは現在東京なので、現地の友人・かずっち記者が中継してくれています。



今日は、山から曳いてきた巨木を急坂から落とす「木落し」の日です。

昨年、坂の上から下をのぞきましたが、ほぼ垂直、崖のように感じます。ここを大木に乗って落ちて行くなんて、諏訪ピープルCrazy!!!だと思いました。

でも、ホントにやってるんですね〜。笑


7年に一度の天下の大祭


御柱祭は、諏訪にある諏訪大社上社、下社でも一番重要な祭事です。

以下、正式サイト『御柱祭より引用させていただきます。
 樹齢150年を優に超えるモミの大木。山の中から、選ばれた16本のモミだけが御柱となり、 里に曳き出され、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられます。 宝殿の造り替え、そして御柱を選び、山から曳き、境内に建てる一連の行事を「御柱祭」と呼び、 諏訪地方の6市町村の氏子たちがこぞって参加して行われます。正式名称は「式年造営御柱大祭」です。

 御柱祭という神事を司る諏訪大社は、全国各地の諏訪神社の総本社であり、国内にある最 も古い神社の一つ。諏訪湖の周辺に4箇所の境内地を持っています。まず上社と下社に分かれ、諏訪市に上社本宮、茅野市に上社前宮があり、下諏訪町に下社春宮と下社秋宮があります。ご祭神である諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信仰され、東国第一の軍神として坂上田村麻呂や源頼朝、武田信玄、徳川家康らの崇敬を集めました。

 室町時代の『諏訪大明神画詞』という文献によれば、平安初期に桓武天皇(781~ 806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」と御柱祭についての記録が残されてい ます。起源については諸説様々ありますが、縄文時代の巨木信仰という説もあります。

 御柱そのものは、長さ約17m、直径1m余り、重さ約10トンの巨木。柱を山から里へ曳き出す「山出し」が4月に、神社までの道中を曳き、御柱を各社殿四隅に建てる「里曳き」が5月に、上社・下社それぞれで行われます。諏訪の人々は氏子として全精力を注いで16本(4社×4本)の柱を地区ごとに担当します。御柱祭にかける氏子の情熱は、昔も今も変わりありません。日本人の熱いエネルギーの高ぶり、神聖な熱狂にあふれた稀少な祭りといえるでしょう。



 

モミの巨木である御柱を山から下ろして、上社・下社の4社、新らしくなった宝物殿まわりに建てるとのこと。

かずっち記者情報によると、本宮一の柱が一番太くて長いらしい。つまり、一番えらいということですね。
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ちなみに友人の所属は、本宮三之柱。旦那さんは煙を出すお役目だそうです。笑 

諏訪の男たちが熱く燃える時ですね〜。



今回の山出し〜木落しは見られませんでしたが、たまたま高校の友人の実家が上社の氏子だそうなので、5月の里引き(神社までの道を、人力で曳く)のときには間近で見られそうです。

実況報告いたしますね!

それにしても、こんな素晴らしい祭事が残るお膝元に住むことができて幸せです。地元富士見町ももちろんですが、諏訪地方に残るお祭りや言い伝えなど、もっともっと知りたい!

諏訪大社上社(本宮、前宮)、下社(春宮、秋宮)も素晴らしいところです。地元の諏訪大社小宮さんも、ひっそりとたたずんでいて、落ち着きます。
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それに、もののけ姫にでてくる「乙事主」は、富士見町にある乙事という地名からとられている、とも言われています。宮崎監督の別荘が町内にありますからね(わたしも以前、乙事に住んでいました)。

観光では知り得ない、隠れたすばらしいところもどんどん紹介したい!!
少しずつアップしていきますので、どうぞお楽しみに。



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皆さまはブログもしくはそれに変わるようなものを書いていますか?

わたしは、3月7日からこちらのライブドアさんでブログを書き始めて27日目。今まで50本の記事を投稿しています。

紙に書いていたラクガキが自分の気づきになっていたように、ブログを書くことでアタマの整理にもなるし、自分の考え方をアウトプットする絶好の練習の場となりつつあります。

しかも、読んで下さる方からの反応も出てきて、とてもうれしいです。

ただ、絶賛試行錯誤中なので、文体は変わるし、記事の内容もバラバラで読みにくいかもしれません。

でも日常の生活と一緒で、だんだんと見えてくるものだと思っています。なので、新年度、新しい生活を始めたばかりの「遠藤レーコの家」を尋ねてみた、くらいの感覚でお越しいただけたら幸いです。


イケハヤさんの目を通じて高知の限界集落から世界を見る


ところで、わたしがブログを書く上で一番参考にしているのが、トップブロガーで現編集者のイケダハヤトさん。

若干29才の彼は、ブログツイッターなど、さまざまなメディアを使って自分の意見を発信しています。ブログのタイトルは『まだ東京で消耗しているの?』。挑戦的ですね〜。

現在は高知県の限界集落に家族と移住して、新しいリアルビジネスを展開しようとしています。

いろいろ言う方もいますが、わたしは彼のファンで次はどんなことをやるのかな、といつもワクワクしながら読ませていただいてます。

ネットで売り上げた収益を、時間がかかるリアルビジネスに回していこうという考えが面白い。限界集落から世界へ!ですよ。 新しい社会を作り上げて行く旗手のひとりですね、間違いなく。 



自分で表現する方が癒される 


で、今朝彼のブログにこんなことが書いてあって、なるほどと思いました。 
ブログ執筆は「息抜き」です。と言えるブロガーは最強。
 
 
みんな「がんばって」ブログ書いちゃってるんですよね。

理想的には、ブログ執筆を「息抜き」にすべきなのです。
その方が続きますし、結局、いいものが生まれます。
なんでもそうですが、力み過ぎはダメですね。
ぼくは仕事に疲れると、ブログを書くんです。
「それ、余計疲れるんじゃない?」と思われるかもしれませんが、
ちゃんと癒されるんです。
自然とか映画とか本を単に「鑑賞」するより、自分で何かを「表現」する方が癒される。
これは多くの人に通じる、一般論だとも思います。

わたしも最近ブログ書くことが楽しくて仕方ありません。 表現することはもともと好きだから。というより、何か作ること、創作ですね。ブログは一つの創作の場でもあります。             

ただ、どうしても「読んでもらおう!」とか思って力が入りがち。なのでイケダさんの言うように「息抜き」くらいのつもりで、もっと気楽にやった方が自分も楽しい。

おそらく、わたしの特長はある意味の軽さ、スピード感でもあります。 次から次への玉手箱、のような。それを生かして、どんどんアップしていきますので、ご自分にフィットしたものを楽しんで下さい。

うちに来て、今日はこの場所!と思ったところでお茶を飲む、みたいな感覚で。 それがリビングのときもあれば、アトリエのときもある、庭でのびのびとお茶をすることもある。

そんな感覚でいいのじゃないかな、と。

だって、ブログって本当に自分だし、わが家でもあります。だから、心地良く整えて、リッラクスしていたい。 書くことで自分も元気になって、さらに来てくれた方も元気になってくれたらうれしい。

すばらしい相乗効果ですね♬

ただ、大好きな写真などは少しちがう場所でアルバム的に作っていこうと思います。 自分の中のアーティスト魂を満足させるためのものです。笑

こちらでやっていますので覗いてみて下さいね   Tumblur "RaysDays"


【関連】
ブログを書き続けるための「書き体力」をつけるには
なんと!ケベックにもこのブログが届いていましたよ♪




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最近ちょっとご無沙汰ですが

ササッと仕上げるクロッキーも
好きだけど、しっかり対象を
見つめて描くデッサンも楽しい

モチーフとどこまで共振できるか?

途中の苦しみは大きいし、
それに、見れば見るほど
まだまだー、って思うけど、

でも、できた瞬間はなんとも言えない



そうなのだ

上手を目指すのではなく、
いかに「自分であるか」・・・

描くことで、
自分に問うてるこの頃なのだ




(※以前書いたものを加筆構成しました)




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最近、ブログを真剣に書き始めていろいろと周辺を研究していますが、とても気になるのがInstagramをFacebookと同じ感覚で使っている人。

メディアの質が違うのだけど、その辺が曖昧になってしまっている。Instagramは写真で訴えかけるのだから、説明より何より一瞬で人の心に飛び込むものでないと意味がない。

普通に使っている分には大丈夫だけど、商用目的で何でもかんでも自分を拡散するためだけに使っていたら、見抜かれます。

その点、この人の投稿が大好きです。石川県でキイチゴ星というユニットを組んで音楽活動をするkitonoteさん。

さすが音楽を愛する人だけあって、文章もステキなのだけど、写真にも物語がある。

彼女の奏でるピアノひと音ひと音に、優しさとおなじくらい厳しさも感じるのは、普段から自分の思いとそれを受け取る聴衆との共振をつぶさに受け止めているからなのでしょうね。

真夜中の彼女の投稿を見てそんなことをぼんやりと考えていました。 

tomomiさん(@kitonote)が投稿した写真 -




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どうやら、茨城県つくば方面でも、タイニーハウスビルドの胎動が起きているようです!?先日この本を図書館で借りてきたという記事、
タイニーハウス、始めの一歩♪

を書いて、FBにアップしたところ……

さっそく友人からコメントが。

「つくば図書館にもから、僕も借りてみま〜す。」
ご本人は、いま、鎌倉からつくばに単身赴任中。なので、この週末、奥さんであるわたしの友人が行ったら。

もう、借りてた!!!

この前にも、友人♂からコメントがあったし、どうやら気になるようですね。そりゃ、おっきなオモチャですから、男子としてはやってみたいと思います。

こんな感じで、気楽にタイニーハウスを、お互いに手伝いながら作れたら最高ですよね。日本でも、ムーブメントが起きるように、全部情報公開してきますね!

でも、夢中で写真撮るのとか忘れそう。。。



今もくろんでいるのが、こんな感じ

 
Keva Tiny Houseめっちゃ可愛い!!
img_1418

この、コブハウスも気になる。3万円でできたそうです。
250-cob-house
pic:THINK FUTURE


よくのぞいているサイトはこちら
TINY HOUSE SWOON
TINY HOUSE TALK
TINY HOUSE GIANT JOURNEY




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実家にもどっているので、近所の友だちとベーグルを買ってお花見に行った。けっこう肌寒く、外での花見はほとんど瞬間、あとは友だちの家でずっとお喋り。

彼女たちの住むマンション近くのベーグル屋さんは、正統な作り方をしている日本でも数少ない、ホンモノにこだわったお店だそうだ。

根っから真面目でホントに美味しい。

4人のハハと9人のこども。わたしを入れたら総勢14人がワイワイと集まって、それでなくてもにぎやかなのに、ある意味カオスだった。

わたしは独身だし、子どももいないのでハハ友ができるなんて今までに無い経験だ。

だから、ご縁があって、これまで知らなかった世界の話しが聞けるのはめちゃくちゃラッキーだ。

子どもたちは可愛いし、こちらが真面目な話しをしようとした瞬間に、粘土遊びをしていた娘が自慢げに「ほら、うんこだよ〜」とか。あるある。笑

下は3才から一番大きい子で小学校6年生まで。それぞれの遊び方が興味深い。

男子、小4〜小6はずっとゲーム。女子は、それぞれの部屋で好き勝手やっていた。将来がかいま見える。女子は、オトナになってもハハたちと同じで人の話しなんて半分も聞いちゃいないだろうな。
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ハハたちも、30代1名、40代3名、それに50代わたし、とバラエティに富んでいた。

彼女らの話しを聞いて、わたしは、それぞれの人生というドラマが根っから好きなのだなあ、と思った。イラストを入れて、何冊も本が書ける。「家政婦は見た」、が受ける理由がよ〜くわかる。

育った地域も環境も違う人たちが、特定の人を介して集まる不思議。キーパーソンは、2年前、あるセミナーをきっかけに仲良くなったRちゃんだ。

偶然、同じ駅の向こうとこっちに住んでいて、誕生数秘が二人とも11、頭文字がR。

うちはアメリカンコッカーが2匹、彼女の実家にもアメリカンコッカーがいるので、親近感を感じた。

双子とその下にもう一人、3人のハハだ。何だか気の置けない人柄に、しょっちゅう遊びに行かせてもらっている。回りの人たちもきっとそうだ。彼女の家はママ友のたまり場だ。

八ヶ岳にも来てくれたことがあり、「今年はどれくらい滞在しようかな〜」と言っていた。お掃除とごはんやってくれればいくらでもどうぞ♪

わたしもどちらかというと回りに人が集まりやすいので、R×Rでいろんなつながりができたら面白い。


子どもの教育から宇宙の真理まで

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ご多分にもれず、話題はあっちこっちに飛びまくる。

わたしの同年代と違って、みんなまだ子育て中なので、教育、家、ママ友、今までの仕事のことや、果ては、精神性から宇宙の真理にまで話しは及んだ。

「時間が存在していると思うのは、錯覚だ」
「身の回りの現象は、すべては思い込み、自分が作り上げている」とか…

それにしても、みんな同じ空間で同じ話しを共有していたハズなのに、最後に何が一番印象に残ったかということになったら、全員が違うことを上げたのもとても興味深かった。

いかに、まったく違うものをみているか、がよく分かる。結婚生活においてはなおのことだろう。

人間関係の問題はコミュニケーションの問題に尽きると思うが、こういう経験をして「人は同じものを同じようには見ていない」と分かればうまくかわせる。


二つの誕生日を生きてきたひと

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この日わたしの一番の関心は、Mさんの誕生日が戸籍上と実際とで違うということだった。学校のことなどを心配した親が、親切心から学年をまたぐように戸籍の誕生日を2週間ずらして申請したそうだ。

それを知ってから彼女は、星占いでみたときにまったく異なる二つの資質の間で悩んできたという。

『戸籍上』は、真面目で慎重。反して『実際』のそれは、思ったことをすぐ行動にうつせる、エネルギッシュなもの。

これまで、『実際』の資質で生きたいのにそれがなかなかできず、ずっと『戸籍上』で生きてきた、ということだった。

知らなければ問題なかったであろうことを。。それも『戸籍上』の資質が影響しているのだろうか。

でも、どちらも本当に受け入れてしまえば楽になる。人間なんて、場面で顔を変える生きものだ。

TPOに合わせて、うまく使い分ければ良い。どちらもいいとこ取りすれば良いのだ。そして都合が悪くなれば、反対の誕生日のせいにしちゃえば問題ないのだ。そんなこと、実は、誰も気付きません。

もしそれが難しいとしたら、それは誕生日のせいではなく、恐らく親や社会が「誕生日」というベールをかぶり彼女に求めてきた、いわゆる社会規範や通念のもたらした弊害だ。


ママという宝を掘り起こす


彼女は外資系企業や航空会社などで働いてきたそうだ。小気味よい切れ口の会話から、どれだけしっかりと仕事に向き合ってきたかも伺える。

今まで培ってきたその実績と信頼性、および真面目で実直な外向きの顔をもって、その上で内側に秘めた行動力を開花させれば、真に女性のリーダーとなることは容易に想像できる。

実際、彼女は教育の機会均等などに強い問題意識を持っていると言っていた。そのための支援活動などをしたい、とも。

今、話題の乙武氏がたまたま高校の後輩だそうで、そのことに話題が及んだときに彼女が言っていたのが印象的だった。

「不倫とかその道徳的なことは別にして、今回のバッシングは別の意味でマイノリティと言われている人びと〜障害のある方やセクシャルマイノリティ〜にも光を与えられるのではないか」と。

わたしも、まったく同意見だ。

世間が勝手に貼ってきた「障がい者」や「聖職者」というレッテル。それが覆されたことに、集団で拒絶反応を示して、匿名性の武器で攻撃をしかけるという構造。

そのレッテルの部分を喝破しているのだ。彼女が背負ってきたものにも通じるのかも知れない。

事象の表面だけでなく、さらに奥を見ようとする視点。2つの誕生日に翻弄されてきた経験が、そういった奥行きをもたらしたのだろうな、と思った。

そして、わたしはそこに別の光をみた。まだ気づいていない、自分の才能という光。

宝の山が、日本の「ママ」たちの中に埋もれている。それを掘り起こせば、まちがいなく新しい地平が開ける。そんな光が、見つけておくれと、チラチラ隙間からもれているのだ。





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昨日は言わずと知れたエイプリルフール。Facebookやブログなど、あちこちで人を驚かそうという企画がありました。気持ちはわかりますが……残念なのが多かった。

エイプリルフールだから笑って許して、みたいな。


許しませんっ!
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わたしは興味がないので仕掛けませんでしたが、

それらのほとんどが自分からの目線で、外からの視点が足りない。内輪で受けている分にはよいのだけど、ことばや行為は発信した時点で公共性を持ちます。

たわいのない気持ちなのは理解できますが、少なくともそこにハマってくれる人がいる限りその人の時間を拝借するのです。もっとサービス精神を持ちたいですね。

読後に「やられたっ!」とか「う〜ん、可愛いい♪」とか思わせるような。

しかも、年に一度のこんな日は、一斉にみんながやりそうなんだから、かなり高度なテクを要求されます。

今は、簡単に発信ができるからこそ、考えないと。


さらに上、さらに先を見通す


もちろん、読者の要求にばかり応えていたら書き手は消耗するでしょう。

なので、その辺のバランスは上手に保ちつつ、やるならさらに上、さらに先を見通しておく必要があります。

でも、逆にいえば、果敢に挑戦する人びとには、純粋な拍手を送ると同時に、ある種の嫉妬を感じるのも正直なところです。

自分は失敗を怖れてやらないのに、高みからイチャモンつけてる、みたいな。汗;;


 
ブログを真剣に書き始めると気になることがたくさん出てきて、あれこれと試行錯誤中です。

今月はブログ記事の量産トライアル月間。それは、単に記事を書くだけでなく、人間の心理を研究することにもつながるのです。

どんな書き手がどのように工夫しているか、どんな発信がどう自分に響くか、とか。

書くことと同時に、先を行く人たちの良いところを取り入れることも非常に大事なこと。それを、噛んで飲んで、最後のひと絞りまで消化しきる。暮らし方にも通じます。

なので、120%の叱咤激励と120%自戒の意味を込めた、本日の記事でございました。




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花曇りで少し肌寒かった今日、気丈で美しい叔母が亡くなったと連絡を受けた。
享年68。

10年以上前から心臓を患っていたそうだが、3年前の母の葬儀のときには、それをおくびにも出さずに別れの挨拶にきてくれた。

若いころ、外国生活にあこがれて単身カナダに留学し、帰国後も華やかな暮らしをしていた。少し背伸びをしているようにも見えたけど、存在自体に華のあるひとだった。

母が元気だったときにはよく家にも来ていたし、従妹を預かったこともあるので、馴染みもあった。けれど両親ともにだんだんと弱ってきてからは、特段連絡することもなく疎遠になっていた。

でも、電話を取って叔父が名乗った瞬間に良くない知らせだとわかった。というより、受話器を取る前から何か察知していたように思う。

最近は、家の電話にはセールスくらいしかかかってこない。しかも夜9時。普段は出ないのだが、なぜか「出なくては」と思った。いつもより長くコールしていたから。

知らせを聞いて、叔母とはずいぶん会っていなかったとはいえ、何とも言えず感情が揺れた。

特に今日は、昼間花見でずっと友人たちとおしゃべりをしていたせいもあるかも知れない。楽しくリアルな時間と、旅ゆく先の世界。そのはざまをかいま見ることは、妙に現実を遠くさせる。

写真をセピアに加工して時間を止めるような感じだ。桜が散るのを見ながら、そんなような話しをたっぷりしていたこともあるのだろう。

わたしは桜をこの上なく美しいと思う反面、おなじくらい狂気も見いだす。なので、実は怖いのだ。

競うように咲き誇るのと、約束されたように散って行く、その両極が生と死の同時性をまざまざと見せつけるからだと思う。

そんな桜とともに旅立った叔母は、自らの生き様を最期まで演出したのかもしれない。どこまでも美しく、どこまでも狂気を秘めた、その生涯を。






 

居眠りばかりじゃありません
若いモンには負けらんない

体育の時間はハッスルするだに



男子ぽん吉、劣勢です
やや迷惑がってる!?

また遊んでね〜♪

きなり先生、
今朝「校長のことば」の時に
居眠りしてたのが文春に掲載されて
しまったので、体育で挽回!!
とのことでした

文春記事▶︎
新年度になったので、強制的に「全員進級ッ!」


にしても、ピンクのフリースが
あまりにも似合わないきなり先生

以上、校庭から中継でした(ウソ)



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めでたく4月1日を迎えましたね。
ということは、すでに本年1/4が過ぎたわけです。

早っっ!

この記事わたしの人生は120%遊びだ、ではこんなこと書いています。
それにね、年を取ってくれば、「同じ時間」の実質の長さは変わる。どんどん短くなるんですよ。一年なんてあっという間に過ぎていく。あっという間が一年だったら、ハクションしている間に棺桶ですよ!?

だったら、いつまでも同じところにとどまっていないで、わたしは次に進む。

ですね〜。この方、いいこと書いてる!ハゲシク共感します。笑


有無をも言わさず

世間でも、桜とともに
転勤や新しい学校、新しい職場など、いろいろ変化が起きるときですね。

学校だったら、留年してない限り進級です。ということは、普通の暮らしをしているわたしたちも、毎日が「生活学校」って思ったら、同じですね。ええ、強制進級です。留年はありませんから。

みなさま、おめでとうございます。

ではここで、きなり校長からお言葉を頂戴しましょう。
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校長、身をもって「春眠暁を覚えず」を教えてくれてるそうです。
 
 
でも確かに人生を学校のようなものだと考えると、なんだかありがたい気分になります。死ぬまで進級できるのだなあ、と。あ、再試や落第はあるか。

ま、それは置いといて、死ぬときがやっと卒業……(いや、ほんとは入学!??笑)


いずれにしろ、やりたいことは今やっておかないと、と思います。明日できることは明日という考えもありますが、やりたいこと!だったら明日までとっとけない。

なので、「明日できること」の比率を減らして、「今すぐやりたいこと!」を「やり始てしまう」のも、より充実した学園生活を送るために大切なことだと思います。

世間の変化は早いです。もう、スマップのことなんて何世紀も前のような感覚ですよね。それだけ、人の興味がうつるスピードは高速化しているということです。

そうは言っても、今年、これから育てる大豆や米が成長するにはそれなりの時間が絶対にかかります。なので自分の変化速度と世間の変化速度を自覚しつつ、微調整しながら進んでいきたいものです。


今月の予定

ということで、毎月一日は今月の妄想予定をアップすることにしました。
できるかできないかは置いといて、宣言してしまうことで自らを追い込む作戦。笑

一緒にあたふたライフを楽しんで下さいね!

【タイニーハウスセルフビルド】
既存の小屋の撤去および整地←中旬より

【ハーブガーデン】
整地できるまでは、プランターなどで栽培を始める

【のらぼう大豆畑、米作り】
畑の整備・育苗、もみまき

【情報発信】
・今月は「質より量」月間。ブログ100本、うち絵日記も1日1本(で、できるのか?)。
・iphone6plusにしたので画像・動画もどんどん取り入れます!
・発信メディア分散化します(カッコいい〜)今までと変わらないんですが。

twitter→日常にふと思ったこと、メモ(こちらがメインです)
instagram→写真
Facebook→ブログ情報シェアなど

 

応援メッセも楽しみにしてます!FBメッセージか、twitterのダイレクトメッセージでお願いします。ブログシェアやいいね!も 、わたしにとって書くときの巨大ニンジンです。笑



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こちらでブログをはじめて24日、ちょこちょことご紹介いただくようになりました。どこかで誰かが読んでくれている、と思うと、本当に嬉しいです。

昨日は、ちょっと検索したところ、驚いたことにカナダ・ケベック州で裏庭パラダイスを計画中だというばーばさんのブログでご紹介いただいてました。

このブログでは好き勝手なこと書いているだけなのに、地球の裏側で読んでもらって、その上ご紹介までしてくださるなんて…

WEBばんざいっっ!!!

それにしても、ケベックってどんなとこだろうとググったら、なんだかファンタジーのような写真ばかり。ため息がでそう。ステキなところなのでしょうね〜。

18760-09
http://tabizine.jp/2014/09/08/18760/


そしてこちらがご紹介いただいた記事(ちっちゃくて見えませんね、すみません)

ばーばのケベック日記「待ってました」
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タイトルの絵がほっこりかわいいですよね。

スモールハウスのことや、他の記事も、思いが通じることころがあってうれしくなってコメントしたらすぐにレス下さいました。 

一部、引用させていただきます(ばーばさん、失礼します)。

福岡正信さんの自然農法に出会ってから、小屋暮らしの若者達を発見し、そして遠藤さんのブログに出会った次第です。あたふたセルフビルド楽しみにしてます。私も、裏庭パラダイス計画(ミニ菜園、木を植えたり、お花を植えたり、小屋をミクロハウスにしたり)があります。

「裏庭パラダイス」なんてステキですね!また、物置をミクロハウスにする予定とか。楽しみです。ケベック〜八ヶ岳小屋作り情報交換会、なんてできたりして。

それと、これまたうれしかったのが、コメント中にある自然農の提唱者、故・福岡正信さんの本のこと。実は、「自然農法・わら一本の革命」は、わたしの20年来のバイブルでもあるのです。

東南アジアの旅から帰ってきて、日本での暮らしがちょっとキツかったときに、この本に出会って感動したことを覚えています。

その本が、遠く離れた人にもとっても人生の何かのきっかけになった、という共通項。面白いなあ。

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ケベックでもスモールハウス&シェアハウス


ばーばさんの他のブログ記事によると、ケベックでもスモールハウスが若者中心に流行り出しているそうです。少し田舎に行って、野菜作ったり。でも間取りは2LDK3LDKだって!全然スモールじゃないですね〜。笑

▶︎ ばーばのケベック日記「スモールハウス」


ケベックでもスモールハウスがブームになってきているとニュースで報道された。特に若者達が田舎に引っ込み、小さな家を建て、畑を耕し、お金をかけずに暮らすレヴェル思考になってると。こちらの中産階級のステータスであるプールも、でかい家もいらない、バイバイ、ローンで苦しめられるより、質素でいいから小さな家でのんびり暮らしたい。幾つかのスモールハウスが紹介されましたが、寒いお国柄、スモールハウスと言っても、2LDK,3LDKの暖房完備の家。こちらの一般的なアパート住まいの間取りを家にしたような感じ。


タイニーハウスは、アメリカがブームの火付け役だけど、おそらく先進国といわれている国の若者たちは同じように、大量消費する社会に疑問を持っているのでしょうね。

世界のあちこちでこんなムーブメントが起きているのも興味深いです。

そしてケベックではシェアハウスも流行ってきているとか。ばーばさんも、おばあちゃんになったら自宅をシェアハウスにして、若者に貸して、畑の手伝いをしてもらうなど考えているそう。わたしの企みと同じで笑ってしまいました。

▶︎ばーばのケベック日記「シェアハウス」


タイニーハウスの可愛い地球人たち


世界のあちこちでのムーブメントも、いろいろ調べてみたいですね。そして日本でも世界でも、可愛い暮らをする人びとを尋ね歩いてみたいなあ。

いつか、そんな人びとを尋ね歩くツアーをみんなでするのもいいですね。

「タイニーハウスの可愛い地球人たち」なんてね〜♪

で、絵本をつくりましょう(やばっ、また妄想が……汗;;)。




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先日の記事▶︎血縁から結縁へ〜結婚を超えた家族の作り方 で、わたしは「結縁」についてこのように書いた。
血縁とは、始めから与えられたもの。
結縁とは、なにかのはからい、ご縁によって結ばれてゆくもの。

すると、はじめにツイートを引用させていただいたれんげ舎の長田さんが、”「単に関係ができる」という意味を越えて、「仏様との縁を結ぶ」という意味があるそうです。”と教えてくれた。


結縁とは?仏法とは??

そこで、さっそくネットで調べてみたら、次のような深いことばであることがわかった。

結縁【けちえん・けつえん】〜デジタル大辞泉より〜

1 仏語。
 
㋐仏・菩薩 (ぼさつ) が世の人を救うために手をさしのべて縁を結ぶこと。けつえん。

世の人が仏法と縁を結ぶこと。仏法に触れることによって未来の成仏・得道の可能性を得ること。けつえん。

2 関係ができること。特に親類になること。けつえん。

なるほど、衆生であるわたしたち世の人が、仏法と縁を結ぶのを結縁というのだそうだ。

では、仏法って、仏さまって一体何?

仏さまは、どこかの宗派の信者であったり菩提寺がある家庭なら、何かとお世話になっているだろう。うちにもお仏壇があって、ご本尊が祀られているからまったくなじみが無いわけではない。

でも残念ながら、今の社会では日常的にふれることは少ないのでは?

お墓参りやお葬式などでお寺さんにでかけるとか、有名な寺院を観光で尋ねるなどの機会がなければ、日常的に「仏教」「仏法」「仏さま」を身近には感じないと思う。

なので、「未来の成仏・得道の可能性を得るために結縁する」、と言われてもピンと来ない。得度するなど、仏門に入る人だけしか『結縁』できないのか、と疑問にも思う。


神棚をお返ししたら


わたしの実家は日蓮宗だけれど、自分は、まったくの無宗教でいずれの宗派にも属さない。2年かけて行った「親の家のかたづけ」では、心苦しかったが神棚もお札も返納した。

だからといって、無信心とも違う。

逆に、神棚をお返ししたことで、毎朝の礼拝も月々のお参りもしなくなったけど、そういった集合無意識的なものに依存しなくなった分、自分というあり方が問われる。

そして、何かわからないけど確かに存在する、その「何か」をとても身近に感じるようになった。

先日亡くなった、森のイスキアの佐藤初女さんが以前どこかで言っていた。彼女はクリスチャンだが、祭壇を設けて特別に祈りを捧げることはなくて、「毎日の行い、おむすびをむすぶことが祈りだ」というようなことを。

わたしが初女さんのようなことをできるわけもなく、ただあたふたしているだけなのだけれど、でもふとした瞬間に、「ああ、ありがたいなあ」という感覚がぶわ〜〜っと内側からわいてきて、涙があふれることがある。

言い方は何でも良い。

それがわたしにとっての神さまであり、仏さまを感じるときだ。


仏さまを見つけよう

宗教界からは、不謹慎と言われるかも知れない。

でもわたしは特別な行為や、特別な場所で神さまや仏さまの存在を見いだすのではなく、雑巾がけをしたり、わんこの散歩したり、誰かと笑い合ったりすることで身近に感じていたいのだ。

その意味では、隣でゴ〜ゴ〜いびきをかいて、時たまスカシっ屁をするうちのワンコ達にも、その辺にころがっている石ころにも仏さまを見つけたい。

実家の近所のがんこ爺さんは少し難しいけれど、でもやっぱり菩薩であり不動明王なんだよね、と、できれば、なるべく……

思うようにしよう。汗;;

そう、わたしには、未来の得道も成仏もいらない。今、こうして存在している、それがすべてだ。

仏さまは、誰の中にも、あなたの中にはたくさん、そしてわたしの中にもおそらくちょびっとは存在している。

もちろん、得度して仏門に入り求道することも素晴らしい。

でもそんなストイックなことのできない世俗のわたしは、せめて、だるまさんがころんだで遊ぶように、すべてに仏さまがあることをずっと探しつづける。いつまでもオニ役なのね。笑

それがわたしにとっての「結縁」だなあ、としみじみ思わせてくれたこの数日間だった。


【関連】
▶︎血縁から結縁へ〜結婚を超えた家族の作り方 
▶︎タイニーハウスを作りたいわけ③親の家を片づけて



今回、血縁から「結縁」について考えるそもそものきっかけを与えてくれた、れんげ舎の『場づくりクラス』が今年も6月から始まるそうです。

わたしも昨年、半年間参加して『場』について改めて見つめなおす機会をいただきました。また、『場』そのものが力をもっているのだな、ということを実感しました。

何か組織や関わる活動の運営のヒントがたくさん得られるかと思います。ステキな仲間もできますよ!

興味のある方は、こちらからどうぞ!▶︎FBページ場づくりクラス





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その1

夏は草との戦いです。

刈れば刈るほど、彼ら、
元気になります。

わーいわーいと言って
こちらを挑発します。

どんなに頑張っても、
はっきりいって負けます。

あきらめて原野ガーデンにして
楽しむか、早めに早めに
手を打つことです。

あ。

早めに手を打っていなかっただけ、
ということがバレてしまいしたね。


その2

冬は雪との戦いです。

吹雪の中、一生懸命雪かきして
ふぅ、っと後ろをふりむいたとき…

「え?どこを雪かきしたの??」

ってなった日には、
アタマがおかしくなりそうです。

町道は除雪車がやってくれます。

しかしっ、

家への路地入口にその除雪してくれた
雪が岩山のようにそびえ立ち、返って
出られなくなることもあります。

ヲイっっ!


ま、でもこんなの年に数回ですが。


その3

冬は寒さとの戦いです。

寒いを通り越して「痛い」です。
今までの最低気温、マイナス16℃

これに八ヶ岳おろしが吹いたら、
北極並みです。行ったことないけど。

ウチの前の畑がブリザードのように
雪煙を上げているのを見ると、

ここはシベリアか、と思います。

どこからか「雪の降る町を〜」という
メロディがかならず聞こえてきます。


その4

どこに行くにも車です。

最初のうちは、結構疲れます。 

そして、歩くことがとても少なく
なるので、山登りなんて逆にしません。

しんじゃう。

こちらの人の脚は「本」ではなく
「輪」で数えます。

たいがいの人は4輪ですが、たまに
2輪で頑張るすごい人を見かけます。

家の前の八ヶ岳へとえんえん続く
のぼり坂を、ヘルメットかぶって
自転車こいでる人です。

ほぼ100%、「都会」の住民です。

4輪の人は2輪の人を物珍しい
生き物のように横目でチラ見して
やり過ごします。

4輪の窓からそういう人たちをみて
ご苦労さん、といえるようになれば
ホンモノでしょう。笑


その5

車は猛スピードで
かッ飛ばさないといけません。

下りは余計に速度が増します。

高速と一般道との違いが
分からないくらいです。

もたもた走らせていると、シルバーの
じじばばに平気で抜かされます。

あまりにも遅いとトラクターにも
抜かされます。

休みの日にこちらの道で渋滞してたら
先頭はたいがい県外の車です。

こっちの人は結構イライラしてます。
(あ、わたしのことでした)

ただ、都会にいったときもうっかり
この感覚でいると、パトカーが

ピーポーとめっちゃ楽しそうに
「こんにちは〜♪」してくれます。


***


いかがですか?

それでも移住したいあなた、

立派です。 

ぜひ、草と雪と寒さに負けて、
脚力は弱まり、じじばばには
抜かされる。

そんな生活を、
心の底から楽しみましょう!




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ふふふふ。
ここから始まるあたふたビルド!? 

図書館で本を借りてきました。
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京都に住む建築家の方が、自分の家を6ヶ月でセルフビルドした体験を元に書き下ろしたそうです。 イラストも豊富で、かゆいところに手が届くような内容です。

今、インターネットで調べればたいていのことは出てくるのだけど、もし現場作業に入ったら、ネットで「どうだっけ?」とかやっている暇も無いし、めちゃくちゃ埃まみれになるので、紙媒体は助かります。

構成は、土地探しから始まって、地鎮祭、基礎工事から仕上げまでの半年間の流れ、その上付録として各種申請書類や図面の書き方のフォーマット、総建築費用まで掲載されています。

おおまかな作業工程がわかり、しかも道具の使い方などがイラストで丁寧に書いてあって、ここまで至れり尽くせりな内容は初めてです。購入決定ですね!

わたしの場合は庭に建てるので、土地探しなど必要ないこともたくさんありますが、家がどうやって作られるのか興味ある方には面白いと思います。

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何より、読者に良いものを届けようという著者と出版社の姿勢も伺えます。最近残念なパターンが多いだけに、こういうていねいな本に出会うとうれしくなります。

それと、「サトルのひとりごと」という著者のコラムが折々に書かれているのだけど、これがまた良い!まず最初のこの一文がとても共感できました。
「これからのセルフビルドは普及型」 

 これまでのセルフビルドは、少々風変わりな人が長い時間をかけて、自分の隠れ家をストイックにつくり上げるというイメージがありました。完成した家にはその人の個性が表れていて、胸を打つような仕上げがなされている。あくまでも趣味の領域で、常に個に向かって発信されている感じでした。
 
 でも、現代の住宅の標準的なものが自分でもつくれるとわかったら、その見方は変わると思います。僕のセルフビルドは「普及型」だと思っています。趣味の世界ではなく、ごく普通の人が行える家づくり。ほんとうに必要なものを見極めて、自分らしくシンプルに暮らしていこうと考える人のための家づくりです。



This is the セルフビルドも良いけれど

そうなのです。先日も、知人が手伝っている建築中のセルフビルドのお宅を見学させていただいたいたのですが、ちょっと圧倒されてしまった。八ヶ岳では知る人ぞ知る、原村のカナディアンファームに近い感じ。
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カナディアンファームサイトよりお借りしました
 
建物の写真は取り忘れましたが、とにかく大きくて凝った作りは、いかにもワイルド、「ザ・セルフビルド!」といった趣でした。

確かにカッコ良いけど、わたしには少し思いが強過ぎたかな。なので「ここにずっといたいな〜」という感じにはなりませんでした。

もちろん、これから開拓していく、という男子にはとても魅力的なことだろうと思います。施主さんは建物の印象よりも穏やかそうな方で、完成のあかつきにはみんなに開放するとおっしゃっていたので、いつか見学できるかも知れませんね。


しっくりくること

ただ、わたしがやりたいのは「誰でもできる」自分にぴったりな暮らし方をタイニーハウスを通じて模索していくことです。

それには、小さ過ぎず大き過ぎず、ミニマル過ぎず作り込み過ぎず。すべて自分でやるのではなく、プロの手も借りて、何がホントにしっくりくるかを確かめながら進めていく作業でもあるのです。

だから、極端に是が非でもオフグリッド(電線網などのインフラに頼らず、エネルギーを自給すること)というのでもないし、まあ、日和見作戦です。笑

そのときに完全オフグリッドがしっくりくれば、そうなるし。

でも、ハーブガーデンもやりたい、機織りも絵も描きたい、というわがままな欲求があるので、家つくりだけにエネルギーを注ぐわけにもいきません。

なので、著者の言う「自分らしくシンプルに暮らしていこうと考える人のための」というところに魅力を感じました。


身近なものから、できることから

そうは言っても、最初にも書いた通り、この本とてもしっかり作り込まれています。自分が体験してきたことで困ったことや分かりづらいことなどを建築家ではなく、作り手の目線で記録してくれているのです。

実はわたくし3年前、母屋のリビングの無垢フローリングを一人で張りました。いやあ、我ながら良くやった。そのときに、この本を知っていればもっと簡単に、あんなに苦しまずにできたのにっ!!
 
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そんなことを思いました。

ということで、まずは、本を読んでざっくりと全体の構想を練ります。とは言っても、わたしの場合、まず始めてから考えるタイプなのですが。

本を読んだら次は・・・
整地より何より、道具入れの整理ですね。ぐっちゃぐちゃ、だから。汗;;



あまり更新はされていないようですが、著者のブログはこちら
350万円で自分の家をつくる[改訂カラー版]
畠山 サトル
エクスナレッジ
2015-02-12





■遠藤レーコ:プロフィール

■よりライブなあたふたお届け中!笑 



 

 

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場づくりを提唱するれんげ舎長田さんのツィートの中で、應典院・秋田ご住職の言葉がとてもしっくりきた。



わたしが幼い頃、家は新聞屋さんをやっていた。なので、新聞配達をする若い衆やらお手伝いのお姉さんがたくさんいて、かわいがってもらった記憶がある。それに、4人兄姉でおばあちゃんもいたから、常に誰か人のいる家だった。

祖父は、別の家でお妾さんと暮らしていた。小さい頃はその女性をお手伝いさんと思っていたのだが、少し大きくなると、なんだかなあ。オトナはよく分からない、と見ないフリをしていたように思う。

それでもよく、家にはおばあちゃんの妹たちが深川の方から遊びに来ては大声で喋っていたし、姉の友人の染谷くんもなぜか毎週日曜日にお昼ごはんを一緒に食べていた。

いま考えても不思議な家、不思議な空間だった。まるで、おとぎ話しのような。いや、漫画か。笑

要するに、どこまでが血縁の家族なのかわからないまま育った感じなのだ。だから、わたしは「血縁」という境界が非常にあいまいというか、はっきり言って無いのだと思う。

どこに行っても、最初からそこんちの子どものようにちゃっかり座っていられるのも、おそらくそのせいだ。


家族を超えた家族〜オハナ〜

ツィートにも書いたけど、ハワイでは血縁を超えた家族をオハナというそうだ。ベトナムに行ったときにも、現地の子と仲良くなると、本当に「お姉さん」として迎えてくれた。

20代でバックパックの旅をして、心底思ったのは人間とは「縁」で生かされているということ。

血縁とは、始めから与えられたもの。
結縁とは、なにかのはからい、ご縁によって結ばれてゆくもの。

子どもの数が少なくなってゆく今後、家族の在り方も変わってくる。婚姻関係を選択しない夫婦や、同性愛カップル、養子縁組もたくさん出てくるだろう。面白いじゃないですか。

家族の在り方が多様化してくるということだから、それを自覚的に先取りしておきたい。

多様化は、文化を生み、新しい価値観を提供してくれる。


タイニーハウスファミリー

たとえば、タイニーハウスがいくつか集まって、コミュニティを作る。一人でいたいときは一人でいればよい。誰かと一緒にいたければ、隣の家までビールを持って数歩歩いて行けばよい。

それぞれプライベートは守られつつも、ゆるやかにつながっている。もちろん、大変なときにはサポートし合うし、お互いに子どもやペットの面倒を見たりもする。

こうなると、よその子も自分の子になる。だって、可愛いですもの。

そしたら、たとえばある夫婦に子どもができないからといって、捨て石になる必要もまったくない。隣の子は自分の子なんだから。その人たちはその人たちにできることをすれば良いだけだ。

ネパールの子どもの里親にだってなれる。そこで交流が生まれたらまた楽しい。ネパールにも家族ができちゃうなんて、ワクワクする。そうして、世界にたくさんの家族ができたら、戦争とかいってられなくなる。

もちろん、両親やきょうだいなど血縁の家族がいることはありがたい。それに、まったくの他人だった二人が結婚して夫婦となって子どもを育て、一つの家族になっていく姿なんてそれだけで感動的だ。

友人のファミリーは、おばあちゃんもワンコも、息子夫婦や娘もその友だちもいつも仲が良い。FBからこぼれる笑顔についこちらも微笑んでしまう。

その上で、従来の家族制度をもう一度見つめなおし、植え付けられた幻想を解き放とう。そうすれば、偶然によって結ばれた「えにし」をどこまでも大切にできる。

要は、ご縁のある人たちを本気で血縁同様の家族と思えるかどうかで、結縁家族、オハナが知らぬ間に大きく育っていくということだ。

【続き】
▶︎ 仏さまと縁を結ぶのが「結縁」。では仏さまとは? 

※この記事は、以前書いたものを加筆校正しました。

最近はあまりやっていなかったのですが、以前はよく自分でドリームワークをしていました。これは、もともとオーストラリアの先住民アボリジニが行っていた夢見の手法のアレンジです。
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ヤラヤラ・ギブス・チュンガライ  「ティンガリ・サイクル」ランドオブドリームズより

何か気になる色やコトなどに意識を集中し、そこから自分の内側=ドリームの領域に入り、イメージをプロセスさせるというやり方です。

すると、表面化していなかった感情や気づいていない身体の症状に触れることができます。

あるときのドリームワーク。ふと表れたイメージでは、田んぼに入る自分がいました。でも、田植えをするわけでもなく、そのドロドロの中にいます。

足は取られ、なかなか思うように動けません。座ることも前に動くこともままならない。


気づいていない領域は何かのかたちで表れる

ちょうど、親の介護がいよいよ本格化すると同時に、開業していた治療院の仕事が多忙になってきたこと、実家のローンや雑事などすべて重なり、ぐちゃぐちゃになっていた時でした。

今では俯瞰して見ることもできるのですが、当時は「自分が頑張らなくちゃ!」と、一人勝手に背負い込んでいたのです。

なので、そのドロドロはにっちもさっちも行かない自分の状況を表していたのだと思います。

その頃よく見ていた夢も、どこか汚らしい場所だけど、自分は裸足でその場を歩かなくてはならない。それが嫌で嫌でたまらない。でも靴は見つからないし、身動きが取れない。

わたしの人生の中で、「眠れない日々」というのがあったのもこの頃です。 書いていると当時のことを思い出して、どよ〜んとした気分になります。(今となっては、「よくやってたな自分!」なのですが。笑)
 
 

プロセスを信じて

さて、田んぼのドロドロの中の私。もうどうにもならないと思ったので、プロセスを進行させることにしました。ドロドロは正体不明の不安を表していたのかもしれません。

「このままでは自分も家族もすべてが潰れるっ!!」

なので、イメージの世界で、思い切ってそこにどっぷり浸ってみることにしたのです。

最初は息が止まるほど不快だった。苦しくて苦しくて。

でも少しすると、冷たくて重いと思っていたのが、実は案外イヤなものでなく、ほんのり温かくて全身を包んでくれるようにも感じました。

プロセスは進み、さらにもぐって地球の中心部まで行こうと思ったら、ドロドロの部分はそんなに深いわけでもなく、その下は粘土質の土、掘らないと先に行けません。さらに奥に行くと固い岩盤に突き当たりました。


その時に気づいたのは・・・

ドロドロは、決してイヤなものではなく、次なる実りのための準備期間であること。ただ、身動きができないほどのドロドロから、温かみのあるやさしいドロドロにするには、自分が少し身軽になる必要がある。

そして、固い岩盤は、それ以上行けない!ということかと思ったら、実は自分の内面世界には誰も土足で立ち入ることはできない、自分は守られている。だから安心してその状況、そして決断を受け入れて良いよ、というメッセージでした。


そこに身を任せてみたら

その頃、確かにいろいろと荷が重過ぎて、「何かを手放さないと」とは思っていました。でも、父親も実家も放せない、ならば治療院?でも信頼してくれる患者さんはいらっしゃるし、せっかく10年続けたものを、辞めて良いものか。

介護にかこつけて逃げることになるのでは?と思い詰めていました。

でも、そのドリームワークは、OKといってくれていました。そして、患者さんには大変申し訳なかったのですが、わたしは治療院を閉じることを決断したのです。

それから準備を始め、皆さまに友人の治療院をご紹介して、いよいよ父の看取りにしっかりと向き合おう、と覚悟を決め閉院したら・・・。

 

あばよ千葉よ

数週間のうちに父もあの世へと旅立っていったのです。

食べ物を受け付けなくなった父は近くの病院に入院しました。その数日後のある朝、容態が変化した、と連絡を受けあわててかけつけると。

それまで閉じたままだった目をあけて、左から右にギロ~ッとわたしをみて、また目を閉じました。それが最期のあいさつとなりました。

その時、聞こえたような気がしました。いつも家のベッドで夜、父のオムツ替えを終えて部屋を出るときに交わしていた「あばよ、千葉よ、おさらばよ!!」ということば、そして「お先に失礼、あんがとよ!」と。

本当に、らしい旅立ち・・・食べるのが大好きで、でもさすがに食べられなくなってからはあっという間でした。

夜、自宅に戻った父を囲み、子どもや孫で大宴会。みんな、涙と笑いでそれこそ、ぐちゃぐちゃ。少しおかしくなっていました。でも、大好きだったビールやお酒を久しぶりに味わって、相当酔っぱらって旅だったことでしょう。
 

違和感はリマインダー(注意喚起)になる

それ以来わたしは、「何か変だな、ちょっとズレてる」などと感じることは、軌道修正した方が良いよ、というドリームからのメッセージ、リマインダーだと捉えています。

このブログにもたびたび登場しているアメリカのタイニーハウス第一人者Dee Williamsさんは、自分の心臓の病がリマインダーになり生活を見直しました。暮らしをダウンサイジングし、8㎡のタイニーハウスに住んでいるのです。▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい?

わたしも、もう少し頑張り過ぎていたら病気やけがをしていたかもしれません。それは分からない。ただ、事態はもっと深刻になっていたと思います。

苦しい状況のときに、モヤモヤしたものに意識を合わせることはとても勇気が必要です。でも、自分のプロセスを信頼して、そこに焦点をあて表面化させることで、必ず何かに気づくことでしょう。

すぐに状況が変わることは無いかも知れない。でも、プロセスを受け入れることができたら、その経験は必ず宝ものとなって、人生に彩りを添えてくれます。

そして、一度経験すれば、ほんの小さな事柄や違和感がリマインダーであることがわかります。人生のバグを早め早めに修正でき、自分らしく生きることができるようになるのです。

わたしもおかげさまで、今ではリアル田んぼで仲間と一緒に、ドロドロぐちゃぐちゃジタバタになりながらも、本当に楽しい日々を過ごしています。
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参考図書


ドリームボディ・ワーク
アーノルド ミンデル
春秋社
1994-07




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歩くようなスピードで、こんなクルマが日本中を走っていたら可愛らしい。住むのはタイニーハウスで、町までは電気自動車で買い物に行く、なんて最高だ。もちろんソーラーシステムで充電して、助手席には愛犬とか。

今日、Twitterで見たモビリティカー、かっわいい♪

iss
http://japanese.engadget.com/

なにしろ、デザインとコンセプトが最高!スクーターやキックボードなどを作るスイスのメーカーマイクロ・モビリティ・システムズ社が開発した「マイクロリーノ」。お値段は120〜150万くらいになるらしい。

この点はあまり可愛くないけど、ほんとにこういうコンセプトは日本にも見習って欲しい。タケオカ自動車工芸のも良いのだけど、もう少しデザイン頑張って!




インドの車は笑っちゃうほどシンプル

インドのTATA財閥のNanoも気になる。こっちは20〜30万円で何とかなりそう。デザインはマイクロリーノには負けるけど、お値段は可愛い。コンセプトはこんな感じ。
ワイパーは1個。バックミラーも1個。エアコンなんて当然ない。雨が降ったら窓は湿気で曇るから、窓を開ける。UVカット? なものは知らん。カーナビ? 何じゃそりゃぁ~…の世界が、インドのタタモーターがつくった「ナノ」という自動車である。

でも安全性に著しく問題あるらしいので日本での発売は望めないみたい。残念。が、自己責任ということであれば今後こういう選択もでてくるのではないでしょうか。▶︎日経電子版
1024px-Tata_Nano_im_Verkehrszentrum_des_Deutschen_Museums
https://ja.wikipedia.org


今の車はどうもデザインが好きになれない。自動走行とか必要以上の装備はいらないから、もっとシンプルで遊び心のあるキュートな工業製品、日本の製造業のみなさま、待ってます!


Fiat 500
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http://www.chianticlassiccar.com/


Subaru360
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http://wald-licht.com/





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3月7日にライブドアでブログを始めてから、20日目。本数は34本だから1日1〜2本はコンスタントに書いている。だいぶ慣れてきたけど、まだまだ力が入ってしまい、1本書くのに時間もかかる。ラクガキだったらめっちゃ簡単に描けるのになあ。
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有名ブロガーイケダハヤト氏も、1日5本1本30分で書くように、そして書いたものを読み返さずアップすることも薦めている。【関連▶︎イケダハヤトのブログ塾に入りました

なかなかそうも行かないけれど、ただ、少なくとも毎日ここでブログを書いてみて、今までにはない手ごたえも面白みも感じている。

自分にとって頭の体操だったり、考えをアウトプットし再編成することで自分のアタマの中をもう一度俯瞰するのに最適なツールだ。

それに、書き続けることで、閲覧数を表すページビュー(PV)も確実に上がってきているし、あちこちから反応があるのも、とても励みになる。

あと、今までtwitterはあまり使っていなかったのだけれど、やり始めたら早いし軽いので、なんだか気が楽。練習もかねて、ブログに書かないような、ライブなつぶやきはこちらが多くなります。

というわけで、フォローよろしくお願いしますっ♪



一日一笑、一日一生

ブログももっと更新していきます。絵日記もやりたいし、自分が日頃考えていることを書いていきます。読んで下さる方が、「そっかあ」と思ってくれたり、クスッとなるような。

みなさんの「一日一笑」をめざします!!
それがわたしの宇宙貯金ですから(わたしは大富豪なんですよ!笑)。

ただ、そのためには自分が普段しゃべっているように、もっと気楽にブログを書けないかな〜、と思っていました。そしたら茂木健一郎先生のこの記事。 


先日、トートバッグにサインペンで絵を描く、というチャリティのご依頼があって、ゼミで発表を聞きながら描いていたんだけど、自分が迷わなくなっていることに驚いた。たいして巧い絵じゃないけど、さっ、さっと描いたのである。3分くらいかな。 

今、LINE BLOGに時々ヘタクソな絵を載せているけど、これも、iPad Proで、毎回、3分とか5分くらいで描いたもので、構図とか、色とか、一切迷わないで、ささささと描く。で、なぜそうなっているのかを考えた。

そしたら、どうも、元々は、本のサイン会の時に、恥ずかしいので、ごまかそうとして、絵を描いていたのがきっかけだな、と思った。同じ絵を描くのがいやなので、いくつか基本パターンがありつつ、バリエーションをつけるようになった。

そしたら、即興で絵を描く、というのが、まったく苦ではなくなって、さささと描けるようになった。もう、そんな生活をかれこれ10年くらい続けているから、なんとはなしに習慣づいているということになる。

私のヘタクソな絵のことはどうでもいいのだけれども、つまり、習慣の力というのはそういうものだと思うのである。英語をしゃべるというのも同じはずで、ヘタクソでもいいから、毎日即興で少しずつしゃべっていると、だんだん馴れて、さっと喋れるようになる。

何かが苦手だとか、できないとか、そのような悩みは多いけれども、習慣の力で解決できないものは、ほとんどないのではないかと思う。そして、習慣をつけるのは、今日からでいい。今日を、習慣の、1日めにしませんか。さあ。



で、「書き体力」をつけるには

ここまで言われてやらないわけにはいかない(単純だ)。 茂木先生の、何だか軽〜い感じ好きなのです。花粉症をつかまえる、という動画とかほんとアホ臭くて笑っちゃうんだけど、真面目にやっているのが面白い。

こういうセンスが、生活を変えたり、軽やかに生きるヒントになるのだと思う。

というわけで、書き体力をつけるには、残念ながら「書きたい」を書くしかない。書いて推敲もせずに投稿!最初はちょっとこわいけど、それも数をこなせば慣れてくる。

そのための練習台は、くどいけど、やはりtwitterになりますね。笑

あと、あたふたライフ絵日記も近日中に始めますよ〜。Don't miss it!!!




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先日のこの記事が、ありがたいことに大変よく読まれています。
▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい? 

そこで改めて伺いますが、

「あなたは最期の瞬簡に何を抱きしめていたい?」


切ないほど身近な、でも遠いもの

あなたは大切な人たちに囲まれて安心して逝きたいだろうか?それとも大好きなモノを胸に抱いて一緒に旅立ちたい?

どちらもステキだ。だけど、どんなに大好きなモノであってもあちらには持っていけないし、残念ながら、あなたが誰かをどんなに深く愛していても一緒に橋を渡ることはできない。

そんなこと当たり前だ、と言う声も聞こえてくる。死が平等に訪れることはみんな頭では知っているのだ。

でも、本当にそうだろうか。その時が自分にもいつかくるということがリアルに感じられていますか?明日も今日と同じような日がくると思ってはいませんか?

かくいうわたしも「その時」の訪れは今日や明日ではなく、まだずっと先だと思っている。ただ、いつか確実にやってくる、それはもしかして明日かも知れない、ということだけは理性でなくもっと根源的なところでわかっている。

両親や友人、最愛のわんこやにゃんこたちを送ってきて、なんというか、わたしにとって死は、切ないほど身近で抱きしめたくなるけど、抱きしめることもできない遠い存在でもあるのだ。


どんな人生も必ず途中で終わる

50も半ばになると、本当に時間の経つのが速くて驚く。1年なんてあっという間だ。だとしたら、5年10年なんてのもあっという間だ。そのときに初めて気づいて呆然となっても遅い。

また、これも不思議でならないのだが、どんなイノチも生まれた瞬間から死に向かっている。なんて理不尽な、と思いませんか?死が約束されているのに誕生してくるんですよ?

さらに死は、どんな人のタイムラインも途中で終わらせてしまう。約束されているのに、それがいつ来るかわからないというだけで、人生は必ず未完で終止符を打つのだ。

ということは、人生とは理不尽でよくわからなくて、しかも永遠に完成しないまま終わるものだということだ。わけわからん。

ただ、それを承知しているかどうかで、今が変わる。何かを成し遂げてぽっくり逝きたいと思うのも良し。だけど、そうは行かなくてジタバタしたってそれもまた良し。いずれにしろ分からないのだから。分からないものは、怖いに決まっている。

それに基本、どんな最期を迎えようと、孤独死だろうが、家族に見守られて旅立つのであろうが、不慮の事故だろうが、誰かが「生を受け生きた」ということにおいて、わたしはすべて尊いと思っている。


その上で、どう生きるか

アメリカのタイニーハウス第一人者のDeeは、暮らしをダウンシフトして、タイニーハウスに住むようになったきっかけは自身の心臓の病だったと言っている。そしてそのことを”リマインダー”、何かの注意喚起だと捉えた、と。
わたしは肥大性心筋症を患っていますが、病気の診断を受けた時、それを“リマインダー”だと捉えました。

そのことで私は自分と周囲との関係をもっといい関係にしていく必要があると気づいて、そのためにどうすればいいのか考え、それは今もずっと続いています。
わたしとっては、親の介護や見送り、実家の片付けなどを通じて経験してきたこと、八ヶ岳の自然にふれること、Deeの考えやタイニーハウスに出会えたこと、これから作りたいと思うことなど、すべてがリマインダーである。

最期の瞬間は、いつくるかわからない。それに誰にもリマインダーがあるとも思わない。逆に、どんなものでもリマインダーにもなりうる。

そんな私にできることといえば、暮らしをシンプルにして一日ずつをていねいに生きること。それともし、誰か友だちがHelpを出したら迷わず飛んでいく。

あとは、とにかく目の前の人を笑顔にすること。ひとつでも笑顔に出会えたら、その日は超ハッピーだ。

ありがたいことに、わたしには大先生がいる。この方は、舌ベロを出してぼへ〜っとしているだけで、道ゆく人を笑顔にする。その点ではわたしはまだまだ未熟だ。
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きなり先生のように、一日ずつを生きていたら、未完だろうがなんだろうが、一生も笑顔で終えられることだろう。

その時、わたしは何も抱きしめてはいないだろうけど、きっとこう言う。

「あ〜面白かった。みんな、ホントにありがとね、
楽しかったよ!んじゃ、お先〜!!」ってね。


【関連】
▶︎ドロドロの中にいた自分〜違和感こそがリマインダーだ
▶︎あなたは最期の瞬間に何を腕に抱きしめていたい?



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タイニーハウスタイニーハウス、と騒いでいるからか、たくさんの方がこのブログを尋ねて下さっている。

始めて3週間、しかもド素人なのに昨日は1000PV近くまで行って(多いか少ないのかわからないけど)、改めてタイニーハウスへの関心の高さ、それにTwitterの力を思い知った。ありがたいことです。

逆にいえば、たとえ一人でも、誰かが読んでくれるということは、その人の時間を拝借していることでもある。

それは、書き手、読み手ともに何かを共有するということだから、ならば自分が心地良いと思うものをシェアしていこう、と改めて思った。

そのために、ことばと身の回りを一致させよう。

家やモノだけでなく、日々の暮らし、そして文章すら、もっとタイニーにシンプルにしよう、と。

ブログを書くって、自分を俯瞰することにもなるのですね〜。

でも、まだまだ捨てられないものは山とあるし、だからミニマリストでもないし、全然ストイックじゃないし。ま、そんなのでも良いのかな。


Deeのインタビューを読んで

ところで何度も読んでいる、GreenzのDeeの記事。このおかげでPVが伸びたとも言える。笑

毎回ちがうところで感動するのだが、今は次の箇所がとても胸に響く。タイニーハウスムーブメントの未来についてDeeが語ったこと
 
菜央 タイニーハウスムーブメントの未来はどのようになると思いますか。

ディー どんな時代にもお金を儲けようと思う人はいて、それによって運動が魂を失ってしまう可能性は常にあります。でも、タイニーハウスを自分で建てようというようなクールな人たちが自分たちでしっかりとマーケットをつくっていったなら、そういうことは起きないと思います。

知名度は徐々に上がっていくだろうし、少しずつ支援も受けられるようになるでしょう。市とか県が風景の一部としてタイニーハウスを誘致するようになるんじゃないかと思います。

タイニーハウスでなくても良いのだけど、やっぱり可愛いからね、タイニーハウスは。そんな可愛らしいタイニーハウスが集まって、村ができたら楽しい。

わが富士見町は、おとなり北杜市に比べたらやや地味〜〜な感じ。

西隣の原村は65才以上の医療費が無料ということもあって、長野県では人口が微増している貴重な自治体でもある。でも富士見町は、毎年100人ずつ人口減だそう。

残念。


やや地味〜、だからこそ

それを逆手にとってオーガニック・タイニーハウスエコビレッジにしたら良い。

何しろ、景色は最高、空気も水も野菜もおいしい!人は親切おもしろい。

都心からも2時間。中央本線富士見駅は特急が止まるし、中央道富士見高速バス停はあるし、同じく中央道諏訪南インターチェンジまである。

こんなにアクセスが良いわりに、変に開発されてなくて自然がうれしい形で残っているのは、ほんとあまり無いです。

隠れたすばらしい場所もたっくさんある。なんたって井戸尻縄文遺跡もある!(これ、わたし的に相当ポイント高いです)そしてそれほど観光化されていない。

遠藤レーコ作なんちゃって縄文土器
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なので、すでにあるそういう宝にもう一度光を当てて、箱ものの観光施設ではないコミュニティつくりをしよう。

たとえば古民家を改修した農的シェアハウスやみんなでセルフビルドのタイニーハウス村で外からの人を呼び込む。

これは、行政主体のクラインガルテン方式ではなく、NPOやLLCなどの民間主導で行政とタイアップして取り組む。仕事を民と官がシェアし、住み手もコミュニティビルドに主体的に関わる姿勢が求められる。


持続・分散型エネルギー供給システム

酪農も盛んだから、その糞尿や台所のゴミや人間のし尿を集中バイオマスでガス化して、そこからエネルギー供給される。だから、住民はガス代はただ。

電気は、日照時間の長さを生かして、各家の屋根に独立型ソーラーシステムと太陽光温水器の設置を義務づけ補助金を出す(メガソーラーではありません)。そうなれば、月々の電気代もただ。

町の役場など公共施設および既存の工場などの屋上はすべてメガソーラー化して、いざというときに備える。これで森林を伐採してあらたにメガソーラーを設置する必要はなくなる。

また、町内の温泉の活用や、八ヶ岳の高低差のある地の利を生かして、マイクロ水力発電も行おう。分散型エネルギー供給システムだ。 

これらインフラは、最初の設備投資だけで、あとは化石燃料を使わないからエコロジカルで持続的だ。

子供たちも、自分の住む町がこんなに先進的だったら、一度は都会にでていったとしても、また戻ってきたくなるだろう。友だちや家族を連れて。


ネットはフル活用する

ネットは各家に設置し独自のSNSを作る。幸い、富士見町の町長さんは元NECの専務さんで、その知識も人脈もハンパないそうなので、これはぜひ行政でやっていただこう。笑

お年寄りの見守りや、これから○○行くけど他に誰か必要なものある〜?を瞬時に共有し、無駄を省くとともにコミュニケーションを活性化する。

「これ余ってるけんど、誰かいるズラ?」とかの富士見町ジモティーもネットで展開。特に農繁期の農機具とか、田植機○日なら使えるずらよ、などのジモティ情報がツィートされると面白い。

交通は、買い物など町中に行くだけなどの用途の場合は電気自動車を各区でシェアする。定期運行もあり。


地域通貨おらほー

おらほーは円とも交換できるが、交換レートはおらほーの方が高い。なのでみんなおらほーの方で対価をもらう。だが、使用期限が1ヶ月と決まっている。貯めることのできないお金だ。

次の使い手に渡った段階で、期限は上塗りされる。図書館カードシステムみたいな感じ?これも町長さんにシステムを構築していただこう。笑

観光は、馬車やウォーキングでのんびりと景色と空気とを味わう。温泉に、地元野菜をふんだんに使った家庭料理、時間の止ったようなゆっくりした日常。こんなおもてなしこそ、今は何より喜ばれる。

あとはカルマキッチンみたいな、ギフトエコロジーのカフェを定期的に開催する。材料は、市場に出せないB品の野菜を地元農家から購入。無農薬であれば、5割増の価格で仕入れる。
 
保育園と高齢者施設は同じ敷地内につくって、お年寄りと子どもが同じ庭で土いじりをしたり。この施設は、町民みんなで土をこねて壁塗りをしたりして一緒につくる。

カフェはそこの中にあると良いかな。お年寄りでお料理好きな人が働く。時給は300おらほー。そのお金で孫と一緒にプリンを食べたりする。

孫もしごとをしよう。施設のお掃除をしたりおばあちゃんの肩もみをしたら、100おらほーとかもらえる。100おらほーで手作りのアイスクリームが食べられる。笑

このビレッジ自体を、観光と自治体の先進的取り組みとして目玉にするのだ。日本全国、いや世界から見学が相次ぐことは間違いない。

***

ふぅぅ〜〜妄想は続くよ、どこまでも〜♪

わたしはこんな村だったらぜったい住みたいけど。
みなさんなら、どんな町に住みたいですか??



【参考】
BeGoodCafe ▶︎世界のエコビレッジ

母が2年半前に亡くなり、主のいなくなった親の家をせっせと片づけ始めた。

母親は、いわゆる「片づけられない女」だったので、出るわ出るわ。車何台分かわからないほど処分した。それは、介護しているときよりも、よほどエネルギーを消耗する作業だった。憔悴といってもよいくらいだ。

実家は東京市部にあるが、無意味に広くて寒く、使いづらい。収納にいたっては押し入れ8間分くらいはゆうにある。その中にぎっちり。

しかも、めっちゃくちゃに詰め込まれていて、とびらを開けるたびに、圧倒的なモノの量に打ちひしがれた。いや、モノへの飽くなき執着に打ちひしがれたのだ。

なんというか、「昭和の時代」という大きな障壁がズシンとわたしに襲いかかってくるような。

例えば、40年前の結婚式の引き出物、毛皮、大量の服、靴、着物、何年も前に賞味期限が切れている油が何本もあったり、ネットワークビジネス系の界面活性剤が高濃度で使用された洗剤の山だとか。orz


もっともっとの幻想

母親は昭和ヒトケタの生まれで、モノがない時代の人だから、捨てられないのは分かる。ひもから紙袋からなんでも捨てずにいた。

でも、戦争を経て、高度経済成長やバブル景気に突入し、モノが手に入るようになった時に、異常なまでの執着心をもってモノを買い求めていたのだ。何かに取り憑かれたように。

だけれどそれは、母親、という個人の問題だけでは決してない。資質はかなり関係するだろうが、戦後日本という共同体がたどった道、とも思えるのだ。

敗戦により暗く沈んだ世相は、逆向きのベクトルで大きく振れる。アメリカの圧倒的な豊かさという幻想が、これでもかとテレビから垂れ流された。そして、大量消費へと走りはじめた。戦争に負けた、というとてつもない負の遺産にフタをするように。

昭和という時代が生んだ狂想曲。
もっと大きく、もっと豊かに、もっともっと・・・


執着を断つということ

だが、あれだけ執着していたにもかかわらず、母親があの世に持って行ったモノは当たり前だがひとつも無い。残されたのは、この世に置いて行った大量のゴミ。 

もちろん、親の家の片付けを業者に任せるという選択もあった。お金で解決することはある意味スマートだ。ただ、何故か自分がやらなくては、という思いが頭をもたげた。

存命中も、大きく片づけたことはあった。そのときに、捨てても拾ってくる母親とのいたちごっこで、何度も挫折を繰り返していた。

亡くなって、これで本当の片付けができる、しなくてはという強迫めいた義務感にかられ、これでもかというくらい、来る日も来る日もゴミ出しに追われた。

だけどいつからか、捨てるたびに思うようになった。ああ、親の執着を断っているのだな、と。それは昭和という「時代の執着」を断つことでもあると気がついた。モノへの依存からの脱却、呪縛からの解放。

押入れがひとつ空っぽになるたびに、家の空気が流れ、自分が軽くなるのを感じた。

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冷蔵庫がなくなってみたら

ベッドやたんすなどはシルバー人材センターに引き取ってもらった。もう大きな家具はほとんどない。とうの昔にテレビは無いし、食器類も捨てたり人にもらっていただいたり。家自体がかなり空っぽになってきたが、それでもレンジや冷蔵庫はあった。

そんな折り、甥が会社の寮を出て一人暮らしを始めた。実家の冷蔵庫を使うか聞いたら、使うという。キレイに掃除をして、宅配業者に配送をお願いした。 

そしたら、もともと広い部屋がさらに広がった。思った以上に、場所をとっていたのだ。なぜかめちゃくちゃ気が楽になった。今、実家にいるときはクーラーボックスが冷蔵庫だ。 

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大きなモノはそれだけで空間も意識も占拠する。それは大きな家も同じ。移動も掃除も大変だ。何しろ昭和の家は、それでなくても寒いのに、モノが無くなり余計に寒くなった。

わたしはもう、大き過ぎる家に体温を奪われたり大量のモノに自分の意識をとられることはまっぴらごめんだ。

それより、野草を摘んだり、友だちと味噌をつくったり、笑い合ったりすることに多くの意識を向けたい。

家は、使いやすくてこじんまりしていれば良い。身の回りは、わんこや友だち、いつまでも相思相愛の関係でいられるほんの少しのモノに囲まれていれば十分満ち足りる。



【関連】




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またもや古い話しで恐縮だが、26年前に東南アジアを旅する前は、オーストラリアをワーキングホリデービザでかけめぐっていた。

車を買い、キャンプでオーストラリアをほぼ一周。ここでも、田舎田舎へと走らせていた。愛車は4.0ℓのモンスターFord、エンジンルームをのぞくと、地面が見えるような簡単な作りだった。

それに、あっちで車買うのってめちゃくちゃ簡単、だったのです、当時は。新聞にもSaleの広告がよく載っていた。

同じ場所にはだいたい何日か泊まり、次のところに移動するという生活。

となり町は下手すれば600㌔とか離れていることもあって、ただひたすら平原を走る。夜はとても危険。

なぜなら、カンガルーが車のライトに向かって激走してくることもあって、ぶつかるとこちらの方が命取りなのだ。なので、車にはほとんど(カンガ)ルーバーというのがついている。
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Australlia's Outbackよりお借りしました


バイトも釣りもサバイブも

バイトは、リンゴや梨もぎ。大型のコンテナーいっぱいにして、2000円とか。自給は300円くらいだったかも知れない。でも、貧乏旅行者には、それはそれでありがたかった。

果実はシーズンものなので、移動しながらバイトするプロもいた。バイト以外のときは、魚釣りをしたり、無人島にカヤックで行ったり、エアーズロックに登ったり。

あるブッシュでキャンプしたとき、着いたのが夜になってしまった。疲れもあり、適当にテントをたてて寝たのだが、朝になってそこが毒蛇の通り道だったと分かった時にはさすがに冷や汗だった。テントのありがたみを痛感した朝だった。(写真を探したけど、なぜかほとんど残っていません。汗;;)
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旅で出会った日本人。自転車でオーストラリアを回っている愉快なオトコだった。 右端にチラッと写っているのが自分たちのテント。
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キャンプサイトで暮らす人びと

で、だいたいどの町にも必ずあったのが、ビアホールと郵便局とキャンピングサイト。それによろずやのような何でも売るグローサリーストア。これらが「お気に入り」となると、長居決定!

西の町も良かったし、北のワイルドな町も好きだったなあ。

キャンピングサイトには、だいたいトイレと有料のシャワーがあって、でも乾燥しきった大地は水が貴重だから、シャワーも3分とか。たまに途中で止るし。シャンプーしてて出なくなったときは焦った。
 
で、気持ちの良いキャンピングサイトには、必ずと言って良いほどそこに定住している人々がいた。

10年住んでるわ〜、なんて人もいて、彼らは自分たちのトレーラーの前にお花を植えたり、ウッドデッキを作ってそこでビールを飲んだり。
 
飽きたら簡単に移動する。「グダイマイトGoodday,mate!!!(オージーの挨拶)次は北に行こうと思っているんだぜ、マイト」なんて感じ。

乾燥しているので、ジーパンも30分で乾く。万が一雨が降っても洗濯物を取り込まず、「no worrys, mate!!また晴れたらすぐに乾くさ」
 
水も、水道なんて田舎にはないから、外にタンクを置いてそこに雨水をためてガーゼかなんかでゴミを取り除いただけで使う。なので、ボウフラや葉っぱが蛇口から出てくることもしばしば。

水が貴重だからか、彼らは食器を泡だらけのボウルの中で洗ったら、そのままゆすがずに乾かしておくだけ。めっちゃ合成洗剤なのだが。汗;;

なんだか、と〜〜〜〜ってもお気楽なのです。もちろん、先住民アボリジニへの人種差別とか問題はたくさんあるけど、オージーのお気楽さは本当にいいなあ、楽だなあ、と思った。

 

キャンプするように暮らす

この写真のオヤジさんにはとってもお世話になった。りんごもぎのバイトをしている時、後ろに写っているトレーラーにタダで居候させてもらっていた。母屋のキッチンはガスバーナーではなく、薪のバーナーだった。料理と暖房が両方できる、といばっていた。

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記憶が定かではないが、2ヶ月ほどいたように思う。自分たちの料理はキャンプ用の2つ口のバーナーで作り、たまにオヤジさんとも一緒に食べた。晴れた日は広い庭でゴロゴロ。

オージーのことを言えないくらいお気楽な日々だった。

それに、テントってあの薄い布一枚で立派な家になるということも、身にしみて分かった。さすがに雨の日は車の後ろで寝たが(Ford、余裕の広さです)、とにかく晴れた日にはだいたい外にいる。

だから、昨日の記事で書いたDeeが言っていたのだけど、「晴れたら外にいるわ♪」というのも本当によく分かる。

そうなのだ、どちらかというと私は定住型というより、移動型なのだ。モンゴルの人たちのように夏と冬で住むところが違うとか、本当に憧れる(彼らには彼らなりの訳があるのですがね)。

好きな時に、好きなところに家ごと移動できる。気に入ったらそこにしばらくいて、飽きたら次の町を目指していこう。そんな、キャンプするようなお気楽な暮らし方。

日本でだってやればできるんじゃない?



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先日、おとなりの北杜市長坂町で開催された、竹内友一さん主宰SimplifeタイニーハウスワークショップのOpen House(▶︎よし、タイニーハウスを自分でつくる!

そのときにお話ししたこの人が、アメリカの第一人者、Dee Williamsさん。
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Greenzの彼女のインタビュー記事を読んで、またTEDxでの動画も拝見して、とても共感していました。だから、本人に会えたことがめちゃくちゃうれしかった!

思ったより小柄で、でもビール片手にピョンピョンと子鹿のように会場を飛び回っていました。

わたしが自分でも作るよ〜、といったらでっかい目をもっとでっかくしてとても喜んでくれて。

Deeの住むポートランドも雪が年に何回か積もり、寒いところだそうで、「ウチもウチも、寒いよ〜〜」と言ったら、とにかく断熱はしっかりしなさい、とアドバイスをくれました。

あと、ソーラーパネルやトイレも、できる範囲からでいい、そのあとで変化させることは可能だから、とにかく始めの一歩が大切だよ、と。そして、ぜひ写真を送ってね!とも。
 
完成したら招待するねと言ったら、「日本に来る楽しみがまた増えた」と言ってくれました。

Deeの家には子どもたちが48人も入ったって!サザエさんちみたい。うちのタイニーハウスにも子どもたちがぎゅーぎゅー入ってギネスに挑戦!なんて楽しいな〜♪

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オープンハウスのスライドトークやTEDxの動画でもDeeが言っているけど、
「最期の瞬間に何を抱きしめていたいか」

それを考えることは今の暮らしを大切にすることにもつながります。


【続き】
▶︎わたしは、最期の瞬間には何も腕に抱きしめないでいく



DeeのGreenzでのインタビュー記事、タイニーハウスに興味がなくてもとても響くので、ぜひ読んで欲しい。TEDxの抄訳もあるので読みやすいです。

▶︎Greenz シンプルな暮らしだから、毎日がワンダーになる。タイニーハウスムーブメントの第一人者ディー・ウィリアムスさんに聞く「これからの暮らしかた」

竹内さんのインタビュー

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